黒獅子公爵の悩める令嬢

碧天

文字の大きさ
上 下
38 / 59

37.

しおりを挟む

 ……今、何か引っ掛かったような……



 (寂しく思うって、何?!)



 温かいお茶を飲んでいるのに、両腕を交差させ二の腕の辺りを摩り始めたアリアンナをサーシャとミシェルが見咎める。



 「寒いんですか?」

 「え?」



 同時に渋い顔をしていたとは本人は気付いていない。



 「ご気分がすぐれないなら早めにお休みになられますか?」

 「大丈夫よ。少し疲れただけだから」

 「ですよね。サンディーノ様、ずっと喋ってましたし」



 両手で包むように持ったカップを冷ますように息を吹きながら、ミシェルが返す。

 アリアンナの侍女たちは主とお茶をすることにすっかり慣れており、今も古参のサーシャはもちろん新参者のミシェルですら主と同じ卓につき寛いでいる。

 ミシェルは並んだお茶菓子に手を伸ばしつつなおも話続ける。



 「それにしてもお嬢様、殿下と砦で何があったんですか?」

 「…(ごふっ)」

 「そんなに驚かれること聞いてませんけど。というか、お嬢様があんなにサンディーノ様に言われっ放しって悔しいです」

 「そ、そう?」

 「そうですよ!お嬢様だって砦でのお話でもすればよかったのに」

 「……(出来るわけないじゃない)」

 「…やっぱり何か隠してますよね?でも…そうですね。城の案内はもとよりダンスなどのお約束もアリアンナ様もなさればいかがです?」

 ミシェルからの質問に空から笑いをするアリアンナにサーシャも加わって今後の指示をしてくる。

 「で、でも、城内はお父様に小さな時に案内されてるから知っているし、ダンスはジィルトがいるもの。全っ然殿下は必要ではなくてよ」

 「「はぁ~~~~~」」



 (うっ、安定の溜息量産ね……)



 「いいですかお嬢様。この広い王宮内で例え知ってる場所があっても知らない場所はたくさんありますし、何なら知らない振りをして案内をされればいいんです。ましてダンスなんて密着できる絶好の機会ですよ!」

 「やりません!」

 「え~~~~~~!!」

 盛大なミシェルからの不満の声が上がる。



 (え―じゃないでしょ。ダンスなんて目立つこと、練習でも避けたいに決まってます)



 「砦でのことをお話頂ければなさらなくていいんですよ」

 「……(うぅ)」

 「…話頂けない、わけですよね?では他の方々同様の出来ることをなさって下さいね」

 「……」

 「旦那様のお耳に入れても?」

 「……分かったわ」

 「では、片付けをしてしまいますので少し横になられては?大丈夫とは言われても顔色がすぐれませんよ」

 「……そうさせてもらうわね」



 アリアンナにしては珍しく横になると言ったので、サーシャは一先ず、茶器をミシェルに任せてアリアンナを寝室へ連れていく。

 嬉しそうなミシェルではないが、嫌々でもデルヴォークとのことにアリアンナが承諾をしたことはサーシャも喜ばしいことだった。







 ──────────────────







 (……水)



 あれからベッドで本気の転寝うたたねをしてしまい、だったらとサーシャに言われ、ドレスを脱ぎ髪も下して寝てしまった。

 窓から入ってくる月明かりで夜も深い時間なのだと分かる。今夜は満月に近いせいか、部屋の中まではっきり見える。少し眩しいくらいなので、カーテンを閉めようと立ち上がると

 「!!」

 いきなりバルコニーに人影が現れた。

 すかさず、剣に手を掛ける。



 「……あー……、すまない」

 「!?」



 まさかとは思ったが、ガラス越しでよくよく見れば、デルヴォークが立っていた。



 「起きているとは思わなかったのでな……何か羽織って貰えるとありがたい」

 「っ!!」



 慌ててストールを羽織り、剣を手放すと殿下に向き直る。

 突然のデルヴォークの来訪に驚いてなのか、夜の人影に驚いたのか分からないが未だ鼓動は早く、何で今ここにデルヴォークがいるのかとか考えが及ばず言葉が出ない。



 「昼間は申し訳なかった。どうしても視察に出ねばならなくなって…」



 謝るにしてもこんな時間に来るとは常識がなさすぎるとか、自分達は会うたびに謝ってばかりだなとかデルヴォークを見つめながら思う。

 そんなデルヴォークは月明りを背に眉目の良い顔を精一杯申し訳なさそうにしているが、突然現れた麗人は困った顔も見惚れる程だ。



 「先程も言ったが起きているとは思ってなかったのでな……花を置いて帰ろうとしていたのだ」

 「……花ですか?」

 「うむ。……ディーに、弟に会えなくなった時は花でも贈れと言われてな」



 言うと、デルヴォークとは懐から小さな手紙の付いた一輪の薔薇を出した。



 「…貴女が許すなら、少し話を出来ないだろうか?」

 「申し訳ございません!」



 またやってしまった。

 外はそれなりに寒くなってきているのに、あろうことか王子殿下を外で立たせたままなど以ての外ほかだと気付いて慌てて窓を開けようとする。

 が、入って来ようとしないデルヴォークにアリアンナは首を傾げる。



 「…いや。私が王子などで開けるのであればやめておくんだが…」



 さすがにアリアンナでも分かる気遣いなので、思わず笑みがこぼれる。



 「殿下の騎士道を信じます」

 「…ありがたい」



 部屋に入るデルヴォークに椅子を勧める。

 デルヴォークは「忘れぬよう」と改めてアリアンナへ薔薇を渡す。



 「ありがとうございます」

 「……束ではないがな」



 またすまなさそうに小さくデルヴォークは笑うが、一輪でも薔薇は薔薇で、見舞いの心遣いなら自然と嬉しさがアリアンナに込み上げてくる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

処理中です...