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しおりを挟む……今、何か引っ掛かったような……
(寂しく思うって、何?!)
温かいお茶を飲んでいるのに、両腕を交差させ二の腕の辺りを摩り始めたアリアンナをサーシャとミシェルが見咎める。
「寒いんですか?」
「え?」
同時に渋い顔をしていたとは本人は気付いていない。
「ご気分がすぐれないなら早めにお休みになられますか?」
「大丈夫よ。少し疲れただけだから」
「ですよね。サンディーノ様、ずっと喋ってましたし」
両手で包むように持ったカップを冷ますように息を吹きながら、ミシェルが返す。
アリアンナの侍女たちは主とお茶をすることにすっかり慣れており、今も古参のサーシャはもちろん新参者のミシェルですら主と同じ卓につき寛いでいる。
ミシェルは並んだお茶菓子に手を伸ばしつつなおも話続ける。
「それにしてもお嬢様、殿下と砦で何があったんですか?」
「…(ごふっ)」
「そんなに驚かれること聞いてませんけど。というか、お嬢様があんなにサンディーノ様に言われっ放しって悔しいです」
「そ、そう?」
「そうですよ!お嬢様だって砦でのお話でもすればよかったのに」
「……(出来るわけないじゃない)」
「…やっぱり何か隠してますよね?でも…そうですね。城の案内はもとよりダンスなどのお約束もアリアンナ様もなさればいかがです?」
ミシェルからの質問に空から笑いをするアリアンナにサーシャも加わって今後の指示をしてくる。
「で、でも、城内はお父様に小さな時に案内されてるから知っているし、ダンスはジィルトがいるもの。全っ然殿下は必要ではなくてよ」
「「はぁ~~~~~」」
(うっ、安定の溜息量産ね……)
「いいですかお嬢様。この広い王宮内で例え知ってる場所があっても知らない場所はたくさんありますし、何なら知らない振りをして案内をされればいいんです。ましてダンスなんて密着できる絶好の機会ですよ!」
「やりません!」
「え~~~~~~!!」
盛大なミシェルからの不満の声が上がる。
(え―じゃないでしょ。ダンスなんて目立つこと、練習でも避けたいに決まってます)
「砦でのことをお話頂ければなさらなくていいんですよ」
「……(うぅ)」
「…話頂けない、わけですよね?では他の方々同様の出来ることをなさって下さいね」
「……」
「旦那様のお耳に入れても?」
「……分かったわ」
「では、片付けをしてしまいますので少し横になられては?大丈夫とは言われても顔色がすぐれませんよ」
「……そうさせてもらうわね」
アリアンナにしては珍しく横になると言ったので、サーシャは一先ず、茶器をミシェルに任せてアリアンナを寝室へ連れていく。
嬉しそうなミシェルではないが、嫌々でもデルヴォークとのことにアリアンナが承諾をしたことはサーシャも喜ばしいことだった。
──────────────────
(……水)
あれからベッドで本気の転寝うたたねをしてしまい、だったらとサーシャに言われ、ドレスを脱ぎ髪も下して寝てしまった。
窓から入ってくる月明かりで夜も深い時間なのだと分かる。今夜は満月に近いせいか、部屋の中まではっきり見える。少し眩しいくらいなので、カーテンを閉めようと立ち上がると
「!!」
いきなりバルコニーに人影が現れた。
すかさず、剣に手を掛ける。
「……あー……、すまない」
「!?」
まさかとは思ったが、ガラス越しでよくよく見れば、デルヴォークが立っていた。
「起きているとは思わなかったのでな……何か羽織って貰えるとありがたい」
「っ!!」
慌ててストールを羽織り、剣を手放すと殿下に向き直る。
突然のデルヴォークの来訪に驚いてなのか、夜の人影に驚いたのか分からないが未だ鼓動は早く、何で今ここにデルヴォークがいるのかとか考えが及ばず言葉が出ない。
「昼間は申し訳なかった。どうしても視察に出ねばならなくなって…」
謝るにしてもこんな時間に来るとは常識がなさすぎるとか、自分達は会うたびに謝ってばかりだなとかデルヴォークを見つめながら思う。
そんなデルヴォークは月明りを背に眉目の良い顔を精一杯申し訳なさそうにしているが、突然現れた麗人は困った顔も見惚れる程だ。
「先程も言ったが起きているとは思ってなかったのでな……花を置いて帰ろうとしていたのだ」
「……花ですか?」
「うむ。……ディーに、弟に会えなくなった時は花でも贈れと言われてな」
言うと、デルヴォークとは懐から小さな手紙の付いた一輪の薔薇を出した。
「…貴女が許すなら、少し話を出来ないだろうか?」
「申し訳ございません!」
またやってしまった。
外はそれなりに寒くなってきているのに、あろうことか王子殿下を外で立たせたままなど以ての外ほかだと気付いて慌てて窓を開けようとする。
が、入って来ようとしないデルヴォークにアリアンナは首を傾げる。
「…いや。私が王子などで開けるのであればやめておくんだが…」
さすがにアリアンナでも分かる気遣いなので、思わず笑みがこぼれる。
「殿下の騎士道を信じます」
「…ありがたい」
部屋に入るデルヴォークに椅子を勧める。
デルヴォークは「忘れぬよう」と改めてアリアンナへ薔薇を渡す。
「ありがとうございます」
「……束ではないがな」
またすまなさそうに小さくデルヴォークは笑うが、一輪でも薔薇は薔薇で、見舞いの心遣いなら自然と嬉しさがアリアンナに込み上げてくる。
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