黒獅子公爵の悩める令嬢

碧天

文字の大きさ
上 下
35 / 59

34.

しおりを挟む

 部屋から見える王城内の西の庭は、落葉樹からの落ち葉で赤や黄色の絨毯を作り、落葉しない木々へと色を繋ぎ、いつ見ても、いつまで見ていても飽きることのない絵画のように日々変わっていく。



 この国の第一王子殿下デルヴォークとの二度目の謁見を果たし一週間が過ぎた。

 謁見というより視察という名の……完全な視察だった。

 いや、視察だったのかももはや怪しいが。

 デルヴォークの妃候補決めの謁見ではなく、自分を連れての視察がちゃんと出来ていたのかを確かめることも出来ず、ただアリアンナの魔術を見たいがための外出だったような……。

 ただ、アリアンナにとっては久し振りに王宮から出て遠掛けが出来たし、無事デルヴォークからの妃候補としての査定は下がったはずである。

 良しとせねばなるまい。

 で、それから何の音沙汰もない。

 自分以外の候補者との謁見状況などちらほら耳に入って来るので、否が応でもアリアンナが特殊だったのだと実感したが、殿下の花嫁見習い落選の報告はおろか、王立魔術学院への入学許可の有無も、制服ついて何もデルヴォークから連絡がない。

 今日に至っては、本来なら三回目のデルヴォークとの対面となるはずがなくなっている。



 (……待たされる、外出以外に来ないっていうのもあるのね)



 アリアンナは外を眺め大きくた溜息を吐く。

 王命としてここに集められてしまったのに、その相手が現れないっていうのはどういうことなのかしら?

 命じたなら王子の予定も義務で空けるべきなのではなくて?

 などと愚痴めいたことを考える。



 けれどぼんやり眺める外景は美しく、考えるでもない砦でのデルヴォークとのことに思いが馳せる。確かに滅茶苦茶な接見ではあったが嫌な思いはせず…むしろ……。

 デルヴォークに横抱きで移動させられたことを思い出し、頬が熱くなるとアリアンナはわけもなく焦りを感じるのである。



 そんな一人ジタバタしているアリアンナをミシェルが見つめる。

 視察?から帰ってからのお嬢様はあきらかにおかしい。

 側付きになってまだそれほどでもない自分でも分かるくらい、サーシャとも意見は一致している。

 何があったかはアリアンナから聞いているが、それ以上の何かがあったに違いない。

 なぜなら相手はあ・の・デルヴォーク殿下なのだ。

 見掛けただけで溜息が漏れる殿下と、佳麗なアリアンナの寄り添う二人……

 見たかった!!

 何としてでもついていけば良かったとどれだけ後悔しているか…!

 王宮恋愛物語への憧れはサーシャからすれば愛して止まないものである。



 サーシャが部屋に戻ると窓辺に身悶えしているアリアンナに、作業の手を止め同じように身悶えしているミシェルがいた。

 察しはするが、盛大に溜息をついて二人の気を引く。

 先程、女官長であるハンプトン夫人からの呼び出しがあり、午後の予定を言い渡されたからだ。



 ハンプトン夫人の話はこうだ。

 デルヴォークの時間が取れず申し訳ないが、急遽アリアンナ以外の花嫁候補者、ジャネス・サンディーノ嬢とエマ・ウィラット嬢を招いての茶会を開いて欲しいとの事だった。

 社交界の礼儀では、初めての挨拶や茶会などは、上位貴族から声を掛けないといけないので入城の折にも頼まれていたことだったが…



 (けれど今日の今日っていうのは……キャセラックの威光を信用し過ぎているというか……否、私の実力が試されているってことなのかしら?)



 しかし、高位の貴族の茶会で今日の今日というのは逆に失礼ってことはないのかしら。

 普通に考えたらライバル令嬢達との腹の探り合いっていうお茶会なわけでしょう?

 準備期間だけでも一か月はみて、招待状の送りあいとか……お相手の方々だって大変でしょうに。

 でも、お母様ならどうするかしら?

 ……

 ……

 ……

 ────── 受けて立ちますわね。



 貴族の最大の仕事が夜会の社交なら、女性貴族の最大の仕事はお茶会ですものね。

 まぁ、交流の一環だから仕方のないことと腹を括るしかないわね。

 サーシャから報告を受けて考え込んでしまったアリアンナにみかねたミシェルが声を掛ける。



 「お嬢様、元気出してくださいね」

 「…え?」

 「今日殿下が来られない上に、急なお茶会なんて気乗りしないのも分かります!でも他の方々に負けるわけにはいきませんからね!」

 「………え?」

 「私とサーシャさんで最高の準備を致しますから!」

 「……えぇ。それは任せるけど…」

 「未来の旦那様足る殿下が不在な時こそ妻君の真価が問われますからね!」

 「……何ですって?!」

 「何ですか?」

 「誰が誰の何ですって?!」

 「勿論、誰が見てもお嬢様の勝ちは決まっておりますが、何事も最初が肝心ですからね~」

 「お待ちなさい。ミシェル。私が何て言いました?」

 「デルヴォーク様の未来のお妃様?」

 「ミシェル!私と殿下は何っっっにも、どーともなっておりません!見てたでしょ?あの方、窓から来られて窓から帰られたのよ!その上視察ですよ。視察!今日なんて来られてもいないじゃない!」

 「分かります!だから寂しいんですよね!?でも会えない時間が恋をお育てするんです」

 「?!」



 ミシェルはうんうん、頷いているけど大きな間違いをしていることに気付いていないわね?!

 このお茶会にそんな意味は決してないはずよ!





 「とにかく。お嬢様は勝者しゅさいしゃとして安心して、もてなして頂ければ大丈夫です!」

 がしっと両手を握るミシェルに何を言えば通じるのか。

 そろりとこの騒動を静観しているサーシャを見れば目を瞑っている。



 「…サーシャ?」



 助けを求める為に声を掛けたのだがその希望は無残に散ることとなった。



 「アリアンナ様。偉大な獅子は小物でも全力で仕留めるものです。気を抜くことはなさいませんように」



 主人を見るサーシャの目は本気だ。



 (…嘘でしょ。私、何を催すことになるのかしら……)



 サーシャに握られた手にじわりと変な汗が滲んで来るのを感じるアリアンナだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

処理中です...