黒獅子公爵の悩める令嬢

碧天

文字の大きさ
上 下
30 / 59

29.

しおりを挟む
 
 「……姉上」

 「……分かっております」

 「姉上」

 「みなまで言わずとも!……十分に分かっております」



 弟ジィルトがアリアンナの部屋にやって来たのはデルヴォークとの対面が済んだ日の翌々日であった。

 昨日の内に来なかったのは、近衛への出仕がありその上で次のアリアンナとの接見が魔術披露と知ったからだろう。

 よって現在、アリアンナの向かいに座り静かに圧を掛けてくる。

 ジィルトはイラついた様に髪をかき上げ腕を組む。



 「だからあれ程気を付つけろと申し上げたはずですが?」

 「……だから」



 アリアンナがいくら説明したところでジィルトにとっては言い訳に過ぎないと言葉を飲み込む。

 大体アリアンナとてこんな大事になるとは思ってもみなかったのだ。

 状況が違えばやぶさかではないことも如何せん見せる相手が悪く、見せる程のものでもない自分の魔術に、絶対拒否が出来ないというのが大丈夫ではないのだ。



 「今からでも魔術抜きでお会いするとは出来ませんか?」



 ジィルトに用意した珈琲を置きながら、サーシャが会話に混ざる。

 本来であれば侍女が主の会話に入るなどないことだが、部屋にはキャセラック家しかおらずアリアンナはサーシャとの関係を近くしている為それを知っているジィルトも特に咎めることもなく返事を返す。



 「……多分、無理だ」



 それを聞いて今度は三人の溜息が重なる。



 (何がいけないってデルヴォーク殿下ばかりかデイヴェック殿下も面白がっている風なんだが……)



 ジィルトは胸中言ちるが口には出さない。

 言ったところで状況が変わらないのであれば、せめてもの対策を講じればよいだけだ。

 幸い当日の護衛につくことは許された。

 この姉がこれ以上失態を見せる事がないよう見張ることは出来る。



 「当日私も同行しますので」

 「あら。ではジィルトの好きな物も用意しましょう。……ところで殿下のお好きな物って何かしら?」

 「……」

 「決して事態を軽んじているわけではなくてよ!あくまでご機嫌を損ねないよう配慮として」

 「……なぜ姉上が選ばれているのか不思議でなりません」

 「私とて心の底からそう思っております」



 真面目にジィルトが言えば、ひどく真剣なアリアンナの返答である。

 せめても対策が殿下の好物でご機嫌取りとは……。

 情けないことこの上ないが、講じないよりマシではあろう。

 今まで意識したことはないがデルヴォーク付きの侍女にでも探りを入れてみようか。

 先程の真剣さは何処へやら、女性陣は菓子の種類で盛り上がっている。

 そこではない。と反論したいが徒労に終わるだろう。

 当事者であるアリアンナより気が重くなるジィルトであった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...