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29.
しおりを挟む「……姉上」
「……分かっております」
「姉上」
「みなまで言わずとも!……十分に分かっております」
弟ジィルトがアリアンナの部屋にやって来たのはデルヴォークとの対面が済んだ日の翌々日であった。
昨日の内に来なかったのは、近衛への出仕がありその上で次のアリアンナとの接見が魔術披露と知ったからだろう。
よって現在、アリアンナの向かいに座り静かに圧を掛けてくる。
ジィルトはイラついた様に髪をかき上げ腕を組む。
「だからあれ程気を付つけろと申し上げたはずですが?」
「……だから」
アリアンナがいくら説明したところでジィルトにとっては言い訳に過ぎないと言葉を飲み込む。
大体アリアンナとてこんな大事になるとは思ってもみなかったのだ。
状況が違えばやぶさかではないことも如何せん見せる相手が悪く、見せる程のものでもない自分の魔術に、絶対拒否が出来ないというのが大丈夫ではないのだ。
「今からでも魔術抜きでお会いするとは出来ませんか?」
ジィルトに用意した珈琲を置きながら、サーシャが会話に混ざる。
本来であれば侍女が主の会話に入るなどないことだが、部屋にはキャセラック家しかおらずアリアンナはサーシャとの関係を近くしている為それを知っているジィルトも特に咎めることもなく返事を返す。
「……多分、無理だ」
それを聞いて今度は三人の溜息が重なる。
(何がいけないってデルヴォーク殿下ばかりかデイヴェック殿下も面白がっている風なんだが……)
ジィルトは胸中言ちるが口には出さない。
言ったところで状況が変わらないのであれば、せめてもの対策を講じればよいだけだ。
幸い当日の護衛につくことは許された。
この姉がこれ以上失態を見せる事がないよう見張ることは出来る。
「当日私も同行しますので」
「あら。ではジィルトの好きな物も用意しましょう。……ところで殿下のお好きな物って何かしら?」
「……」
「決して事態を軽んじているわけではなくてよ!あくまでご機嫌を損ねないよう配慮として」
「……なぜ姉上が選ばれているのか不思議でなりません」
「私とて心の底からそう思っております」
真面目にジィルトが言えば、ひどく真剣なアリアンナの返答である。
せめても対策が殿下の好物でご機嫌取りとは……。
情けないことこの上ないが、講じないよりマシではあろう。
今まで意識したことはないがデルヴォーク付きの侍女にでも探りを入れてみようか。
先程の真剣さは何処へやら、女性陣は菓子の種類で盛り上がっている。
そこではない。と反論したいが徒労に終わるだろう。
当事者であるアリアンナより気が重くなるジィルトであった。
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