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しおりを挟む(……約束の時間きっかりに現れるとは限らないのね)
昨日からの住まいとなった王城の自室で、用意した茶器と共にすでに小一時間は待っている。
このタルギス王国にデルヴォーク殿下は一人しかいないので、そのたった一人が来ないとなれば終わりの来ない待ち惚けの時間が続く。
アリアンナは早朝からこの対面の時間の為に、サーシャとミシェルに整えてもらった姿である。
いつも通り……よりは大いに可憐な仕上がりになっているので、昨日のようなサーシャの気合がみなぎったご令嬢姿ではないから、キャセラック侯からの注意通り見た目からの好感度はまず問題ないだろう。
それにしても。
昨日の事をそろりと思い出してみる。
いや、ずっと頭の中にはあるがあえて記憶の消去処理を施したい程には衝撃の一日だった。
未だに「なんで?」「どうして?」が大半を占め、建設的な考えが浮かばない。
後半のサーシャからの説教も響いて頭痛の思いだ。
そして、現在殿下からの待ちぼうけを受けている。
アリアンナの支度も、用意せざるおえなくなったお茶も完璧に用意をしたはいいが当の相手が来ないのである。
お忙しいのは想像に出来るのだから一言、伝言とかは思いつかれないのかしら……それとも待たせることで試しているとか?
ただ姿勢を正したまま座っているだけなので、目を瞑っていれば後悔でこの場から逃げたくなる。
どうにか気持ちを落ち着かせても、昨夜眠れなかったせいでそのまま睡魔もやってくる。
欠伸をかみ殺す閉じた目から涙が滲む。
昨夜は、一応今日の対策を考えてもいた。
けれど良い策は何も浮かばず。
家からたった一時間程の距離なのに、王城というだけで昨日の出来事は処理しきれるわけではなかった。
いや、王城だからこそ起こるべくして起こったというか……。
とにかく。
考えることを諦めて簡素な事のみに集中しようと思ったので、淑女の基本、口を出さずにただただ笑顔でやり過ごそうと決めた。
(いっそのこと、このまま来ないで頂けたらと思うわ……)
思わず出掛かった欠伸を誤魔化すため、口元に手をやる。
窓の外を眺めれば今日も温かい日差しで絶好の外お茶日和だ。
そんな長閑のどかに柔らかな秋の日差しをアリアンナがぬくぬく浴びていると
「遅くなった」
突然の声に、驚いて目を開けると、バルコニーへと続く窓からデルヴォークが現れた。
今までの眠気も吹っ飛び、「まっ!」と大きな声を上げてしまったがそのあとの言葉は飲み込み、直ちに立ち上がる。
(……どから現れるなんて?!)
廊下側の扉の前で控えていたサーシャ達からは小さな悲鳴が上がっている。
絶句したままその場で立ち竦むアリアンナに構わず、デルヴォークは悠々と部屋に入って来る。
そして卓を挟んでアリアンナの前まで来ると労いの言葉を言う。
「待たせた」
「い…いいえ」
辛うじて目の前に現れたデルヴォークに返事を返す。
「……改めまして、アリアンナ・キャセラックと申します。……以後、お見知りおき頂ければと思います」
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