黒獅子公爵の悩める令嬢

碧天

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 王宮の廊下を侍従を三人ほど連れた紳士が歩いて行くのを捉える。

 その集団に追い付こうと足早に駆け寄る。

 駆け寄った相手はジィルトの父、ジョルト・R・キャセラック侯爵だ。



 「……先程、姉上のところへ行って参りました」

 「ん?」





 娘が王への謁見となる為、仕事を抜けて謁見の間へと移動していると、息子ジィルトが合流をしてきた。

 歩きながらの異動だが、書類に目を通していたので返事がおざなりになる。



 「どうした?何かあったか?」

 「……何かというより、いつも通りです」

 「それのどこが悪い?」



 サインをした書類を侍従に渡し、下がってもいいと手振りする。そして息子の顔を目の端で捉えても、あまり機嫌が良い様には見えない。

 最近では騎士団で感情を顔に出さぬよう訓練をしている成果、元々あまり表情がなかった息子の顔だがなお無表情が増しているように思える。

 が、そこは親なので何となくの雰囲気で分かる部分がある。



 「……あの人は今回の事の重要性を分かっていないですよね」

 (ふむ……)

 「自分の立場を自覚されるべきだと」

 「……あ~……」

 「何か?」

 「いや。何でもない」



 (仕方がない、息子よ。残念なことに姉上は知らないのだよ)



 「殿下達に何か言われたのか?」

 「そんな事は……ただ」

 「ただ?」



 さっき姉の部屋で起こった殿下とのニアミスを父親にどう説明すればいいか、言い淀む。

 でも自分は謁見には立ち会えない。だったら耳に入れておかねば、あの姉のことだ父親が対処を強いられる状況も招くかもしれないとジィルトは考える。

 気持ち、居住まいを正すと、先程の出来事を話した。



 「なので、姉上にもしもとなれば、殿下に迷惑を掛けることは必須と……」

 「ははっ」

 「父上?」

 「そんなに姉は信用出来んか?」



 滅多に声をあげて笑うことなどない父親に、盛大に笑われて顔が熱くなるのを感じるが、言ったことに偽りはないので質問の意味を考える。

 本来であれば家柄から育ちを考えても姉が今回の件に絡めば、当然向かうところ敵なしになる結果は分かっている。

 だが最近の姉を振り返ると、只ならぬ侯爵令嬢と化してきていることは間違いない。

 いや、この姉の正体を父達が気付いておらぬやもしれない。

 ならばやはり強く反対を申立てるのが臣下のそれではないか?と思う。



 「信用に足るか足らぬかではなく、今日のような事をなされる姉上では務まるものも務まらぬと思うのです」

 「なるほど。しかし最後にお決めになるのは殿下ではないかな?」

 「……殿下次第ということですか……?」

 「まぁ、こういう事は貴族たるもの本人が決める事も無きに等しいからな。王陛下次第であろうとも言っておこう」



 「ただな」とジョルトは隣を歩く息子の顔を覗き、極上の笑みをもたらすと前置きをして話し始める。

 「案外、運命というものは本人が気付かぬうちに動いていることもあると加えておこうか」

 「……?答えになっておりませんが?」



 まだ訝しむ息子の背中を軽く叩き、ジョルトの足取りは久し振りの楽しい期待に軽くなるのだった。


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