黒獅子公爵の悩める令嬢

碧天

文字の大きさ
上 下
5 / 59

4.

しおりを挟む

 (……おかしいわね……)



 夕食はいつも通り、両親に弟と家族全員同席し、会話も予想していた帰領する準備の日程なども出て、ジィルトの騎士団への休暇申請が下り次第と決まったり、来春の社交界でのドレスのデザインを決める為に御用達のデザイナーをいつ呼ぶかとか……特に取り立てた話題もなく終わってしまった。

 両親に変わった様子はない。

 弟のジィルトが帰宅した為、いつもよりは口数が多く今日あったあれこれを話していた。

 それでもサーシャから言付かれた、食後に父の書斎へ行くことに変わりはないらしい。なぜなら、そのことについての話が出なかったからなのだが……。



 (家族で話すことでもないのかしら?)



 ともかく、どんな話なのかは聞いてみないと分からないようだ。

 執事に呼ばれ、書斎へと移動する。

 一先ず、話題についての予想は考えることをやめることにした。





 執事がノックをすると、間を置かず入室を許された。

 書斎机で手紙のような紙を見ていたらしい父は、長椅子の方へ移動して来る。

 手には紙を持ったままだ。

 部屋では父付きの家令が、食後の珈琲を静かに用意しはじめる。

 普段であれば食後はお酒の種類を変えて飲んでいるはずが、私に合わせてアルコール抜きで話すことなのか私に座るよう勧めながら、早々に自分は腰掛ける。



 (……凄い……笑顔だわ……)



 父ジョルトは王宮で宰相の職に就いている。

 仕事柄王陛下をお助けして、様々な政治的手腕を振るっているはずだが……。

 娘の私から見ても、笑顔を崩したところを見たことがないような気がするくらいに、基本笑顔の人である。

 歳相応なといえば、そうなのかもしれないが、肩下に揃えられた金髪は年齢を感じさせない艶やかさを保っていて、騎士の様に体を鍛えているわけではないけれど、馬にも乗るし剣も使える体は引き締まったままだ。

 普段からも温和な人柄で、どうやって日々の国政なり侯爵家の家長の務めをしているのか疑問が沸くが否、この笑顔ですべてを乗り切っているのやも知れない。

 娘には見せぬ顔をいくつも持ち併せているだろう。

 そして、その笑顔はいつもより度合いが多いような気がするのは否めない。



 「……お父様?何かお話があるのですか?」

 「うむ。呼んだのは他でもない」



 用意された珈琲に口を付け、一息つくが話を始めることなくゆっくり味わっている。

 家令がその後も支度を続けていく音だけがする。

 私の前にもコーヒーは用意されたが、お父様の話が済むまではとても手をつける気にはなれず、香りまで愉しみ、コーヒーを堪能している父から目を離すことなく身動ぎも出来ない。



 (何でしょう……変な緊張感が……笑顔の理由が呼ばれた意味よね……)



 私からの視線に気づいていないのか、カップをソーサーに戻すと、話始めるのかやっと目線が合う。



 「ところで、アンナはデビューして何年になる?」

 「三年目になりますけど……」



 うんうんと頷きを返しつつ、「歳の頃は十九か」とぶつぶつ言いながら笑顔は崩さない。

 何となく感じ始めている予感が良いものとも悪いものとも判断がつかないが……

 (とりあえず、お父様が持ってらした紙が原因だとすると……)

 二杯目のコーヒーを一口飲み、おもむろに置くと、今までの笑みを消して少し真面目な顔になる。

 その向かいに座る私の顔も勿論お父様を凝視していて、見つめ合う形になったしまったが。



 「アンナ、来月から登城しなさい」



 にこっ。



 「っ!?」



 (「にこっ」って聞こえない微笑みが聞こえたような?というか、そっち?そっちなの?ってどっち?!てっきり縁談の話かと思いましたのに。でも待って。セーフなのかしら?……あぁ、満面の笑みで返事を待ってらっしゃるわ……)



 よく分からない方向からの攻撃に、軽いショックを受けつつ顔が引き吊るのを抑える。



 「……お父様?突然の登城とか……とりあえず理由を伺ってもよろしい?」

 「いいとも。まずはこれを読んでごらん」



 ご機嫌のお父様が差し出した、先ほどの紙。



 (……少しもいい予感がしない紙だわ……)



 先読みの魔力は持ち合わせてはいないはずの私でも、こんなに分かり易い父の上機嫌に背筋が伸びる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...