黒獅子公爵の悩める令嬢

碧天

文字の大きさ
上 下
3 / 59

2.

しおりを挟む
 サーシャを見れば、目線だけで机とレースと刺繍と……私の手首にあるリボンを確認している。



 「……はぁ~」

 確認をし終えると大きなため息を吐かれた。





 (うぅ…沈黙が辛いわ……)





 「お嬢様、まさかとは思いますが四つ同時に魔術を作用させられたんですか?」



 あぁ!そうよ。思い出せば苦節数年、一番力を注いでいたことが出来るようになったんだからきちんと喜ばないとね!



 「そうなのよ!やっと出来たの!まだまだ調整の余地はあるけど、とうとう念願の四つよ!」





 サーシャの不穏な雰囲気を気にしないとばかりに、少々大袈裟な反応を返してしまう。



 「アンナ様」

 「はいっ!」



 (あ。これあまり良くないわね……)



 アリアンナの顔に薄い笑いが張り付く。



 「よろしいですか。我が国において魔力を持たれている方々、皆様ご立派に魔力をご使用になられておいでです。まして、我が国筆頭侯爵家のご令嬢で、何をするにも全て完璧にこなされ、どこへ出しても恥ずかしくないようお育ちになられたのに、デビュー以降壁の花に徹底されるし、魔術の勉強を今更極めようなどと言い始めるし!」





 (……口調が崩れてきているわ、サーシャ)





 目を瞑り握りこぶしを作りながら、だんだんお説教から愚痴へと変わるにしたがって語気が強くなっていくサーシャを生温かい目で見守るしかない。





 「幼い頃からずっとお世話をさせて頂いて、こんなに素晴らしくお育ちになられてと毎日夢のように過ごしておりますのに、ここ最近は魔術の練習と称し何かにつけ手を抜かれるし、ご縁談だってアンナ様なら選り取りみどりで、なのにすべてお断りになるし!もういい加減になさってください!」



 思い切りよく言い終えたサーシャは、これまた勢いよく椅子に腰かけ、自らお茶を注ぐとカップを一思いに煽る。



 「……ただ、まぁ、同時に四つの魔術なんてさすがですけど」





 (でも褒めてはくれるのよね)





 ジト目で見てくるサーシャに苦笑しつつ、礼を返す。

 サーシャはここ最近の溜まっていた愚痴を吐き出したせいか、とりあえずは落ち着いたようだ。

 そんな彼女を眺めつつ、アリアンナは心の中で小さく息を吐く。





 私付侍女のサーシャではないが、私って良くも悪くもどころか、良くもなお良くもほぼ完璧な淑女に仕上がっている。

 自分の評価が高過ぎて怖いくらいに。

 昔から器用貧乏というか……困ったことはもちろん大きな失敗を覚えている限りでもしたことはない。

 勉強もマナーもダンスも、手芸や乗馬、果ては淑女に必要か否かも分からない多少の剣術に至るまでとにかくすべての先生方のお墨付きを頂けるだけこなしても特に苦労した覚えもない。

 その上、家柄も侯爵家の中で五指には入る家格だ。



 容姿も普通よりはまぁまぁ上の方になるのかしら?

 気にするとすれば金髪にしては髪の色が少し薄い蜂蜜のような淡い事だけれど、周囲に言わせればそれもまた儚そうで美しく映るようで、要するに、物件的には超がつく最優良物件なのだけど……。

 社交界ではモッテモテの位置で、名立たる殿方を選べる側で……なんて見かけだけ、聞くだけなら出来過ぎなくらいの名実ともに立派なご令嬢。

 だから、私は盛大に手を抜くことを決意し、実行に移すことを決めたよ。

 本当の私は、明日出来ることは今日したくないズボラだし、社交界を華々しく浮名を流しながら泳いだりなんてことは絶対に出来ませんからね。

 むしろ完璧なる壁の花女子を目指して日々意欲的に引きこもりの最中。

 結婚だっていつかは絶対にしなくてはならないなら、今から考えたくない……というか、殿方の興味を引く時間があるなら魔術の勉強をしたいというか……

 結果。

 私に身についている礼儀作法の諸々は明日に繰り越せなかった大事な事で、それが毎日質良く続いた上に、反抗してまで拒否することもない事なかれ主義、もとい努力の積み重ねなだけだから。

 ここまでいうと自意識過剰の勘違い娘の様に思うけど、そのくらいのことは最低限に求められるのが侯爵家で、それをこなしてこその自由しかないっていうのも本当のところ。

 はっきりいって、中身が残念でダメ嬢だと自覚しているから仕方がない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

処理中です...