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 「……何だ、それ」



 フォールの声が一段下がる。

 心配して伸ばした手を拒否られたのだから怒ったのかもしれない。

 これはもう話にならない。

 一旦撤収して、改めて話をしに来た方がよさそうだ。

 と勝手に私は判断し、フォールに背を向ける。

 両手で頬を覆い部屋の扉へと向かう。



 「おい!」



 背中にフォールの声が掛かるが無視してドアノブに手を掛ける。

 だが、長年の片思いが駄々洩れした情けない自分を唯一救ってくれる扉は、フォールの手により押さえられてしまった。



 「まだ話は終わってない」

 「……」

 「キャル。ここにきての無視はないぞ」

 「……だって」

 小声になった言葉をフォールが聞き返す。

 「何?」

 「だって、フォールは私が好きなんじゃなくて助ける為に結婚するんでしょ?!私が頼まないと結婚しないんでしょ?!」



 本当にずっと滅茶苦茶だ。

 フォールに自分の婚約の停止を問いただしに来たのに、正式なプロポーズをされたくなったり、フォールの言葉に勝手に傷付いて突然泣き出せば、さすがのフォールも押し黙る。



 「……俺が泣かせてるのか?」

 「……他に誰がいるっていうのよ」

 「……分かった。降参だ」



 大きく息を吐き、でも跪きはしないぞ、と前置きをしたフォールの顔が私の目の前に寄せられる。



 「キャデル・シャラ・エクール・カルディア。俺の生涯の愛を誓う。……我が妃に」



 聞こえた台詞に勢いよく彼を見上げる。

 真っ直ぐ私を見つめるフォールの瞳に自分が見えた。

 時が止まったような感覚に頬を覆った手が震える。



 「……はい」



 絞り出した返事は掠れて、小さくて彼に聞こえただろうか。

 耳に届く心地いいフォールの声に、何の気負いもなく素直に返事が出た。



 「ふ、……最初から素直であればいいものを」



 素直に返事をしたのに。

 こんなに柔らかい微笑みで見つめられたことなどないのに。

 言った言葉はやはりフォールである。

 折角の甘い雰囲気が壊れそうになったので、えいとばかりにフォールの頬にキスをする。



 (ほら、突然のことには誰でも驚くものよ)



 フォールに傾きそうだった優勢をこちらに戻そうとした、ちょっとした仕返しのつもりだった。

 驚いた顔のまま私を凝視するフォールに笑みを返す。

 ─────あれ?

 フォールの顔が妖艶な笑みを取り戻す。

 何か、また、私が間違ったのかもしれない。

 背中は開くことがない扉。

 顔の両脇にはフォールの腕。

 絶対に逃げることの出来ない体勢で、こんな間近に私の愛する造形美……



 「これからは遠慮なく愛情を示さないとな」



 蛇に睨まれた蛙……否。悪魔に微笑まれた鼠。

 ゆっくり近づいてくるフォールの顔をいつまでも見つめながら、またそんなどうでもいいことが浮かんでくるが、なお近づいて来るフォールの顔に鼻がぶつかりそうになって、私も目を瞑ったのだった。


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