8 / 11
8.
しおりを挟む
「……何だ、それ」
フォールの声が一段下がる。
心配して伸ばした手を拒否られたのだから怒ったのかもしれない。
これはもう話にならない。
一旦撤収して、改めて話をしに来た方がよさそうだ。
と勝手に私は判断し、フォールに背を向ける。
両手で頬を覆い部屋の扉へと向かう。
「おい!」
背中にフォールの声が掛かるが無視してドアノブに手を掛ける。
だが、長年の片思いが駄々洩れした情けない自分を唯一救ってくれる扉は、フォールの手により押さえられてしまった。
「まだ話は終わってない」
「……」
「キャル。ここにきての無視はないぞ」
「……だって」
小声になった言葉をフォールが聞き返す。
「何?」
「だって、フォールは私が好きなんじゃなくて助ける為に結婚するんでしょ?!私が頼まないと結婚しないんでしょ?!」
本当にずっと滅茶苦茶だ。
フォールに自分の婚約の停止を問いただしに来たのに、正式なプロポーズをされたくなったり、フォールの言葉に勝手に傷付いて突然泣き出せば、さすがのフォールも押し黙る。
「……俺が泣かせてるのか?」
「……他に誰がいるっていうのよ」
「……分かった。降参だ」
大きく息を吐き、でも跪きはしないぞ、と前置きをしたフォールの顔が私の目の前に寄せられる。
「キャデル・シャラ・エクール・カルディア。俺の生涯の愛を誓う。……我が妃に」
聞こえた台詞に勢いよく彼を見上げる。
真っ直ぐ私を見つめるフォールの瞳に自分が見えた。
時が止まったような感覚に頬を覆った手が震える。
「……はい」
絞り出した返事は掠れて、小さくて彼に聞こえただろうか。
耳に届く心地いいフォールの声に、何の気負いもなく素直に返事が出た。
「ふ、……最初から素直であればいいものを」
素直に返事をしたのに。
こんなに柔らかい微笑みで見つめられたことなどないのに。
言った言葉はやはりフォールである。
折角の甘い雰囲気が壊れそうになったので、えいとばかりにフォールの頬にキスをする。
(ほら、突然のことには誰でも驚くものよ)
フォールに傾きそうだった優勢をこちらに戻そうとした、ちょっとした仕返しのつもりだった。
驚いた顔のまま私を凝視するフォールに笑みを返す。
─────あれ?
フォールの顔が妖艶な笑みを取り戻す。
何か、また、私が間違ったのかもしれない。
背中は開くことがない扉。
顔の両脇にはフォールの腕。
絶対に逃げることの出来ない体勢で、こんな間近に私の愛する造形美……
「これからは遠慮なく愛情を示さないとな」
蛇に睨まれた蛙……否。悪魔に微笑まれた鼠。
ゆっくり近づいてくるフォールの顔をいつまでも見つめながら、またそんなどうでもいいことが浮かんでくるが、なお近づいて来るフォールの顔に鼻がぶつかりそうになって、私も目を瞑ったのだった。
フォールの声が一段下がる。
心配して伸ばした手を拒否られたのだから怒ったのかもしれない。
これはもう話にならない。
一旦撤収して、改めて話をしに来た方がよさそうだ。
と勝手に私は判断し、フォールに背を向ける。
両手で頬を覆い部屋の扉へと向かう。
「おい!」
背中にフォールの声が掛かるが無視してドアノブに手を掛ける。
だが、長年の片思いが駄々洩れした情けない自分を唯一救ってくれる扉は、フォールの手により押さえられてしまった。
「まだ話は終わってない」
「……」
「キャル。ここにきての無視はないぞ」
「……だって」
小声になった言葉をフォールが聞き返す。
「何?」
「だって、フォールは私が好きなんじゃなくて助ける為に結婚するんでしょ?!私が頼まないと結婚しないんでしょ?!」
本当にずっと滅茶苦茶だ。
フォールに自分の婚約の停止を問いただしに来たのに、正式なプロポーズをされたくなったり、フォールの言葉に勝手に傷付いて突然泣き出せば、さすがのフォールも押し黙る。
「……俺が泣かせてるのか?」
「……他に誰がいるっていうのよ」
「……分かった。降参だ」
大きく息を吐き、でも跪きはしないぞ、と前置きをしたフォールの顔が私の目の前に寄せられる。
「キャデル・シャラ・エクール・カルディア。俺の生涯の愛を誓う。……我が妃に」
聞こえた台詞に勢いよく彼を見上げる。
真っ直ぐ私を見つめるフォールの瞳に自分が見えた。
時が止まったような感覚に頬を覆った手が震える。
「……はい」
絞り出した返事は掠れて、小さくて彼に聞こえただろうか。
耳に届く心地いいフォールの声に、何の気負いもなく素直に返事が出た。
「ふ、……最初から素直であればいいものを」
素直に返事をしたのに。
こんなに柔らかい微笑みで見つめられたことなどないのに。
言った言葉はやはりフォールである。
折角の甘い雰囲気が壊れそうになったので、えいとばかりにフォールの頬にキスをする。
(ほら、突然のことには誰でも驚くものよ)
フォールに傾きそうだった優勢をこちらに戻そうとした、ちょっとした仕返しのつもりだった。
驚いた顔のまま私を凝視するフォールに笑みを返す。
─────あれ?
フォールの顔が妖艶な笑みを取り戻す。
何か、また、私が間違ったのかもしれない。
背中は開くことがない扉。
顔の両脇にはフォールの腕。
絶対に逃げることの出来ない体勢で、こんな間近に私の愛する造形美……
「これからは遠慮なく愛情を示さないとな」
蛇に睨まれた蛙……否。悪魔に微笑まれた鼠。
ゆっくり近づいてくるフォールの顔をいつまでも見つめながら、またそんなどうでもいいことが浮かんでくるが、なお近づいて来るフォールの顔に鼻がぶつかりそうになって、私も目を瞑ったのだった。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです
あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」
伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる