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ベッテ(1)
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ノイマン夫人の思いがけない告白に、アマンダは混乱しているようだった。
「兄は、どうしてノイマンさんにそんなことを……」
なぜ、口止めなどしたのだろうと拳を口元に当てて考え込む。フランは恐る恐る、自分の胸に浮かんだ恐ろしい疑惑の切れ端を口にした。
ノイマンが命を奪われたあの事件があるまで、ステファンたちは頻繁に襲撃を受けていたこと、それが事件の後から急に途絶えたことを告げるとアマンダはいっそう表情を険しくした。
「それは、本当なの?」
「レンナルトもステファンも、そう言っていました」
城の使用人も護衛も王都に帰して二人は警戒を続けた。けれど、それきり敵が襲ってくることはなかったと言っていた。敵も三人もの死者を出したから、その被害の大きさやステファン側の状況の変化が影響したのかもしれないと二人は考えているようだった。
「でも、今の話を聞いたら……」
ノイマン夫人の目の前で、敵の狙いがオロフ・ノイマンだったのではないかと口にすることが、フランにはできなかった。けれど、アマンダもすぐにその可能性に気づいたようだった。
「だとしたら、兄の事故も……」
アマンダはぎゅっと唇を引き結び、次に険しいくらいの真剣な目をノイマン夫人に向けた。
「他の二人の名前は、わかりますか」
夫人は申し訳なさそうに首を振った。オロフの口から名前を聞いたのはマルクス・レンホルム一人だけだったという。もしかすると他の同僚の名前も一度か二度くらいは耳にしたかもしれないが、記憶に残るほどのものではなかった。黒の離宮に移ってからはあまり会うことができなくなり、たまに来る手紙にはフレドリカによくしてもらっていることが書いてあったくらいだという。
十八年前の事故の際にグリプ山地の警備についていたことは、マルクスに止められなかったとしても、あまり触れたくなかっただろう。自分たちの担当した地区で王が命を落としたことなど、たとえ任務に手を抜いたつもりはなくても、口にしたいわけがない。
アマンダは肩を落とした。だが、今の話はカルネウスやステファンの耳にも入れたほうがいいだろうと言って、エミリアを振り返る。
「馬をお借りできますか」
いったんフレドリカの待つ居間に向かう。屋敷にいる馬を借りる許可を得ると、アマンダは少し迷ってから「フランも来て」と言った。
「あなたのそばを離れないように、公爵に言われてるの」
屋敷の人たちを疑っているわけではないけれど、「絶対に」と約束させられているからと苦笑した。あまり外に出すなとも言われているので迷うところだが、昨日の今日で、敵が王都にフランを探しに来ているとも思えない。
フレドリカが馬車を使えばいいと申し出てくれたが、「王都にいる仲間に会って、手紙を頼んでくるだけですから」とアマンダは丁寧に断った。
サッと出かけてサッと帰ってくる心づもりらしい。
「でも、少しくらいなら寄り道しても大丈夫よ。フラン、エルサラに来たのは久しぶりでしょう? どこか行きたいところがある?」
フランは小さく首を振った。ずっとマットソンの屋敷から出ることなく暮らしてきたので、エルサラの街のことは何も知らないのだ。
ステファンにも手紙を届けると聞いて、アマンダがそれを書いている間に、フランも手紙を書くことにした。手紙を書くのは初めてだし、まだ文字はヘタクソだ。けれど、フレドリカがくれた立派な便せんにドキドキしながらも、一生懸命、できるだけ丁寧に書いた。
『ステファン、げんきですか。ぼくはげんきです。でも、さみしいです。はやくステファンにあいたいです。レンナルトがシャツをくれたので、においをかぎます。それでがまんしていますので、はやくむかえにきてください。フランより』
読むのと違って、頭の中で考えていることを文章にするのは難しかった。伝えたいことの半分も文字にできない。焦りやもどかしさを感じたが、それでも一番伝えたいことを頑張って書いた。
完成した手紙を見て、フランは満足した。文字の間違いがないかアマンダに見てもらう。アマンダは、なぜか笑いをこらえるように口元をひくひくさせていたが、とても上手に書けていると言って、大きく頷いてくれた。
「兄は、どうしてノイマンさんにそんなことを……」
なぜ、口止めなどしたのだろうと拳を口元に当てて考え込む。フランは恐る恐る、自分の胸に浮かんだ恐ろしい疑惑の切れ端を口にした。
ノイマンが命を奪われたあの事件があるまで、ステファンたちは頻繁に襲撃を受けていたこと、それが事件の後から急に途絶えたことを告げるとアマンダはいっそう表情を険しくした。
「それは、本当なの?」
「レンナルトもステファンも、そう言っていました」
城の使用人も護衛も王都に帰して二人は警戒を続けた。けれど、それきり敵が襲ってくることはなかったと言っていた。敵も三人もの死者を出したから、その被害の大きさやステファン側の状況の変化が影響したのかもしれないと二人は考えているようだった。
「でも、今の話を聞いたら……」
ノイマン夫人の目の前で、敵の狙いがオロフ・ノイマンだったのではないかと口にすることが、フランにはできなかった。けれど、アマンダもすぐにその可能性に気づいたようだった。
「だとしたら、兄の事故も……」
アマンダはぎゅっと唇を引き結び、次に険しいくらいの真剣な目をノイマン夫人に向けた。
「他の二人の名前は、わかりますか」
夫人は申し訳なさそうに首を振った。オロフの口から名前を聞いたのはマルクス・レンホルム一人だけだったという。もしかすると他の同僚の名前も一度か二度くらいは耳にしたかもしれないが、記憶に残るほどのものではなかった。黒の離宮に移ってからはあまり会うことができなくなり、たまに来る手紙にはフレドリカによくしてもらっていることが書いてあったくらいだという。
十八年前の事故の際にグリプ山地の警備についていたことは、マルクスに止められなかったとしても、あまり触れたくなかっただろう。自分たちの担当した地区で王が命を落としたことなど、たとえ任務に手を抜いたつもりはなくても、口にしたいわけがない。
アマンダは肩を落とした。だが、今の話はカルネウスやステファンの耳にも入れたほうがいいだろうと言って、エミリアを振り返る。
「馬をお借りできますか」
いったんフレドリカの待つ居間に向かう。屋敷にいる馬を借りる許可を得ると、アマンダは少し迷ってから「フランも来て」と言った。
「あなたのそばを離れないように、公爵に言われてるの」
屋敷の人たちを疑っているわけではないけれど、「絶対に」と約束させられているからと苦笑した。あまり外に出すなとも言われているので迷うところだが、昨日の今日で、敵が王都にフランを探しに来ているとも思えない。
フレドリカが馬車を使えばいいと申し出てくれたが、「王都にいる仲間に会って、手紙を頼んでくるだけですから」とアマンダは丁寧に断った。
サッと出かけてサッと帰ってくる心づもりらしい。
「でも、少しくらいなら寄り道しても大丈夫よ。フラン、エルサラに来たのは久しぶりでしょう? どこか行きたいところがある?」
フランは小さく首を振った。ずっとマットソンの屋敷から出ることなく暮らしてきたので、エルサラの街のことは何も知らないのだ。
ステファンにも手紙を届けると聞いて、アマンダがそれを書いている間に、フランも手紙を書くことにした。手紙を書くのは初めてだし、まだ文字はヘタクソだ。けれど、フレドリカがくれた立派な便せんにドキドキしながらも、一生懸命、できるだけ丁寧に書いた。
『ステファン、げんきですか。ぼくはげんきです。でも、さみしいです。はやくステファンにあいたいです。レンナルトがシャツをくれたので、においをかぎます。それでがまんしていますので、はやくむかえにきてください。フランより』
読むのと違って、頭の中で考えていることを文章にするのは難しかった。伝えたいことの半分も文字にできない。焦りやもどかしさを感じたが、それでも一番伝えたいことを頑張って書いた。
完成した手紙を見て、フランは満足した。文字の間違いがないかアマンダに見てもらう。アマンダは、なぜか笑いをこらえるように口元をひくひくさせていたが、とても上手に書けていると言って、大きく頷いてくれた。
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