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別離(4)
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「つまり、ストランドたちは、ステファンを抑えるためにフランを利用するつもりなのかもしれない。だから……」
そこまで言って、ふいにレンナルトは口を閉じた。一つ息を吐き「後はステファンの口から聞いたほうがいい」と言う。自分が伝えるべきことではないからと。
「ただ、そういう状況だから、ステファンはそれなりの考えがあって動いてる。何を言われても、フランはステファンを信じてやってほしい」
「うん」
王都に出掛けていった理由は結局わからないままだ。けれど、もちろん、フランはステファンを信じるし、ステファンが何を言っても、それはフランにとって必要な、大事なことなのだとわかっている。そう思っていた。
夕飯の前にアマンダが戻ってきて、馬車預かりを訪ねる時間はなかったけれど、それとなく調べてもらえるよう仲間に頼んできたと言った。
「馬車預かりの人たちの中に、特に怪しい人はいないみたいだけど……」
「ステファンも調べるって言ってたし、何かわかればきみにも知らせるだろう」
レンナルトが言い、その話はそれで終わりになった。
三人だけで夕食を済ませ、フランは一人でステファンの私室に戻った。人の気配のない居間兼書斎を通り抜け、自分用の部屋に向かう。身体を綺麗にしてからベッドに入ったけれど、なかなか眠ることができなかった。
(朝までには戻るって言ってたけど、いつぐらいになるのかな……)
夜中のうちに帰ってこられるのだろうか。
昨日からいろいろなことがあって、なんだか少しもステファンと話していない。普段だってそんなにおしゃべりばかりはしていないけれど、勉強は毎日みてもらっているし、フランが話したいことがあればステファンはいつでも聞いてくれる。何も話さなくても、実験をしているステファンと同じ部屋で本を読んでいるだけで、フランは安心できた。
(早く帰ってきて……)
じっと目を閉じていると、それでもいつの間に眠りに落ちていた。夢の中でそっと髪を撫でられて、優しい手の感触にふと目を覚ます。
「起こしたか」
「ステファン……」
「悪い」
ううん、と首を振って毛布の上の手を伸ばす。ステファンがかがみこんで額に軽くキスを落とした。ふにゃりと頬を緩めて、もう一度名前を呼んだ。
「ステファン」
「うん」
「おかえりなさい」
王都で何をしてきたのか気になったけれど、きっと今は疲れているだろう。聞くのは明日にしよう思った。
フランはじっと黙っていたが、ベッドの脇に膝を突いたステファンはなかなか立ち上がろうとしない。
「どうかしたの?」
フランが聞いても、黙って髪を撫で続けるばかりだ。
ひょっとして、一人になりたくないのだろうか。誰かに、そばにいてほしいのかもしれない。
以前、もしもステファンが眠れないことがあったら、今度はフランが一緒にいると約束した。それを思い出したフランは、ステファンの手を両手で包んで自分の頬に押し当てた。
「ステファン、僕がそばにいるね?」
「うん?」
昨日の兵士のことが悲しいのかもしれない。
「あのね、眠れなかったら、僕が……」
「夜伽をしてくれるのか」
ステファンが笑った。うん、と頷きかけて、ふと、あの時、確か『本格的な夜伽を期待していいのか』と聞かれたのを思い出した。
「あ、えっとね。あのね……」
赤くなってもじもじしていると、シーツをめくってステファンがベッドに入ってきた。フランの身体をすっぽり包み込むようにして抱きしめてくる。
「フラン……」
鼻の頭にキスをされて、つい身体に力が入ってしまう。ステファンがぷっと笑う。
「なんだ、フラン。また、おあずけか」
「あ、あの……」
「さんざん、人に『処理』を手伝わせているくせに」
「だ、だって……」
ヒートで二度も身体を重ねた。今さらだと言われてフランは何も言えなくなった。
だけど、本当にそんなつもりで「そばにいる」と言ったわけではないのだ。それでも、ステファンにああいうことやこういうことをされるのが嫌なわけではない。なんだかどうしていいかわからないだけで……。
いっそ、今からヒートが来てくれればいいのにと思う。
「冗談だ」
優しく穏やかな声でステファンが囁いた。怖がらなくていいと教えるように背中を軽くポンと叩く。
怖いわけでも嫌なわけでもないと、フランはもごもご呟いた。ステファンは小さく笑い、フランを抱き直すと「しばらくこのままでいさせてくれ」と言って髪に鼻を埋めた。フラン、と囁くように名前を呼んで背中をゆっくり撫でる。
フランがそっとステファンの背中に腕を回すと、「今夜はここで寝ていいか」と聞いた。
「うん」
庶民風の麻のシャツに顔を埋めると、かすかに街の埃の匂いがした。フランがよく知っている匂いだ。エルサラの街の匂いだった。
翌朝、ステファンの腕の中で目覚めたフランはとても幸せだった。
けれど、身支度を整えて居間に行くと、カウチに座るように促され、じっと黒い目で見つめられ、そしてこう言われた。
「フラン。しばらくの間、エルサラのヘーグマン邸におまえを預ける」
フランは青い目を見開き、初めてステファンの言いつけに対して首を横に振った。
「フラン」
「やだ」
「フラン、いい子だから」
繰り返し首を振る。ステファンがフランを抱きしめて「頼む」と囁いた。
フランは何も言えなくなり、涙が溢れそうになる瞼を隠して、ステファンの広い胸に顔を埋めた。
「必ず、迎えに行く。少しの間、言う通りにしてくれ」
そこまで言って、ふいにレンナルトは口を閉じた。一つ息を吐き「後はステファンの口から聞いたほうがいい」と言う。自分が伝えるべきことではないからと。
「ただ、そういう状況だから、ステファンはそれなりの考えがあって動いてる。何を言われても、フランはステファンを信じてやってほしい」
「うん」
王都に出掛けていった理由は結局わからないままだ。けれど、もちろん、フランはステファンを信じるし、ステファンが何を言っても、それはフランにとって必要な、大事なことなのだとわかっている。そう思っていた。
夕飯の前にアマンダが戻ってきて、馬車預かりを訪ねる時間はなかったけれど、それとなく調べてもらえるよう仲間に頼んできたと言った。
「馬車預かりの人たちの中に、特に怪しい人はいないみたいだけど……」
「ステファンも調べるって言ってたし、何かわかればきみにも知らせるだろう」
レンナルトが言い、その話はそれで終わりになった。
三人だけで夕食を済ませ、フランは一人でステファンの私室に戻った。人の気配のない居間兼書斎を通り抜け、自分用の部屋に向かう。身体を綺麗にしてからベッドに入ったけれど、なかなか眠ることができなかった。
(朝までには戻るって言ってたけど、いつぐらいになるのかな……)
夜中のうちに帰ってこられるのだろうか。
昨日からいろいろなことがあって、なんだか少しもステファンと話していない。普段だってそんなにおしゃべりばかりはしていないけれど、勉強は毎日みてもらっているし、フランが話したいことがあればステファンはいつでも聞いてくれる。何も話さなくても、実験をしているステファンと同じ部屋で本を読んでいるだけで、フランは安心できた。
(早く帰ってきて……)
じっと目を閉じていると、それでもいつの間に眠りに落ちていた。夢の中でそっと髪を撫でられて、優しい手の感触にふと目を覚ます。
「起こしたか」
「ステファン……」
「悪い」
ううん、と首を振って毛布の上の手を伸ばす。ステファンがかがみこんで額に軽くキスを落とした。ふにゃりと頬を緩めて、もう一度名前を呼んだ。
「ステファン」
「うん」
「おかえりなさい」
王都で何をしてきたのか気になったけれど、きっと今は疲れているだろう。聞くのは明日にしよう思った。
フランはじっと黙っていたが、ベッドの脇に膝を突いたステファンはなかなか立ち上がろうとしない。
「どうかしたの?」
フランが聞いても、黙って髪を撫で続けるばかりだ。
ひょっとして、一人になりたくないのだろうか。誰かに、そばにいてほしいのかもしれない。
以前、もしもステファンが眠れないことがあったら、今度はフランが一緒にいると約束した。それを思い出したフランは、ステファンの手を両手で包んで自分の頬に押し当てた。
「ステファン、僕がそばにいるね?」
「うん?」
昨日の兵士のことが悲しいのかもしれない。
「あのね、眠れなかったら、僕が……」
「夜伽をしてくれるのか」
ステファンが笑った。うん、と頷きかけて、ふと、あの時、確か『本格的な夜伽を期待していいのか』と聞かれたのを思い出した。
「あ、えっとね。あのね……」
赤くなってもじもじしていると、シーツをめくってステファンがベッドに入ってきた。フランの身体をすっぽり包み込むようにして抱きしめてくる。
「フラン……」
鼻の頭にキスをされて、つい身体に力が入ってしまう。ステファンがぷっと笑う。
「なんだ、フラン。また、おあずけか」
「あ、あの……」
「さんざん、人に『処理』を手伝わせているくせに」
「だ、だって……」
ヒートで二度も身体を重ねた。今さらだと言われてフランは何も言えなくなった。
だけど、本当にそんなつもりで「そばにいる」と言ったわけではないのだ。それでも、ステファンにああいうことやこういうことをされるのが嫌なわけではない。なんだかどうしていいかわからないだけで……。
いっそ、今からヒートが来てくれればいいのにと思う。
「冗談だ」
優しく穏やかな声でステファンが囁いた。怖がらなくていいと教えるように背中を軽くポンと叩く。
怖いわけでも嫌なわけでもないと、フランはもごもご呟いた。ステファンは小さく笑い、フランを抱き直すと「しばらくこのままでいさせてくれ」と言って髪に鼻を埋めた。フラン、と囁くように名前を呼んで背中をゆっくり撫でる。
フランがそっとステファンの背中に腕を回すと、「今夜はここで寝ていいか」と聞いた。
「うん」
庶民風の麻のシャツに顔を埋めると、かすかに街の埃の匂いがした。フランがよく知っている匂いだ。エルサラの街の匂いだった。
翌朝、ステファンの腕の中で目覚めたフランはとても幸せだった。
けれど、身支度を整えて居間に行くと、カウチに座るように促され、じっと黒い目で見つめられ、そしてこう言われた。
「フラン。しばらくの間、エルサラのヘーグマン邸におまえを預ける」
フランは青い目を見開き、初めてステファンの言いつけに対して首を横に振った。
「フラン」
「やだ」
「フラン、いい子だから」
繰り返し首を振る。ステファンがフランを抱きしめて「頼む」と囁いた。
フランは何も言えなくなり、涙が溢れそうになる瞼を隠して、ステファンの広い胸に顔を埋めた。
「必ず、迎えに行く。少しの間、言う通りにしてくれ」
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