闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

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エリンの球根(4)

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「あ。シャベル……」
 食堂に着く直前、フランは庭にシャベルと置いてきてしまったことに気づいた。なくなることはないだろうと言われたけれど、置いたままにしておくのはなんだか不安で、「すぐに戻るから」と言って外に駆けだした。
 中庭を通り抜け、表の建物のアーチをくぐって前庭に出る。壁沿いに新しく造った花壇の隅に銀色のシャベルが転がっていた。
「よかった」
 駆け寄って拾い上げ、踵を返したところで、門の陰から人が姿を現す気配を感じた。振り向くと、布で顔を覆った男が立っていた。
 フランは驚いて足を止めた。男が一歩踏み出すのを見て、急いで服の中にしまった笛を取り出す。思い切り吹くと、ピーっと鋭く大きな音が出た。ビクリと身体を揺らした男が、慌てた様子で門の向こう側に逃げてゆく。わずかの後に馬の嘶きが聞こえ、蹄の音が遠ざかってゆく。
「フラン! 何があった」
 中庭から駆けてきたステファンが、焦った声で聞いた。
「知らない人が……」
 レンナルトとアマンダも前庭に出てきて、すぐに門の外を覗きに行く。
「逃げ足の速い奴だな」
 城の前の一本道には砂埃が立ったような跡がある。けれど、周囲を囲む森の中に人の気配は感じないと言って二人は戻ってきた。
「どんなやつだった」
「布で顔を隠してた……。大きい男の人だった」
 まさかと思うが、マットソンが人を使って、わざわざフランを捕まえに来たのだろうか。
「ずっと様子を窺ってたのかしら」
 アマンダが眉をひそめる。
「いずれにしても、しばらくは一人で外に出ないほうがいい。何かあったら、今みたいに笛を吹くんだぞ」
 ステファンに言われて「うん」と頷いた。その日はそれで終わりだった。
 けれど、それから数日後、アマンダがいよいよ城から去るという前日に、二人でレムナの街に出掛けて帰ってくると、今度は複数の男たちが森の中から現れた。
 門を入って馬車を下りた二人を取り囲み、「どっちだ」と目配せをし合う。
「金色の髪のほうだ」
「両方とも金髪だぞ」
「どっちでも構わん。女と子どもだ。まとめて捕まえろ」
 一斉に距離を詰めてくる男たちに向かって、アマンダが素早くドレスの襞を探った。護身用の短剣ダガーを取り出して構えると、隙のない動作で男たちに向ける。
「フラン、笛を吹いてくれる?」
 穏やかな声で促されて、はっとする。服から笛を取り出すと、思い切り吹いた。
 ピーっと甲高い音が響くと、驚くような速さでステファンが前庭に現れた。まるでどこからか降ってきたような登場の仕方に、男たちが怯む。
「引け!」
 四、五人の男たちがバラバラと森に向かって走り出す。そのうちの一人が突然宙に浮きあがった。かと思うと、一瞬のうちにステファンの前まで移動して、石畳の上にどさりと落ちてきた。
 男たちの何人かが振り返るが、そのまま森の中へと逃げてゆく。
 床に倒れた男にステファンが短く聞いた。
「誰の差し金だ」
 男はガチガチと歯を慣らすばかりだ。
「言え。誰に頼まれた」
 黒い瞳に睨みつけられ、震えながら「あ、あ……」と声を出した直後、男の背に向かってシュッと何かが飛んできた。男はぽかんと口を開け、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
 その背に刺さった矢を見て、フランは悲鳴を上げそうになった。
 矢の飛んできた方向にステファンが鋭い一瞥を投げる。風に強く嬲られたように森がざわざわと騒いだ。けれど、遠くに馬の嘶きが聞こえただけで、その嘶きも徐々に遠ざかっていった。
 ステファンがアマンダを振り返る。アマンダは首を左右に振った。
「死んでるわ」
 ステファンの後から前庭に駆けてきたレンナルトが、悲痛な表情で男を見下ろす。
「また、毒か」
「これで、五人だ……」
 ステファンも暗い目で死んだ男を見下ろした。その声が、どこか自分を責めているように聞こえて、フランの心は痛んだ。
 男の身体が浮き上がる。ステファンが歩き出すと、浮いたままその後ろをついてゆく。
「どこに……」
 フランの肩に手をかけて止めたのはレンナルトだ。
「城の裏手に墓地があるんだよ」
 口封じに殺されるような男を引き取りに来る者はいない。十二年前の男たちもステファンが埋葬したのだと教えた。
「責任を感じてるんだ」
「ステファンのせいじゃないよ」
「そうよ。悪いのは、あいつらよ。人の命をこんなに簡単に……」
 レンナルトは「うん」と頷き、石畳の上に落ちている矢に手を伸ばした。
やじりに触れないように気を付けて」
 アマンダとフランに注意を促し、拾い上げた矢を持って歩き出す。ステファンの私室に運ぶのだと言った。毒の成分を調べる必要があるのだろう。
「絶対に触っちゃダメだよ」
 強く念を押されて、フランは真剣な顔で頷いた。

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