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約束(4)
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そんなことがあってから、フランは数日に一度、ステファンの手を借りて「処理」をするようになった。その度にステファンもその場所を辛そうに張りつめさせていた。なのに、フランが手伝うと言うと断固として拒否するのだ。
どうしてダメなのかと聞くと、ステファンは気まずそうに「我慢が利かなくなったらどうするんだ」とぼそぼそ呟いた。ヒートの時とは違うのだから、怪我をさせてしまうだろうと。
「怪我……?」
黒い瞳はすっと逸らされたままだ。
よくはわからないが、ステファンの言うことはいつも正しい。ダメだと言う時には必ず理由があるし、背景に深い意味があることも多い。だから、いつかフランにも理解できるだろうと思って、無理にお手伝いをするのは控えることにした。
カウチに腰かけたステファンの膝に乗り、向かい合うようにしてステファンの首にしがみつく。ちょっと恥ずかしい声が出てしまうけれど、「処理」をしてもらうのはとても気持ちがよかった。
アマンダやレンナルトに、いつもの仕組みで声を聞かれないだろうかと心配したけれど、「あれは滅多にそういうことは伝えない」とステファンが教えてくれた。呼びかけたり、逆に知ろうとして耳を傾けたりしない限り、あの不思議な力で声が届くことは少ないらしい。実際に、アマンダもレンナルトも何も聞いていないようだった。
そして、最初のヒートから四週間が過ぎた頃、二度目のヒートが訪れた。初めのうちは周期が不安定で、一度目のヒートから間を置かずに二度目が来ることも珍しくない。逆に一年近く間が空くこともあり、安定するまでは特に注意が必要なのだ。
身体から甘い匂いが発するのと同時に、ステファンもそれに気づいていた。フランが苦しいと訴えるよりも先に、ステファンが反応し、最初の時よりもっと激しくフランを抱いた。やわらかく潤んで蜜を零す後孔を硬い楔が何度も深く貫く。ステファンにしがみつき、熱い飛沫を受け入れながら、何も考えられなくなった頭でフランは願った。
何もいらない。このままずっとステファンと一つになっていたい。
ヒートの熱が収まった後も、その願いだけは心の隅に残っていた。
「ステファン……」
嵐が去った後のベッドの中で、広い胸に抱き寄せられたまま、フランは意味もなくステファンの名前を呼んだ。
「うん?」
いつものように優しい声が返ってくる。
「ステファン」
「なんだ」
ただ呼んでみたかっただけなのだ。ぼぞりとそう告げて金色の睫毛を伏せた。
「フラン」
今度はステファンがフランの名前を呼んだ。顔を上げると睫毛の長い硬質な横顔が目に入った。薄い瞼を閉じたまま、ステファンが静かに呟く。
「どこにも行くなよ」
「え……」
背中に回されていた腕にわずかに力がこもる。
「ずっと、ここにいろ」
シーツを巻き付けた身体が、広い胸の中にいっそう深く抱きこまれ、フランはかすかにみじろいだ。
「いて、いいの?」
ステファンが目を開き、フランを見下ろす。
「当たり前だ。おまえは、俺の番なんだからな」
青い目を見開くフランに「違うのか?」と首を傾げる。フランは無意識に首を振り、それから小さく頷いた。どっちだ、とステファンが笑う。
「僕……」
アマンダが来た時に、やっぱりステファンには「本当の番」が来るのだと思った。間に合わせのフランではなく、ちゃんとした、立派なオメガが送られてくるのだと。
「アマンダはカルネウスの命令で来ただけだ。オメガでもないし」
うん、と神妙に頷く。けれど、とフランは瞳を揺らした。自分とステファンとでは何もかもが違い過ぎる。城に来てからのフランは、ステファンとレンナルトに優しくしてもらって、すっかり身ぎれいな、年相応の姿になったけれど、今も何も持っていないし何もできないことには変わりはないのだ。
番というのはお妃様のような存在だ。王弟殿下で、公爵で、美しく賢いアルファでもあるステファンに、フランはあまりに不似合いではないか。
ぼそぼそとそんなことを言い続けるフランに、ステファンは呆れたように「番になるためには、俺がアルファでフランがオメガなのは、当たり前なんじゃないか」と言った。身分についても、貴族のオメガがそもそも滅多にいないのだから、誰も拘りはしないはずだと続ける。
「それとも、『闇の魔王』の生贄になるのは、嫌か」
フランは顔を上げ、大きく首を振った。それだけは、絶対にない。
「だったら、決まりだ。どこにも行くな」
フランを抱き直し、額に唇を押し当てる。
「約束だ、フラン。ずっと、俺のそばにいろ」
返事は、と聞かれて、黙って頷く。何か言ったら、泣いてしまいそうだった。
どうしてダメなのかと聞くと、ステファンは気まずそうに「我慢が利かなくなったらどうするんだ」とぼそぼそ呟いた。ヒートの時とは違うのだから、怪我をさせてしまうだろうと。
「怪我……?」
黒い瞳はすっと逸らされたままだ。
よくはわからないが、ステファンの言うことはいつも正しい。ダメだと言う時には必ず理由があるし、背景に深い意味があることも多い。だから、いつかフランにも理解できるだろうと思って、無理にお手伝いをするのは控えることにした。
カウチに腰かけたステファンの膝に乗り、向かい合うようにしてステファンの首にしがみつく。ちょっと恥ずかしい声が出てしまうけれど、「処理」をしてもらうのはとても気持ちがよかった。
アマンダやレンナルトに、いつもの仕組みで声を聞かれないだろうかと心配したけれど、「あれは滅多にそういうことは伝えない」とステファンが教えてくれた。呼びかけたり、逆に知ろうとして耳を傾けたりしない限り、あの不思議な力で声が届くことは少ないらしい。実際に、アマンダもレンナルトも何も聞いていないようだった。
そして、最初のヒートから四週間が過ぎた頃、二度目のヒートが訪れた。初めのうちは周期が不安定で、一度目のヒートから間を置かずに二度目が来ることも珍しくない。逆に一年近く間が空くこともあり、安定するまでは特に注意が必要なのだ。
身体から甘い匂いが発するのと同時に、ステファンもそれに気づいていた。フランが苦しいと訴えるよりも先に、ステファンが反応し、最初の時よりもっと激しくフランを抱いた。やわらかく潤んで蜜を零す後孔を硬い楔が何度も深く貫く。ステファンにしがみつき、熱い飛沫を受け入れながら、何も考えられなくなった頭でフランは願った。
何もいらない。このままずっとステファンと一つになっていたい。
ヒートの熱が収まった後も、その願いだけは心の隅に残っていた。
「ステファン……」
嵐が去った後のベッドの中で、広い胸に抱き寄せられたまま、フランは意味もなくステファンの名前を呼んだ。
「うん?」
いつものように優しい声が返ってくる。
「ステファン」
「なんだ」
ただ呼んでみたかっただけなのだ。ぼぞりとそう告げて金色の睫毛を伏せた。
「フラン」
今度はステファンがフランの名前を呼んだ。顔を上げると睫毛の長い硬質な横顔が目に入った。薄い瞼を閉じたまま、ステファンが静かに呟く。
「どこにも行くなよ」
「え……」
背中に回されていた腕にわずかに力がこもる。
「ずっと、ここにいろ」
シーツを巻き付けた身体が、広い胸の中にいっそう深く抱きこまれ、フランはかすかにみじろいだ。
「いて、いいの?」
ステファンが目を開き、フランを見下ろす。
「当たり前だ。おまえは、俺の番なんだからな」
青い目を見開くフランに「違うのか?」と首を傾げる。フランは無意識に首を振り、それから小さく頷いた。どっちだ、とステファンが笑う。
「僕……」
アマンダが来た時に、やっぱりステファンには「本当の番」が来るのだと思った。間に合わせのフランではなく、ちゃんとした、立派なオメガが送られてくるのだと。
「アマンダはカルネウスの命令で来ただけだ。オメガでもないし」
うん、と神妙に頷く。けれど、とフランは瞳を揺らした。自分とステファンとでは何もかもが違い過ぎる。城に来てからのフランは、ステファンとレンナルトに優しくしてもらって、すっかり身ぎれいな、年相応の姿になったけれど、今も何も持っていないし何もできないことには変わりはないのだ。
番というのはお妃様のような存在だ。王弟殿下で、公爵で、美しく賢いアルファでもあるステファンに、フランはあまりに不似合いではないか。
ぼそぼそとそんなことを言い続けるフランに、ステファンは呆れたように「番になるためには、俺がアルファでフランがオメガなのは、当たり前なんじゃないか」と言った。身分についても、貴族のオメガがそもそも滅多にいないのだから、誰も拘りはしないはずだと続ける。
「それとも、『闇の魔王』の生贄になるのは、嫌か」
フランは顔を上げ、大きく首を振った。それだけは、絶対にない。
「だったら、決まりだ。どこにも行くな」
フランを抱き直し、額に唇を押し当てる。
「約束だ、フラン。ずっと、俺のそばにいろ」
返事は、と聞かれて、黙って頷く。何か言ったら、泣いてしまいそうだった。
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