闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

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オメガについて(5)

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「なんだって……?」
 レンナルトは緑色の目をいっぱいに開いて、右手に持っていたカップをぽろりと落とした。お茶が零れるのを見て、慌てて魔法でカップを戻す。
「アルビン・ストランド……? 嘘だろ?」
「嘘のような本当の話だ」
 状況が掴めないフランに、「ストランドは神官長だ」とステファンが説明した。神の声を伝えるという特殊な形式ではあるが、この国で唯一、王に何かを命じることができる人物。ボーデン王国で最も強い権力を持つ者の一人だと教える。
「相手が相手だけに、全容を掴むまでにすいぶん時間がかかったらしい。テオレルとハルムバリも共犯だ」
「マジか……。三人の神官が、全員……」
「神官職は世襲制だ。何代にも亘って、やつらは国中の組織に影響力を強めてきた。今のボーデン王国は、何らかの形でストランドたちに連なる者と、そいつらの息がかかった連中が仕切っている」
 オメガの売買をなかば堂々と行っている売人たちは、いくつもの組織から便宜を図られている。その全容は複雑に入り組み、全てを暴いても、ストランドほどの権力者には簡単には辿り着けなかった。それでも、カルネウスはようやく尻尾を掴んだという。
「そこで断罪できればよかったんだが、相手が大きすぎた。犯罪を見逃すことにストランドが関係していたことを証明できても、おそらく大した罪にはならないだろう」
「じゃあ、どうすればいいんだよ。やっぱり、王が出るしか……」
 クリストフェルが直接罰を下すなら、多少は厳しいものになるだろう。だが、結局は同じことだとステファンは言った。
「今の状態で一つの罪を裁いても、別のどこかで、弱者からの搾取は続く」
「そうか……。確かに、そうだな」
 レンナルトは深いため息を吐く。
「レンナルト、フランのような子どもがいることを、俺たちは知らなかった」
「うん」
「今、俺がクリストフェルに会って、何か望むことがあるかと聞かれたら、ストランドを裁くことよりも、もっと別のことを望むと思う」
 王ならば、国が腐りきってしまう前にやるべきことをやってくれと言うと思うと、ステファンは悔しそうに口にする。
「……王様に会って、それを言うことはできないの?」
 フランの単純な問いに「どうだろうな……」とステファンは睫毛を伏せた。
「俺は、政治に口を挟むことを禁じられている。まっとうなことを言ったつもりでも、王に意見をするだけで謀反を疑われる立場だ」
 それを知っていて手を貸せと言うカルネウスもどうかと思うと笑い、「それに」と呟いた。
「クリストフェルに会っても、あいつが俺の話を信じるとは限らない」
「でも、お兄さんなんじゃ……」
「クリストフェルは、父が死んだのは俺のせいではないかと疑っている。会いに行っても、そもそも話を聞くかどうかすら……」
 十八年も経った今では、兄と言えどもどんな考え方をする人間なのか、まったくわからないのだと呟く。
「話をして、クリストフェルが神官たちを信じた時、カルネウスと俺は王と敵対することになる。ひれ伏してしまえば、カルネウスがしてきたことに意味がなくなるからだ。俺たちは王の敵になって、戦うしかなくなるんだ」
 王に刃を向ける。
 かつて第十四代ラーゲルレーヴ公爵――「闇の魔王」と呼ばれた男がそうしたように……。

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