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夜伽(1)
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ボーデン王国でも北部に位置するラーゲルレーヴ領は、特に夏が過ごしやすい。湿度が低いこともあり、昼間でも日陰はさらりと涼しいし、城の中に入ればひんやりしている。夜は少し肌寒いくらいだ。
ふわりと軽い夏の布団にもぐりこんで、フランはじっと目を閉じた。やわらかな肌触りのシーツや、四つもあるふかふかした枕に包まれて、寝心地は最高のはずなのに、いつまでたっても眠ることができなかった。
『黒髪の王子は、生まれた瞬間から疎まれる運命だったわけだ』
どこか他人事のように呟いたステファンの言葉が耳に残っている。
魔力を高貴の証としながら、その力が強すぎることを忌む者がいるという。誕生とともに王妃の命を奪った黒髪の王子を、かつて国に災いをもたらした黒髪のアルファ、先代のラーゲルレーヴ公爵に重ねて、最初から嫌う者がいたのだ。
幼い頃のステファンの怒りや、徐々にそれを抑え込んで感情を見せなくなったという話を思い出した。レンナルトから聞いたかつてのステファンの姿が、瞼に浮かぶようだった。
(ステファン……)
フランも知っている。そうして感情を押し殺すしかない苦しさを。
ふうっと息を吐いて寝返りを打つ。何度ももぞもぞ動いているうちに、軽い夏掛けがベッドからずり落ちてしまった。
「いけない……」
起き上がって床に足を下ろし、すぐ近くに落ちていた布団を抱えた。そのままなんとなくステファンの書斎兼居間に続くドアを見つめる。いつもフランが勉強したり本を読んだりするその部屋は、主寝室と夫人室――という名のフランの部屋――との間にある。
とことこと歩いていってドアを開けると、ステファンはまだ起きていた。ゆったりしたシャツとタイツ姿でカウチにもたれて本を読んでいる。
フランに気づいて顔を上げ、「どうした、フラン」と聞いた。
夏掛けを抱えたまま言葉を探していると、立ち上がって近くまで来る。
「眠れないのか」
「うん」
「なぜ布団を抱えている」
「えっと、落としちゃった……」
ふっと、ステファンの口元が可笑しそうに緩んだ。フランから夏掛けを受け取って「しょうがないな」と呟く。
「掛けてやるから、ベッドに戻れ」
フランが自分で夏掛けを直せないのだと思ったらしい。そうではないのだと言いたくて見上げると、「なんだ」と怪訝そうに見下ろしてくる。
ただ眠れなかっただけだと言ってうつむいた。
「眠れなくて、俺のところに来たのか」
「うん……」
「布団を抱えて?」
「お、お布団は、なんとなく持ってきちゃっただけ……」
膝下まである長いシャツ型の寝巻をぎゅっと両手で握りしめる。なぜかステファンがかがみこんで、フランの髪に鼻を近づけた。
クンクンと匂いを嗅いで首を傾げる。
「ヒートが来たわけでもなさそうだな……」
ヒートは終わったばかりだけれど、最初のうちは周期が不安定だから、少しでも身体の変化を感じたら言うように言われている。
ただ、今はそういう感じではないので、そう告げた。
「つまり、ヒートではないが、俺に夜伽をしてほしいと……」
「夜伽……?」
「夜の間、そばにいることだ」
「そばに……」
ずっとでなくてもいいから、今夜は少しだけ、ステファンのそばにいたかった。そう考えたフランは、にこりと笑って頷いた。
ふわりと軽い夏の布団にもぐりこんで、フランはじっと目を閉じた。やわらかな肌触りのシーツや、四つもあるふかふかした枕に包まれて、寝心地は最高のはずなのに、いつまでたっても眠ることができなかった。
『黒髪の王子は、生まれた瞬間から疎まれる運命だったわけだ』
どこか他人事のように呟いたステファンの言葉が耳に残っている。
魔力を高貴の証としながら、その力が強すぎることを忌む者がいるという。誕生とともに王妃の命を奪った黒髪の王子を、かつて国に災いをもたらした黒髪のアルファ、先代のラーゲルレーヴ公爵に重ねて、最初から嫌う者がいたのだ。
幼い頃のステファンの怒りや、徐々にそれを抑え込んで感情を見せなくなったという話を思い出した。レンナルトから聞いたかつてのステファンの姿が、瞼に浮かぶようだった。
(ステファン……)
フランも知っている。そうして感情を押し殺すしかない苦しさを。
ふうっと息を吐いて寝返りを打つ。何度ももぞもぞ動いているうちに、軽い夏掛けがベッドからずり落ちてしまった。
「いけない……」
起き上がって床に足を下ろし、すぐ近くに落ちていた布団を抱えた。そのままなんとなくステファンの書斎兼居間に続くドアを見つめる。いつもフランが勉強したり本を読んだりするその部屋は、主寝室と夫人室――という名のフランの部屋――との間にある。
とことこと歩いていってドアを開けると、ステファンはまだ起きていた。ゆったりしたシャツとタイツ姿でカウチにもたれて本を読んでいる。
フランに気づいて顔を上げ、「どうした、フラン」と聞いた。
夏掛けを抱えたまま言葉を探していると、立ち上がって近くまで来る。
「眠れないのか」
「うん」
「なぜ布団を抱えている」
「えっと、落としちゃった……」
ふっと、ステファンの口元が可笑しそうに緩んだ。フランから夏掛けを受け取って「しょうがないな」と呟く。
「掛けてやるから、ベッドに戻れ」
フランが自分で夏掛けを直せないのだと思ったらしい。そうではないのだと言いたくて見上げると、「なんだ」と怪訝そうに見下ろしてくる。
ただ眠れなかっただけだと言ってうつむいた。
「眠れなくて、俺のところに来たのか」
「うん……」
「布団を抱えて?」
「お、お布団は、なんとなく持ってきちゃっただけ……」
膝下まである長いシャツ型の寝巻をぎゅっと両手で握りしめる。なぜかステファンがかがみこんで、フランの髪に鼻を近づけた。
クンクンと匂いを嗅いで首を傾げる。
「ヒートが来たわけでもなさそうだな……」
ヒートは終わったばかりだけれど、最初のうちは周期が不安定だから、少しでも身体の変化を感じたら言うように言われている。
ただ、今はそういう感じではないので、そう告げた。
「つまり、ヒートではないが、俺に夜伽をしてほしいと……」
「夜伽……?」
「夜の間、そばにいることだ」
「そばに……」
ずっとでなくてもいいから、今夜は少しだけ、ステファンのそばにいたかった。そう考えたフランは、にこりと笑って頷いた。
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