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エミリアの本棚(4)
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フランが文字を覚え始めてすぐの頃、食堂近くにある家族用の居間にある本棚を、ステファンとレンナルトが『エミリアの本棚だ』と言って見せてくれた。そこには小さな子ども向けの本がたくさん詰まっていた。
『読めそうなものがあれば、好きな時に読んでみるといい』
そう言われて、はじめはおそるおそる手に取った。文字の大きな、美しい絵の付いた本がたくさんあった。汚さないようにとドキドキしながら、けれどすぐに夢中になって、フランは本棚の本を端から端まで全部読んでいった。
食事を終えた後、フランはその本棚の前に立って、真ん中あたりに並べられていた一冊を手に取った。
ボーデン王国の始まりを描いた本で、神話や古い魔族の物語を元に、子ども向けに易しく書かれている。
最初のページには、世界は昔、魔族に支配されていたと書いてあった。頭に角のある恐ろしい影の絵も描かれている。
かつてボーデン王国一帯では、さまざまな魔法を使って、魔族が人々を支配していた。物を動かす物理魔法だけでなく、心を操ったり、遠くの声を聞かせたり、何もないところから物を出したり、逆に消してしまったり、好きなところに自由に行き来したり、あるいはほかの者が行き来できないように結界を張ったり……。それらの力を全く持たない人々にとって、魔族は圧倒的な支配者だった。力で押さえつけられて、とても苦しんでいた。
その魔族から人々を救ったのが、ボーデン王国を祖である初代リルクヴィスト王アンブロシウスだった。魔族でありながら、光の神子、クリストフェルに出会い、人々の苦しみを嘆くようになった。人の側に立ったアンブロシウスは仲間の魔族と対立した。アンブロシウスの魔力は魔族の中でも一、二を争う強さだったが、それでも一人で全ての魔族を倒すことは難しかった。
力を貸したのはクリストフェルだ。光の神子が手にした神器に魔族たちの力が次々封じられた。その結果、アンブロシウスは魔族との戦いに勝利したのだった。
助けられた人々はアンブロシウスをリルクヴィストの王に迎え、同じように救われた周辺の四つの土地を合わせてボーデン王国を築いた。アンブロシウスはボーデン王国の最初の王になった、という物語だ。
王家の第一王子にアンブロシウスやクリストフェルという名が多いのは、その名残らしい。先代の王の名はアンブロシウス七世、今の王はクリストフェル八世、王太子の名はアンブロシウス八世だとステファンが教えてくれた。
光の神子が持っていた神器が何であったかは、諸説あるらしい。強大な魔力を封じるための器として、王家に伝わる聖杯、あるいは宝剣とその鞘だろうと考えられているが、神器が何だったかを具体的に記した書物は存在しない。
神器は常に王の近くにあり、封じた魔力が外に出ていかないように、また王が人の心を忘れないように、力を与えているとも言われている。
カウチに座って絵本を閉じたフランは、眉間に皺を寄せた。
「どうしたフラン。難しい顔をして」
隣に腰を下ろしながら「珍しいな」とステファンが笑う。
「ステファン……」
「何を考え込んでいた?」
「なんだか、ちぐはぐだなと思って……」
「ちぐはぐ?」
「力が……」
王は、魔族の末裔だから魔法を使える。王族の血を引く高位の貴族にも力は現れるから、魔法が使えることは高貴な身分の証だ。強い魔力を持っていれば、王国軍で高い地位に就くこともできる。
「魔法が使えるのは、いいことみたいに思える。なのに、どうして……」
どうしてステファンの魔力だけが疎まれなくてはならないのだろう。ステファンはまるで、英雄として人々を救ったアンブロシウス王のようなのに……。
視線を落としたフランの膝で、ステファンが絵本を開いた。輝くような金色の髪と白い服で描かれた少年の絵が描かれている。光の神子だ。
「王室では、金色の髪の王子が好まれる。光の神子を連想するからだろうな。淡い髪色が好かれるのも同じ理由だ。それに、どういうわけか、王族や王家に近い高位の貴族には、金色の髪や淡い髪色の者が多い」
次に別のページを開いて魔族たちの絵を指さした。魔族は皆、黒い髪、黒い服で描かれている。
「濃い髪色の者は総じて魔力が強い。王族の血を引くということは魔族の血を引くということだ。髪色が濃い者が生まれると、神器が力を封じきれなかったのだと考える者がいる」
光の神子の力をすり抜け、人の心を忘れた者が、封じられたはずの魔力を手にして生まれてくる。そう考える者がいるのだという。
「黒髪の王子は、生まれた瞬間から疎まれる運命だったわけだ」
『読めそうなものがあれば、好きな時に読んでみるといい』
そう言われて、はじめはおそるおそる手に取った。文字の大きな、美しい絵の付いた本がたくさんあった。汚さないようにとドキドキしながら、けれどすぐに夢中になって、フランは本棚の本を端から端まで全部読んでいった。
食事を終えた後、フランはその本棚の前に立って、真ん中あたりに並べられていた一冊を手に取った。
ボーデン王国の始まりを描いた本で、神話や古い魔族の物語を元に、子ども向けに易しく書かれている。
最初のページには、世界は昔、魔族に支配されていたと書いてあった。頭に角のある恐ろしい影の絵も描かれている。
かつてボーデン王国一帯では、さまざまな魔法を使って、魔族が人々を支配していた。物を動かす物理魔法だけでなく、心を操ったり、遠くの声を聞かせたり、何もないところから物を出したり、逆に消してしまったり、好きなところに自由に行き来したり、あるいはほかの者が行き来できないように結界を張ったり……。それらの力を全く持たない人々にとって、魔族は圧倒的な支配者だった。力で押さえつけられて、とても苦しんでいた。
その魔族から人々を救ったのが、ボーデン王国を祖である初代リルクヴィスト王アンブロシウスだった。魔族でありながら、光の神子、クリストフェルに出会い、人々の苦しみを嘆くようになった。人の側に立ったアンブロシウスは仲間の魔族と対立した。アンブロシウスの魔力は魔族の中でも一、二を争う強さだったが、それでも一人で全ての魔族を倒すことは難しかった。
力を貸したのはクリストフェルだ。光の神子が手にした神器に魔族たちの力が次々封じられた。その結果、アンブロシウスは魔族との戦いに勝利したのだった。
助けられた人々はアンブロシウスをリルクヴィストの王に迎え、同じように救われた周辺の四つの土地を合わせてボーデン王国を築いた。アンブロシウスはボーデン王国の最初の王になった、という物語だ。
王家の第一王子にアンブロシウスやクリストフェルという名が多いのは、その名残らしい。先代の王の名はアンブロシウス七世、今の王はクリストフェル八世、王太子の名はアンブロシウス八世だとステファンが教えてくれた。
光の神子が持っていた神器が何であったかは、諸説あるらしい。強大な魔力を封じるための器として、王家に伝わる聖杯、あるいは宝剣とその鞘だろうと考えられているが、神器が何だったかを具体的に記した書物は存在しない。
神器は常に王の近くにあり、封じた魔力が外に出ていかないように、また王が人の心を忘れないように、力を与えているとも言われている。
カウチに座って絵本を閉じたフランは、眉間に皺を寄せた。
「どうしたフラン。難しい顔をして」
隣に腰を下ろしながら「珍しいな」とステファンが笑う。
「ステファン……」
「何を考え込んでいた?」
「なんだか、ちぐはぐだなと思って……」
「ちぐはぐ?」
「力が……」
王は、魔族の末裔だから魔法を使える。王族の血を引く高位の貴族にも力は現れるから、魔法が使えることは高貴な身分の証だ。強い魔力を持っていれば、王国軍で高い地位に就くこともできる。
「魔法が使えるのは、いいことみたいに思える。なのに、どうして……」
どうしてステファンの魔力だけが疎まれなくてはならないのだろう。ステファンはまるで、英雄として人々を救ったアンブロシウス王のようなのに……。
視線を落としたフランの膝で、ステファンが絵本を開いた。輝くような金色の髪と白い服で描かれた少年の絵が描かれている。光の神子だ。
「王室では、金色の髪の王子が好まれる。光の神子を連想するからだろうな。淡い髪色が好かれるのも同じ理由だ。それに、どういうわけか、王族や王家に近い高位の貴族には、金色の髪や淡い髪色の者が多い」
次に別のページを開いて魔族たちの絵を指さした。魔族は皆、黒い髪、黒い服で描かれている。
「濃い髪色の者は総じて魔力が強い。王族の血を引くということは魔族の血を引くということだ。髪色が濃い者が生まれると、神器が力を封じきれなかったのだと考える者がいる」
光の神子の力をすり抜け、人の心を忘れた者が、封じられたはずの魔力を手にして生まれてくる。そう考える者がいるのだという。
「黒髪の王子は、生まれた瞬間から疎まれる運命だったわけだ」
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