闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

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アマンダ・レンホルム子爵令嬢(3)

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「用意するのは西側のゲストルームでいいんだな」
 レンナルトが叫ぶと、どこからか「ああ」とステファンの声が返ってきた。
 なぜかアマンダが目を丸くする。レンナルトが西の廊下に立ち去ると、こっそりとフランに聞いた。
「今のは何?」
「今の……?」
「声がしたでしょ? どこかから……」
「えーと……、魔法……?」
 恐る恐る答えたフランに、アマンダは「そんなはずはないわ」と首を振った。
「ボーデン王国に伝わる魔法ではモノを動かすことしかできないはず」
 貴族であるアマンダには、魔法についての知識があるらしかった。
「ラーゲルレーヴ公爵は、あなたに教えなかった? 何もないところからモノを出したり、時間を速めたり、人の心に影響を与えるような魔法は、この国には存在しないの。物理魔法だけなのよ」
「物理魔法……」
 確か聞いたことがある。小さく頷いたフランを見つめながら、アマンダは続けた。
「時間を速めることができないから、生きものの成長を早めたりすることもできないし、怪我や病気を治すこともできないし……」
「あ……、お野菜を早く育てることはできないって聞きました。だから、街や村に買いに行くの」
「そうよ、それ。よくわかっているじゃない。賢いのね」
 アマンダはぱっと顔を輝かせて頷く。フランもつられて頬を緩ませた。照れくさくて少し顔が熱くなる。
「離れたところから声が聞こえるなんて、初めてよ。あんな魔法、本当はないはずなんだけどな……」
 声はモノではないわよね、と頬に手を当てて考えながら聞いてくるアマンダに、フランも首をかしげつつ「でも、最初から、あんな感じでした……」と答えた。
 ステファンとレンナルトはずっとああやって会話をしていた。どこからともなくフランに話しかけてくることもある。
「そう……。ここでは、それが普通のことなのね……」
 フランが頷くと、アマンダは青い瞳をきらりと光らせて頷いた。
「わかったわ。それにしても、カルネウスから聞いてた話と大違い」
 さっきもそんなことを言っていた。
「あの、アマンダさんは、カルネウスさんからどんなことを聞いてきたんですか?」
 アマンダでいいわ、と言って彼女はにこりと笑う。
「暗黒城は世間で言われているような恐ろしい城ではないということをまず聞いたわ。ただ、住んでいるのはむさくるしい男が二人で、彼らがそれぞれ好き勝手に自分のやりたいことをやっているだけの、つまらないところだって言われた。あと、もしかすると、ひどくみすぼらしい子どもがまだいるかもしれないとも言ってたかしら。あなたのことみたいよ、フラン」
 たぶんそうだと思って頷いた。アマンダはフランをじっと見る。目を三日月型に細めたかと思うと、急に手を伸ばしてきて、フランの髪をぐしゃぐしゃかき回した。
「あ、あの……っ」
「ああ。もう、可愛い! みすぼらしいどころか、まるでお伽噺の中の王子様みたいじゃないの!」
「あの、えっと……、今日は、新しい服を買ってもらったばかりで……。い、いつもより、だいぶいいんです」
「そうなの?」
「はい」
 こくこく頷くフランに、またにこりと笑いかけて、フランをしげしげ眺める。フランの手を軽く引いてホールの大鏡の前までつれていき、自分の姿をよく見てみろと促した。 
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