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宝物(1)
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フランにいろいろなことを教えるのはステファンの役目だけれど、レンナルトにもたくさんのことを教わっている。
たいていのことはレンナルトが魔法でやってしまうのだけれど、フランにもできることや、レンナルトがあまり力を入れていないことを、フランにやらせてくれることがあった。
昼食を食べ終えると、レンナルトは買い物があると言って出かけていった。
フランが退屈しそうな時や、荷物が多くてフランが一緒にいたほうが都合がいい時には「一緒に行こう」と誘ってくれるのだが、この日は「どっちでもいいよ」と言って笑った。
命令ばかりされてきたフランは「どっちでもいい」とか「フランが決めて」とか言われるたびに戸惑う。けれど、そうやって自分で決めることが大事なのだとステファンは繰り返し言うのだった。
「フランに決めさせろって、しつこく言われてるからね。自分のことを自分で決められるようになるなるための練習なんだってさ」
フランが本当に望むことを、時間がかかっても構わないから選ばせろと言われているらしい。
フランは自分の心に目を向け、しっかりと耳を傾けた。そして、「今日は行かない」と決めたのだった。ステファンもレンナルトもそれでいいと言うように頷いてくれた。
行かないと決めたのは、ほかに「やりたいこと」があるからだ。「やりたいこと」を見つけるのも、大事なことだと言われている。
少し前から、フランは庭の手入れに力を入れていた。レンナルトがあまり興味を持っていないせいか、せっかくの広い庭は、夏になってますます好き勝手な感じに木や草花が育っていた。隅のほうは草ぼうぼうになっている。
ステファンの私室に面した中庭も同様だった。自由気ままに咲く花は、なんというか野趣に溢れた佇まいで、それなりに美しくはあるのだけれど、たぶん、もうちょっと世話をしたら、とても素敵な庭になる。
マットソンの屋敷には美しい庭などなかったけれど、じゃがいもをしまう倉庫の先が隣の教会の裏庭で、そこは綺麗な庭園に整えられていた。休みなく働かされていたフランにとって、じゃがいもを取りにいく時に、ちょっとだけ見ることのできる隣地の庭の美しさは、生きる上でのささやかな希望になっていた。
ステファンにはたくさんのことをしてもらった。フランはこの城に来てから、とても幸せに暮らしている。
何か返せるものがあればいいのだけれど、フランは何もできないし何も持っていない。だから、せめて、ステファンの部屋の窓から見える庭を素敵にしたいと思った。
草をむしったり、木の棒で土を掘り返して石や砂利を取り除いたりしていると、窓が開いてステファンが顔を出した。
「何をしているんだ?」
金色のふわふわした髪が窓から見えたと言って笑う。
「えっと、花壇を作ろうかなって……」
「花壇か。何を植えるんだ」
フランは花の名前をあまり知らない。百合とか薔薇とかならわかるのだけれど……。
「ステファンが好きな花は何?」
「好きな花か……。あんまり考えたことがないな」
「そ、そう……」
レンナルトと一緒で、それほど興味がないのかもしれない。フランはちょっとがっかりした気持ちになってうつむいた。
「何でも構わん。何か綺麗な花を植えてくれ。窓から見えるところに美しい花壇があるのは、なかなか気持ちがよさそうだ」
フランは顔を上げ、青い目を見開いた。「楽しみにしている」と微笑まれて、「うん!」と大きく頷く。
「ちょっと待ってろ。どこかにシャベルがあったはずだ」
ステファンは庭の隅の道具入れを魔法で開き、中から小さいシャベルとブリキのバケツを出した。シャベルとバケツはふわふわとフランの近くまで飛んでくる。
「それを、フランにやろう」
「え……」
「フランのものだ。自分のものは自分でしっかり管理するんだぞ」
フランのもの。
「う、うん! ありがとう、ステファン……。大事にする!」
「ほかにも必要なものがあれば、街に行った時にでも買ってくるといい」
「うん」
フランは銀色に光るシャベルを胸に抱いた。
(僕のもの……。ステファンが、僕にくれた……)
なんだか涙が出るくらい嬉しかった。
(大事にしよう。僕のシャベルだ)
服や寝る場所や食事の時に座る場所など、フランが使うことが決まっているものはいくつかある。けれど、はっきりと「フランのもの」として何かを所有するのは初めてだった。
しかもそれはステファンがくれたものなのだ。
ゆっくりとシャベルを眺める。少しだけ使ったことがあるらしく小さな傷がついている。けれど、シャベルはまだ十分にピカピカで、日に当てるときらきらと光った。
(大事にする。ステファンがくれた、僕のシャベル)
同じことを何度も胸の中で繰り返す。
小さな銀色のシャベルはフランの宝物になった。
たいていのことはレンナルトが魔法でやってしまうのだけれど、フランにもできることや、レンナルトがあまり力を入れていないことを、フランにやらせてくれることがあった。
昼食を食べ終えると、レンナルトは買い物があると言って出かけていった。
フランが退屈しそうな時や、荷物が多くてフランが一緒にいたほうが都合がいい時には「一緒に行こう」と誘ってくれるのだが、この日は「どっちでもいいよ」と言って笑った。
命令ばかりされてきたフランは「どっちでもいい」とか「フランが決めて」とか言われるたびに戸惑う。けれど、そうやって自分で決めることが大事なのだとステファンは繰り返し言うのだった。
「フランに決めさせろって、しつこく言われてるからね。自分のことを自分で決められるようになるなるための練習なんだってさ」
フランが本当に望むことを、時間がかかっても構わないから選ばせろと言われているらしい。
フランは自分の心に目を向け、しっかりと耳を傾けた。そして、「今日は行かない」と決めたのだった。ステファンもレンナルトもそれでいいと言うように頷いてくれた。
行かないと決めたのは、ほかに「やりたいこと」があるからだ。「やりたいこと」を見つけるのも、大事なことだと言われている。
少し前から、フランは庭の手入れに力を入れていた。レンナルトがあまり興味を持っていないせいか、せっかくの広い庭は、夏になってますます好き勝手な感じに木や草花が育っていた。隅のほうは草ぼうぼうになっている。
ステファンの私室に面した中庭も同様だった。自由気ままに咲く花は、なんというか野趣に溢れた佇まいで、それなりに美しくはあるのだけれど、たぶん、もうちょっと世話をしたら、とても素敵な庭になる。
マットソンの屋敷には美しい庭などなかったけれど、じゃがいもをしまう倉庫の先が隣の教会の裏庭で、そこは綺麗な庭園に整えられていた。休みなく働かされていたフランにとって、じゃがいもを取りにいく時に、ちょっとだけ見ることのできる隣地の庭の美しさは、生きる上でのささやかな希望になっていた。
ステファンにはたくさんのことをしてもらった。フランはこの城に来てから、とても幸せに暮らしている。
何か返せるものがあればいいのだけれど、フランは何もできないし何も持っていない。だから、せめて、ステファンの部屋の窓から見える庭を素敵にしたいと思った。
草をむしったり、木の棒で土を掘り返して石や砂利を取り除いたりしていると、窓が開いてステファンが顔を出した。
「何をしているんだ?」
金色のふわふわした髪が窓から見えたと言って笑う。
「えっと、花壇を作ろうかなって……」
「花壇か。何を植えるんだ」
フランは花の名前をあまり知らない。百合とか薔薇とかならわかるのだけれど……。
「ステファンが好きな花は何?」
「好きな花か……。あんまり考えたことがないな」
「そ、そう……」
レンナルトと一緒で、それほど興味がないのかもしれない。フランはちょっとがっかりした気持ちになってうつむいた。
「何でも構わん。何か綺麗な花を植えてくれ。窓から見えるところに美しい花壇があるのは、なかなか気持ちがよさそうだ」
フランは顔を上げ、青い目を見開いた。「楽しみにしている」と微笑まれて、「うん!」と大きく頷く。
「ちょっと待ってろ。どこかにシャベルがあったはずだ」
ステファンは庭の隅の道具入れを魔法で開き、中から小さいシャベルとブリキのバケツを出した。シャベルとバケツはふわふわとフランの近くまで飛んでくる。
「それを、フランにやろう」
「え……」
「フランのものだ。自分のものは自分でしっかり管理するんだぞ」
フランのもの。
「う、うん! ありがとう、ステファン……。大事にする!」
「ほかにも必要なものがあれば、街に行った時にでも買ってくるといい」
「うん」
フランは銀色に光るシャベルを胸に抱いた。
(僕のもの……。ステファンが、僕にくれた……)
なんだか涙が出るくらい嬉しかった。
(大事にしよう。僕のシャベルだ)
服や寝る場所や食事の時に座る場所など、フランが使うことが決まっているものはいくつかある。けれど、はっきりと「フランのもの」として何かを所有するのは初めてだった。
しかもそれはステファンがくれたものなのだ。
ゆっくりとシャベルを眺める。少しだけ使ったことがあるらしく小さな傷がついている。けれど、シャベルはまだ十分にピカピカで、日に当てるときらきらと光った。
(大事にする。ステファンがくれた、僕のシャベル)
同じことを何度も胸の中で繰り返す。
小さな銀色のシャベルはフランの宝物になった。
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