闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

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大事なこと(1)

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 ヒートが終わって、いつも通りの日常が戻ったけれど、フランはなんとなくステファンをまっすぐ見ることができなくなっていた。
 何もわからなくなって夢中で身を任せていたとはいえ、ところどころ記憶は残っている。
 自分の痴態や艶のあるステファンの表情が頭の中に浮かんでしまい、何でもない時に、急に真っ赤になってうつむいてしまうのだ。
 そんなフランを見て、ステファンは笑った。
「なんだ、フラン。俺を意識するようになったのか」
 午前中の勉強の時間、カウチに並んで座っている時だった。地理の本を見ながら、土地ごとの特産品を教えてもらっていたのに、なんだか集中できなくって、もぞもぞしながら視線を彷徨さまよわせていた。
「耳まで赤くなってるぞ」
 からかわれて、すぐ近くにある顔を見上げた。ステファンはくしゃりとフランの髪を撫で、そのまま広い胸に抱き寄せた。
「子どもだと思っていたが、そういう顔をされると悪い気はしないな」
「僕……、ヘンな顔してた?」
「可愛いと言ったんだ」
 蟀谷こめかみにキスを落とされ、くすぐったさに思わず片目をつぶった。続けて瞼にもキスを落とされる。
 心臓がドキドキした。
「ステファン……」
 何だか胸がいっぱいになって、ステファンの上衣の端っこを掴んだ。抱き寄せてもらうだけでも嬉しい。瞼や頬にキスをされたら、もっと嬉しい。でも、少しでいいから、フランからもステファンに触れたかった。
 上衣をぎゅっと掴んで離さないでいると、そんな仕草もステファンは笑う。
「フラン、そんなことをしていると、また食べられてしまうぞ」
「え……?」
 食べる、という言葉には、フランが知っている以外の意味がある。そのことにうすうす気づいたのはだいぶ前だ。ヒートの時に、ステファンがフランにしたようなことも、世の中では「食べる」と言うのである。
 フランはステファンに食べられた。
 たくさん気持ちいことをされて、なんだかおかしくなってしまった。そのことが怖かったような気もするし、けれど、それはフランが知っている、痛みや苦しみをともなう怖さとは全然違って、だから本当に怖いのとは少し違う。
 わからないことがあると、人は怖いと感じるのだと前にステファンが教えてくれた。悪魔や魔法や霊などが怖いのも、その正体がわからないからだと。
 みんながステファンを怖がるのも、ステファンのことをわかっていないからかなと、それを聞いた時、フランは思った。ちゃんとわかったら、こんなに優しくて何も怖くないのにと。
 だから、フランはたぶん、ステファンと交わる時に何もわからなくなってしまったことが怖かったのだ。どうにかなってしまうことと、自分がどうなってしまうのかわからないことが怖かった。
 でも、もう大丈夫だ。痛いことも、嫌なことも何もなかったのだから。
「また、ステファンに食べられたい」
 ステファンが食べてくれるなら、ヒートもそんなに憂鬱にはならない。素直な気持ちを言葉にしてしまい、けれどやっぱり赤くなる。あんなふうにおかしくなりたいと思う自分は、それこそおかしいのかもしれないと思って心配になった。
 そっと視線を上げてみると、ステファンは驚いたような顔でフランを見下ろしていた。そしてなぜか少し赤くなった。
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