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ヒート(1)
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フランがまだ小さかった時、何をしたのかは忘れたけれど、特別ひどい罰きを受けたことがある。モップの柄で叩かれたりブーツを履いた足で蹴られたりすることはしょっちゅうだったけれど、その時はもっとひどくて、屋敷の外れにある、もう使っていない建物の石の地下室に閉じ込められた。
誰も来ない崩れかけた建物で、なのに石でできた地下室だけはとても頑丈にできていた。突き落とすように放り込まれて、天井にある重い板を閉められるとあたりは真っ暗になった。
小さかったフランの手は背伸びをしても板に届かない。出してくださいと泣いても誰も来ない。そもそもフランの声が外に聞こえているのかもわからなかった。聞こえていても、近くに人がいなければ同じことだ。
それでも声がかれるまで泣き続けた。朝なのか夜なのかもわからなくなり、きっと忘れられてしまったのだ、このまま誰にも気づかれずにここで死ぬのだと思ったら、怖いのと同時に悲しくなった。
フランを閉じ込めたのは当時の親方で、仕事が終わっていないことを叱ろうとしてフランを閉じ込めたことを思い出したらしかった。地下室を覗いて、「いつまでこんなところで寝てるんだ」と文句を言われた。蹴られながら仕事場に歩かされても、フランはただ出られてよかったとしか思わなかった。
あの時から、フランは暗くて窓のない場所が苦手だ。閉じ込められると怖くなる。
ヒートが来たら、ああいうところに入っていなければならないのだろうかと思うと、お腹の真ん中あたりが冷たくなってゆく気がした。
ひんやりした城の中から明るい庭に出て、フランはそっと息を吐いた。
中庭の一画には花壇があって、わりと適当な感じに季節の花が咲いている。
百合の花が固まって咲いているあたりは、とても甘い匂いが漂う。
レンナルトは庭にあまり興味がなくて、雑草を抜いたり芝を刈ったりする時にしか魔法を使わないから、花はあちこちで、咲きたいように咲いていた。
ひとしきり花を眺めて建物の中に戻る。甘い百合の香りが漂いながらついてくるようだった。その香りをまとったまま居間に入ると、ステファンが驚いたような目でフランを見た。
「フラン……」
「ステファン……?」
どうかしたの? と聞こうとした瞬間、ドクンと身体中が心臓になったように強い鼓動が胸を叩いた。
ドクン、とまた、大きく心臓が音を立てる。身体が熱を持って、息が苦しくなる。フランの内側から、強い百合の匂いが立ち昇った。
奥からレンナルトが飛んできて、ステファンに何か言った。何を言っているのかわからないくらい強い耳鳴りがした。目の前で火花のような光がチカチカと点滅する。
「フラン!」
ステファンに腕を掴まれると、全身が火のように熱くなった。
甘い痺れが駆け抜け、どうしようもないようなもどかしい気持ちになる。何をどうともわからないのに、どうにかしてほしいと、してもらわないとおかしくなると思った。
「たすけ……て……」
甘い匂いが濃くなる。
「く……っ」
ステファンが苦しそうに呻いた。その声に身体の芯が震える。
「ステファン……、た……、けて……」
手を伸ばしてステファンに触れた。それから先は嵐のようだった。
誰も来ない崩れかけた建物で、なのに石でできた地下室だけはとても頑丈にできていた。突き落とすように放り込まれて、天井にある重い板を閉められるとあたりは真っ暗になった。
小さかったフランの手は背伸びをしても板に届かない。出してくださいと泣いても誰も来ない。そもそもフランの声が外に聞こえているのかもわからなかった。聞こえていても、近くに人がいなければ同じことだ。
それでも声がかれるまで泣き続けた。朝なのか夜なのかもわからなくなり、きっと忘れられてしまったのだ、このまま誰にも気づかれずにここで死ぬのだと思ったら、怖いのと同時に悲しくなった。
フランを閉じ込めたのは当時の親方で、仕事が終わっていないことを叱ろうとしてフランを閉じ込めたことを思い出したらしかった。地下室を覗いて、「いつまでこんなところで寝てるんだ」と文句を言われた。蹴られながら仕事場に歩かされても、フランはただ出られてよかったとしか思わなかった。
あの時から、フランは暗くて窓のない場所が苦手だ。閉じ込められると怖くなる。
ヒートが来たら、ああいうところに入っていなければならないのだろうかと思うと、お腹の真ん中あたりが冷たくなってゆく気がした。
ひんやりした城の中から明るい庭に出て、フランはそっと息を吐いた。
中庭の一画には花壇があって、わりと適当な感じに季節の花が咲いている。
百合の花が固まって咲いているあたりは、とても甘い匂いが漂う。
レンナルトは庭にあまり興味がなくて、雑草を抜いたり芝を刈ったりする時にしか魔法を使わないから、花はあちこちで、咲きたいように咲いていた。
ひとしきり花を眺めて建物の中に戻る。甘い百合の香りが漂いながらついてくるようだった。その香りをまとったまま居間に入ると、ステファンが驚いたような目でフランを見た。
「フラン……」
「ステファン……?」
どうかしたの? と聞こうとした瞬間、ドクンと身体中が心臓になったように強い鼓動が胸を叩いた。
ドクン、とまた、大きく心臓が音を立てる。身体が熱を持って、息が苦しくなる。フランの内側から、強い百合の匂いが立ち昇った。
奥からレンナルトが飛んできて、ステファンに何か言った。何を言っているのかわからないくらい強い耳鳴りがした。目の前で火花のような光がチカチカと点滅する。
「フラン!」
ステファンに腕を掴まれると、全身が火のように熱くなった。
甘い痺れが駆け抜け、どうしようもないようなもどかしい気持ちになる。何をどうともわからないのに、どうにかしてほしいと、してもらわないとおかしくなると思った。
「たすけ……て……」
甘い匂いが濃くなる。
「く……っ」
ステファンが苦しそうに呻いた。その声に身体の芯が震える。
「ステファン……、た……、けて……」
手を伸ばしてステファンに触れた。それから先は嵐のようだった。
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