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暗黒城(2)
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だが、フランには半分も理解できなかった。ぼんやりと首をかしげているフランを見て、カルネウスは要点だけをかいつまんで繰り返した。
「ステファン・ラーゲルレーヴは現在二十八歳。王弟殿下にして、第十五代ラーゲルレーヴ公爵。黒髪のアルファであるがゆえ、闇の魔王と恐れられている。黒の離宮に住み、神託によって金色の髪を持つオメガと番う必要がある」
フランは曖昧に頷いた。
カルネウスはまだ疑わしそうにフランを見ていたが、窓の外を漆黒の闇が包み始めると、諦めたように一つ息を吐き、唇を引き結んだ。
座席に置いた木箱からパンと水筒を取り出し、フランに手渡す。カルネウス自身は何も口にせず、再び目を閉じて眠ってしまった。
もらったパンをじっと眺め、遠慮がちに口に運ぶ。白くてやわらかいパンに驚き、ゆっくりと噛みしめる。水筒には香りのいいお茶が入っていた。
おなかがいっぱいになると眠気が襲ってきた。馬車の揺れに身を任せて、フランも目を閉じた。
しばらく眠ってから目を覚ますと、夜明け前のかすかに青みを帯びた薄闇が窓に映っていた。じっと目を凝らすと黒々とした山がずいぶん近くなっているのがわかった。
やがて馬車は森の中を走り始めた。薄い靄の立ち込める中、時々、木々の葉の隙間から高くそびえる黒い尖塔のシルエットが覗いた。
森の中に黒い鋳鉄の柵が続く。鋲を打った黒塗りの大きな門が見えてきたかと思うと、その門が自動的に開いた。馬車はそのまま門を通り抜け、石畳の広場でゆっくりと向きを変えてから止まった。
正面の建物から背の高い男が姿を現し、素早く近づいてた。御者が扉を開け、カルネウスに促されてフランは馬車を降りた。
フランが石畳を踏むのと同時に朝日が差し込んでくる。明るい前庭に立ったフランを見て、男は呆気にとられたように呟いた。
「イェルハルド・カルネウス……、いくらなんでも、これは……」
「レンナルト・ヘーグマン。時間がなかったのだ。文句を言うな」
「しかし……」
二人の目がフランを見下ろす。何か言いたそうに眉を寄せるのを見て、フランはうつむいた。
自分の見た目がみすぼらしいことはよく知っている。けれど、目の前で話題にされるのは、やはり辛かった。
「ごめんなさい……」
小さな声で謝ると、レンナルトと呼ばれた男は慌てた様子で首を振った。
「ごめん。君を責めたわけじゃないんだ」
カルネウスは「神託の要件は満たした。後は、そっちでなんとかしてくれ」と言うと、再び馬車に乗り込んでゆく。
「カルネウス!」
「金色の髪のオメガ。歳は十五。ヒートはまだだ。では、私はこれで」
「待ってくれ。朝食を一緒に……」
「ありがたいが、これでも忙しい身でね」
出せ、と低い声で御者に命じ、カルネウスは早々に引き上げていった。
「……そんなに忙しいなら、人に頼めばいいじゃないか」
ぼそりと呟き、馬車の去った門をレンナルトは見ている。しばらく何か考えて「カルネウスが、一人で送ってきたの?」と聞いた。
「はい。あの……、あなたが、公爵様ですか?」
髪は栗色で目は緑。名前も少し違う気がするが、背が高く顔立ちも美しい。とても立派な身なりをしているし、きっと彼こそが王弟殿下なのだろうとフランは考えた。
しかし、レンナルトは「違うよ」と言って笑った。
「ステファンは中にいる。紹介しよう。ついておいで」
「ステファン・ラーゲルレーヴは現在二十八歳。王弟殿下にして、第十五代ラーゲルレーヴ公爵。黒髪のアルファであるがゆえ、闇の魔王と恐れられている。黒の離宮に住み、神託によって金色の髪を持つオメガと番う必要がある」
フランは曖昧に頷いた。
カルネウスはまだ疑わしそうにフランを見ていたが、窓の外を漆黒の闇が包み始めると、諦めたように一つ息を吐き、唇を引き結んだ。
座席に置いた木箱からパンと水筒を取り出し、フランに手渡す。カルネウス自身は何も口にせず、再び目を閉じて眠ってしまった。
もらったパンをじっと眺め、遠慮がちに口に運ぶ。白くてやわらかいパンに驚き、ゆっくりと噛みしめる。水筒には香りのいいお茶が入っていた。
おなかがいっぱいになると眠気が襲ってきた。馬車の揺れに身を任せて、フランも目を閉じた。
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やがて馬車は森の中を走り始めた。薄い靄の立ち込める中、時々、木々の葉の隙間から高くそびえる黒い尖塔のシルエットが覗いた。
森の中に黒い鋳鉄の柵が続く。鋲を打った黒塗りの大きな門が見えてきたかと思うと、その門が自動的に開いた。馬車はそのまま門を通り抜け、石畳の広場でゆっくりと向きを変えてから止まった。
正面の建物から背の高い男が姿を現し、素早く近づいてた。御者が扉を開け、カルネウスに促されてフランは馬車を降りた。
フランが石畳を踏むのと同時に朝日が差し込んでくる。明るい前庭に立ったフランを見て、男は呆気にとられたように呟いた。
「イェルハルド・カルネウス……、いくらなんでも、これは……」
「レンナルト・ヘーグマン。時間がなかったのだ。文句を言うな」
「しかし……」
二人の目がフランを見下ろす。何か言いたそうに眉を寄せるのを見て、フランはうつむいた。
自分の見た目がみすぼらしいことはよく知っている。けれど、目の前で話題にされるのは、やはり辛かった。
「ごめんなさい……」
小さな声で謝ると、レンナルトと呼ばれた男は慌てた様子で首を振った。
「ごめん。君を責めたわけじゃないんだ」
カルネウスは「神託の要件は満たした。後は、そっちでなんとかしてくれ」と言うと、再び馬車に乗り込んでゆく。
「カルネウス!」
「金色の髪のオメガ。歳は十五。ヒートはまだだ。では、私はこれで」
「待ってくれ。朝食を一緒に……」
「ありがたいが、これでも忙しい身でね」
出せ、と低い声で御者に命じ、カルネウスは早々に引き上げていった。
「……そんなに忙しいなら、人に頼めばいいじゃないか」
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「はい。あの……、あなたが、公爵様ですか?」
髪は栗色で目は緑。名前も少し違う気がするが、背が高く顔立ちも美しい。とても立派な身なりをしているし、きっと彼こそが王弟殿下なのだろうとフランは考えた。
しかし、レンナルトは「違うよ」と言って笑った。
「ステファンは中にいる。紹介しよう。ついておいで」
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