闇の魔王に溺愛されています。

花波橘果(はななみきっか)

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旅立ち(2)

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 まおう? 首をかしげるフランにベッテは重々しく頷いた。
「闇の魔王。王弟殿下、ラーゲルレーヴ公爵様」
 十日ほど前に「ミチビキノイシ」とかいうものから「シンタク」というものが下り、つがいになるオメガを公爵に差し出すことが決まったのだとベッテは言った。
「お触れを書いた貼り紙が街のあちこちに貼り出されて、読み書きができない人のために、宿屋のご主人や両替商たちが読んで聞かせてたの」
 ベッテは一生懸命説明してくれたが、フランには全く理解できなかった。
「オフレって、何……?」
「とにかく、そのお触れを見て、旦那様は王宮に使いを出したんだと思う」
「旦那様が? どうして?」
 ベッテは声を潜めた。
「あんたを闇の魔王に差し出したのよ。報奨金がたくさん出るらしいから」
 それがどういうことなのか、まだフランにはわからない。
「おい。支度はまだか」
 部屋の外からヤーコプの声がして、ベッテは慌てて口を閉じた。
 最後に声を潜めて囁いた。
「フラン……。ラーゲルレーヴ公爵様がどんな方でも、死んだりしちゃダメよ。どうか公爵様が、少しでもあんたに優しくしてくれますようにって、あたしたち、みんなで祈ってるからね」
 廊下に出ると、ヤーコプが「おっ」という顔をした。
「少しは見栄えがよくなったじゃないか」 
 ふわふわと揺れる金色の髪と、秋の空のような青い瞳をしげしげ眺めてニヤリと笑う。
「やせっぽちでチビなことまでは、ごまかせないがな」
 ははは、と笑ってフランの腕を掴み、引きずるようにして屋敷の前庭まで連れていく。
「旦那様、ご用意ができました」
「おお。ご苦労」
 マットソンが振り向き、ヤーコプと同じように「おっ」という顔をする。
「これなら、少しは……」
 だが、迎えの馬車に一人で乗っていたカルネウスは、相変わらず渋い顔をしてフランを一瞥しただけだった。マットソンは再びがっくり肩を落とした。
「乗りなさい」
 短く命じられて、フランは生まれて初めて本物の馬車に乗った。カルネウスと向かい合って、立派な椅子に浅く腰を下ろす。
 走り出すと馬車は揺れた。転がりそうになって、慌てて窓枠にしがみつく。窓の外を見ると、マットソンの屋敷がみるみる遠ざかってゆく。
 駆け足をするよりも少し速い速度で、ほとんど見たこともなかった街の景色が通り過ぎていった。
 あっという間に馬車は農村に差し掛かり、初めて見る広い景色にフランは大きな目を見開いた。
 まだ十分に明るい五月の夕暮れ、黄色味を帯びた日差しの下に、豊かに実った麦の畑が遠くまで広がっている。
 一面金色の世界。
 とても綺麗だった。
 カルネウスを振り向くと黙って目を閉じている。どこへ行くのかと聞きたかったが、疲れたような顔を見て、フランは言葉をのみこんだ。
 黙って窓の外に視線を戻す。はるか遠くに黒々とした山の稜線が、赤みを増す空を背にしてゆっくりと浮かび上がってくる。赤から紫、紺色へと変わってゆく空を眺めながら、フランはだんだん心細くなってきた。
 こんなに遠くまで来てしまったら、一人では帰れない。けれど、フランを迎えに来てくれる人などどこにもいないのだ。
(これから、僕は、どうなるっちゃうんだろう……)


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