Under the Rose ~薔薇の下には秘密の恋~

花波橘果(はななみきっか)

文字の大きさ
上 下
117 / 118

【24】ー1

しおりを挟む
 五月連休までの一ヶ月半は、嵐の中にいるようだった。

 薔薇企画の新ブランドを任された光は、オープン時の商品企画とスリーシーズン先までの企画を同時進行で進めていた。
 ほぼ一年分の仕事を二カ月弱の期間に詰め込まれたようなものである。
 堂上の予言通り、さすがに死ぬ気の覚悟で馬車馬のように働いた。

 相変わらず抜け目がないその男は、光の容姿も宣伝材料として躊躇なく売り込んでいった。
 殺人的なスケジュールの合間にさまざまな取材が組み込まれ、嫌も応も告げる間もなく仕事として露出させられる。

 おかげで鬱陶しいマスクと伊達眼鏡の日々が続いていたが、それでも仕事は楽しかった。

 とても、楽しかった。

 高級路線のブランドだけあって、使える材料の価格の幅が広がった。『コノハナヒカル』というデザイナー名を前面に出して売り込むコンセプトも、初めのうちこそ抵抗があったが、新しい企画や実験的なデザインを試せる面白さを知ると、案外悪くないと思うようになった。

 『ラ・ヴィ・アン・ローズ』では減点の少ないプロの仕事が求められたが、新ブランドでは、ほかとの差別化となる加点が求められた。
 雑貨であっても、美術品のような個性や普遍性、深遠な美を付加することを要求され、それが許された。

 建築や工業デザインは実用性と美しさを求められる美術品だ。
 使いやすく手入れがしやすいことが大前提としてある。それがデザインをする上での一つの醍醐味でもある。
 生活の中にあることで暮らしそのものを美しいものに変える、人を幸福にする魔法の道具。

 自分の名前が冠になっても、光の姿勢は変わらなかった。
 美しく安全で使いやすいもの。
 暮らしの中で人に寄り添うものを提供したいと願い続けている。

 松井のしたことは今も許していないし、死んでも許さないだろう。
 穏やかな気持ちになりたいが、なれない。ものを作る人間の業のようなもので、その毒は、今の光にはどうすることもできないのだ。

 業を抱え、毒を抱え、自分自身の命を削ってものを作り続ける。
 心の奥の一番傷つきやすい部分にあるものを捧げて、作り続ける。

 光にはそれしかできないし、それでいいと思った。

 堂上は新ブランドの店舗名を『Blue Rose』と名付けた。
 今まで世界になかったものを売りたいという堂上の矜持と意気込みがそこにはあった。

 『ラ・ヴィ・アン・ローズ』の仕事も、井出に泣きつかれて続けることになった。こちらにはこちらの楽しさがあり、光にとっても続けられることは嬉しいことだった。
 どれほど忙しくても、ものを作ることが苦になることはない。

 一方、清正と朱里がよりを戻したという誤解の原因は、汀の保護とともに解き明かされた。
 保育所の職員が光を汀の「母親」だと思い込んでいたのだ。

 汀の送り迎えを光がするようになった時、清正は保育所の連絡ノートに光の名前と携帯番号を書いた。
 その際に家族の欄を使用したために、職員たちはすっかり勘違いしてしまったのだった。

 保育所の先生に「よかったね」と言われた汀は、意味を理解しないまま、光や聡子に伝えた。
 よく聞いてみれば、聡子も汀の言葉をそのまま信じただけだったのである。

『光くんなら、そんなこともありそうねぇ』

 職員の勘違いを知った聡子は、呑気に笑って流していた。

 汀は三月いっぱいで、その保育所を退所する。とてもよくしてもらい、長く世話になった保育所なので、職員との別れは少し辛い。
 けれど、清正と汀と光でよく話し合った結果、四月からは体験保育に行った近くの幼稚園に通うことにしたのだった。

 送り迎えは光が引き受ける。
 どんなに仕事が忙しくても自分の時間を自由に管理できるのがフリーのいいところだ。

 堂上の過密スケジュールの合間を縫うようにして、マンションを解約し、全ての荷物を光は上沢の家に運んだ。

 薔薇の庭のある懐かしいその家は、その日から清正と汀と光の家になった。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

[BL]王の独占、騎士の憂鬱

ざびえる
BL
ちょっとHな身分差ラブストーリー💕 騎士団長のオレオはイケメン君主が好きすぎて、日々悶々と身体をもてあましていた。そんなオレオは、自分の欲望が叶えられる場所があると聞いて… 王様サイド収録の完全版をKindleで販売してます。プロフィールのWebサイトから見れますので、興味がある方は是非ご覧になって下さい

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...