39 / 118
【9】-1
しおりを挟む
送り迎えは光がすると約束したのに、朝だけは清正も一緒に家を出たがった。いつの間にか、毎朝三人で電車に乗るのが習慣になっていた。
「どう考えても、俺はいらない気がするんだけど」
清正が一緒に出て汀を連れて行くのなら、光が付いていく必要はないはずだ。
「まあ、いいだろう。三人で出かけると楽しいし」
「ひかゆちゃん、いっちょ」
込み合う車両の中でこそこそと小声で会話を交わしながら、三十分近い距離を電車に揺られる。汀と清正が楽しそうにしているので、まあいいかと思って付き合うことにした。
近くまで行ったついでに自宅から必要なものを持ち帰ったり、薔薇企画に用事があれば寄ったりもできる。
光にとっても朝一で出かけることは、それなりに都合がよかった。
電車が止まる度に駅の名を知りたがる汀に、小声で一つ一つ教える。ひらがなをいくつか覚えたのか、読める字を見つけると嬉しそうに目を輝かせて繰り返した。
A駅で降りると、清正はそのまま会社への路線に乗り換えてゆき、光と汀は改札を出て隣接するビルにつながる広いデッキを渡った。
通勤時間ということもあり、保育所の中もちょっとしたラッシュ状態だ。
エレベーターを降りたところで、慣れた汀は光に手を振って一人で駆けてゆく。強化硝子の扉に消える背中を見送ると、光も早々に混み合うホールから立ち去った。
必要な連絡は汀のリュックに入れたノートに清正が書いている。スタッフと会えなくても特に問題はなかった。
帰りの電車に揺られながら、小さな背中を思い出して、あのリュックはそろそろ限界かなと考えた。紐で上部を絞って開け閉めする巾着タイプのものだが、キルティングの糸がほつれているし、紐の長さも今の汀には短くなっていた。
手が空いた時に新しいものを作ってあげたい気がした。
ただ……。
窓の外を流れる景色に自分の顔が重なる。その顔と「よく似ている」と言われる人のことを思い浮かべた。
あのリュックは手作りで、作ったのは朱里という人だ。汀の母親で、清正の妻だった女性。
その人に、光は会ったことがない。
清正たちは式を挙げなかったし、結婚していた期間も短かった。だから会いそこねた。
そういうことになっている。
ほかの友人たちはいつの間にか新居を訪ねていて、口々に清正の妻は美人だと言い、光に似ていると言い、きっと清正の好みの顔なのだと言って笑っていた。
汀がとても可愛いという話も人伝手に聞いた。
会いたい気持ちはあったはずなのに、光は一度も会いに行かなかった。清正も光に「遊びに来い」と言わなかった。
就職したばかりで忙しいと言っていたからかもしれない。
そして、会わない間に朱里と清正は別れていた。
「どう考えても、俺はいらない気がするんだけど」
清正が一緒に出て汀を連れて行くのなら、光が付いていく必要はないはずだ。
「まあ、いいだろう。三人で出かけると楽しいし」
「ひかゆちゃん、いっちょ」
込み合う車両の中でこそこそと小声で会話を交わしながら、三十分近い距離を電車に揺られる。汀と清正が楽しそうにしているので、まあいいかと思って付き合うことにした。
近くまで行ったついでに自宅から必要なものを持ち帰ったり、薔薇企画に用事があれば寄ったりもできる。
光にとっても朝一で出かけることは、それなりに都合がよかった。
電車が止まる度に駅の名を知りたがる汀に、小声で一つ一つ教える。ひらがなをいくつか覚えたのか、読める字を見つけると嬉しそうに目を輝かせて繰り返した。
A駅で降りると、清正はそのまま会社への路線に乗り換えてゆき、光と汀は改札を出て隣接するビルにつながる広いデッキを渡った。
通勤時間ということもあり、保育所の中もちょっとしたラッシュ状態だ。
エレベーターを降りたところで、慣れた汀は光に手を振って一人で駆けてゆく。強化硝子の扉に消える背中を見送ると、光も早々に混み合うホールから立ち去った。
必要な連絡は汀のリュックに入れたノートに清正が書いている。スタッフと会えなくても特に問題はなかった。
帰りの電車に揺られながら、小さな背中を思い出して、あのリュックはそろそろ限界かなと考えた。紐で上部を絞って開け閉めする巾着タイプのものだが、キルティングの糸がほつれているし、紐の長さも今の汀には短くなっていた。
手が空いた時に新しいものを作ってあげたい気がした。
ただ……。
窓の外を流れる景色に自分の顔が重なる。その顔と「よく似ている」と言われる人のことを思い浮かべた。
あのリュックは手作りで、作ったのは朱里という人だ。汀の母親で、清正の妻だった女性。
その人に、光は会ったことがない。
清正たちは式を挙げなかったし、結婚していた期間も短かった。だから会いそこねた。
そういうことになっている。
ほかの友人たちはいつの間にか新居を訪ねていて、口々に清正の妻は美人だと言い、光に似ていると言い、きっと清正の好みの顔なのだと言って笑っていた。
汀がとても可愛いという話も人伝手に聞いた。
会いたい気持ちはあったはずなのに、光は一度も会いに行かなかった。清正も光に「遊びに来い」と言わなかった。
就職したばかりで忙しいと言っていたからかもしれない。
そして、会わない間に朱里と清正は別れていた。
0
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説
Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました
葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー
最悪な展開からの運命的な出会い
年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。
そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。
人生最悪の展開、と思ったけれど。
思いがけずに運命的な出会いをしました。
桜並木の坂道で…
むらさきおいも
BL
《プロローグ》
特別なんて望まない。
このまま変わらなくていい。
卒業までせめて親友としてお前の傍にいたい。
それが今の俺の、精一杯の願いだった…
《あらすじ》
主人公の凜(りん)は高校3年間、親友の悠真(ゆうま)に密かに思いを寄せていた。
だけどそんなこと言える訳もないから絶対にバレないように、ひた隠しにしながら卒業するつもりでいたのに、ある日その想いが悠真にバレてしまう!
卒業まであと少し…
親友だった二人の関係はどうなってしまうのか!?
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~
凪瀬夜霧
BL
「綺麗な息子が欲しい」という実母の無茶な要求で、ランバートは女人禁制、男性結婚可の騎士団に入団する。
そこで出会った騎兵府団長ファウストと、部下より少し深く、けれども恋人ではない微妙な距離感での心地よい関係を築いていく。
友人とも違う、部下としては近い、けれど恋人ほど踏み込めない。そんなもどかしい二人が、沢山の事件を通してゆっくりと信頼と気持ちを育て、やがて恋人になるまでの物語。
メインCP以外にも、個性的で楽しい仲間や上司達の複数CPの物語もあります。活き活きと生きるキャラ達も一緒に楽しんで頂けると嬉しいです。
ー!注意!ー
*複数のCPがおります。メインCPだけを追いたい方には不向きな作品かと思います。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる