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 眠る前に慎一は、「俺、親には早くに死に別れたけど、覚えてる限りでは、いつもしっかり抱きしめられてた気がする」と言った。

 ほかのことはほとんど何も覚えていないけれど、母に抱かれて出かけてゆく父を見送った記憶と、どこかに遊びにいった時なのか、父の腕の中で安心して眠っていた記憶があるのだと言い、いつか和希にもそんな記憶を自分が残せればいいなと言って、しっかりと抱きしめてくれた。

 人の身体の温かさに包まれて、和希は短いけれど幸福なまどろみを味わった。


 そして翌朝、和希は人生初のズル休みを経験した。
 正確には体調不良のため臨時で有給休暇を取得したのだが、連休前の繁忙期かつ月曜日に、このような事情から休むのは、同僚に対して大変申し訳ない気がした。

 昼になると身体が楽になった。昼食の後で、慎一が部屋を見せてくれた。

 三階にあるもう一つの部屋は、かつて日水が使っていたもので、慎一の部屋と同じくらいの広さだった。

 部屋の中には何もなかった。
 遺言で、全て人目に触れさせずに処分してほしいと言われたのだという。日記や手紙だけでなく、本や調度品、着るものも全て。
 八畳ほどの四角い空間にはカーペットさえ敷かれていなかった。
残すことが許されたのは、共有スペースにあるものだけだったそうだ。

『何も残さずに死にたかったのに、慎一だけは残してしまったな』

 そんなことを最後に言い、『それも縁だから仕方ない』と笑って逝ったと、部屋を案内しながら慎一は言った。

「そういう部屋なんだけど、いいかな」
「そんな大事な部屋を、いいの?」

 同時に口にして、慎一との同居話は現実のものとなった。
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