サンドリヨンは眠れない

花波橘果(はななみきっか)

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【21】-2

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 二人はしぶしぶ受け入れたが、元気な玲だけは、残念な気持ちを抱えたままだった。
 父と姉の看病をするため、母はあまり長い時間部屋を離れることができない。一人で出歩くことは厳しく禁じられていた。
『つまんない……』
 母と二人でレストランに朝食に出た帰り、玲は拗ねて呟いた。
 ポーターの青年が通りかかる。
『どうしたの?』
 母と軽い世間話をして玲の状況を知ると、せっかくの最終日にそれは可哀そうだ、どこか行きたいところがあるなら自分が一緒に出かけよう申し出た。夜勤明けで、すぐに仕事は終わる。ちょうどいいタイミングだと言い、にこにこ笑って玲に頷いた。
 しかし、いくら親しくなったとはいえ、スタッフである彼の休暇中に個人的な用件で使いだてすることはできないと、母は丁寧に断った。彼は言った。
『スタッフではなく、玲の友人として、最後の一日を一緒にすごしたいんです』
 それでも母は、なかなか首を縦に振らなかった。彼は残念そうに諦めの言葉を口にした。
『信頼の問題もありますし、お母さまの許可が得られなければ、僕には何もできません』
 横で聞いていた玲は、急に泣きだした。
『トモと、行きたい』
 今、彼がホテルから家に帰ってしまえば、明日はもう会えないのだとわかっていた。
 母は困り顔で、青年を見上げた。
『どうか、僕を信じてください』
『あなたを信頼していないわけでは、ないんです。ただ……』
『行きたい……! 行きたいぃ!』
 駄々をこねる玲の頭を笑いながら撫で、青年は『お願いします』と深く頭を下げた。
『お願いするのは、こちらのほうですよ。本当にご迷惑でないのなら……』
 助かります、玲をお願いしますと言って、母も頭を下げた。
 話を聞くうちに、当時の記憶が鮮明によみがえった。忘れていたことさえ気づかなかった、懐かしい思い出の数々。
 玲は十歳だった。ふつうなら、楽しかった思い出のあれこれを、大人になっても忘れずにいられるくらいの年齢だ。
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