104 / 190
【21】-2
しおりを挟む
二人はしぶしぶ受け入れたが、元気な玲だけは、残念な気持ちを抱えたままだった。
父と姉の看病をするため、母はあまり長い時間部屋を離れることができない。一人で出歩くことは厳しく禁じられていた。
『つまんない……』
母と二人でレストランに朝食に出た帰り、玲は拗ねて呟いた。
ポーターの青年が通りかかる。
『どうしたの?』
母と軽い世間話をして玲の状況を知ると、せっかくの最終日にそれは可哀そうだ、どこか行きたいところがあるなら自分が一緒に出かけよう申し出た。夜勤明けで、すぐに仕事は終わる。ちょうどいいタイミングだと言い、にこにこ笑って玲に頷いた。
しかし、いくら親しくなったとはいえ、スタッフである彼の休暇中に個人的な用件で使いだてすることはできないと、母は丁寧に断った。彼は言った。
『スタッフではなく、玲の友人として、最後の一日を一緒にすごしたいんです』
それでも母は、なかなか首を縦に振らなかった。彼は残念そうに諦めの言葉を口にした。
『信頼の問題もありますし、お母さまの許可が得られなければ、僕には何もできません』
横で聞いていた玲は、急に泣きだした。
『トモと、行きたい』
今、彼がホテルから家に帰ってしまえば、明日はもう会えないのだとわかっていた。
母は困り顔で、青年を見上げた。
『どうか、僕を信じてください』
『あなたを信頼していないわけでは、ないんです。ただ……』
『行きたい……! 行きたいぃ!』
駄々をこねる玲の頭を笑いながら撫で、青年は『お願いします』と深く頭を下げた。
『お願いするのは、こちらのほうですよ。本当にご迷惑でないのなら……』
助かります、玲をお願いしますと言って、母も頭を下げた。
話を聞くうちに、当時の記憶が鮮明によみがえった。忘れていたことさえ気づかなかった、懐かしい思い出の数々。
玲は十歳だった。ふつうなら、楽しかった思い出のあれこれを、大人になっても忘れずにいられるくらいの年齢だ。
父と姉の看病をするため、母はあまり長い時間部屋を離れることができない。一人で出歩くことは厳しく禁じられていた。
『つまんない……』
母と二人でレストランに朝食に出た帰り、玲は拗ねて呟いた。
ポーターの青年が通りかかる。
『どうしたの?』
母と軽い世間話をして玲の状況を知ると、せっかくの最終日にそれは可哀そうだ、どこか行きたいところがあるなら自分が一緒に出かけよう申し出た。夜勤明けで、すぐに仕事は終わる。ちょうどいいタイミングだと言い、にこにこ笑って玲に頷いた。
しかし、いくら親しくなったとはいえ、スタッフである彼の休暇中に個人的な用件で使いだてすることはできないと、母は丁寧に断った。彼は言った。
『スタッフではなく、玲の友人として、最後の一日を一緒にすごしたいんです』
それでも母は、なかなか首を縦に振らなかった。彼は残念そうに諦めの言葉を口にした。
『信頼の問題もありますし、お母さまの許可が得られなければ、僕には何もできません』
横で聞いていた玲は、急に泣きだした。
『トモと、行きたい』
今、彼がホテルから家に帰ってしまえば、明日はもう会えないのだとわかっていた。
母は困り顔で、青年を見上げた。
『どうか、僕を信じてください』
『あなたを信頼していないわけでは、ないんです。ただ……』
『行きたい……! 行きたいぃ!』
駄々をこねる玲の頭を笑いながら撫で、青年は『お願いします』と深く頭を下げた。
『お願いするのは、こちらのほうですよ。本当にご迷惑でないのなら……』
助かります、玲をお願いしますと言って、母も頭を下げた。
話を聞くうちに、当時の記憶が鮮明によみがえった。忘れていたことさえ気づかなかった、懐かしい思い出の数々。
玲は十歳だった。ふつうなら、楽しかった思い出のあれこれを、大人になっても忘れずにいられるくらいの年齢だ。
11
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
ふれて、とける。
花波橘果(はななみきっか)
BL
わけありイケメンバーテンダー×接触恐怖症の公務員。居場所探し系です。
【あらすじ】
軽い接触恐怖症がある比野和希(ひびのかずき)は、ある日、不良少年に襲われて倒れていたところを、通りかかったバーテンダー沢村慎一(さわむらしんいち)に助けられる。彼の店に連れていかれ、出された酒に酔って眠り込んでしまったことから、和希と慎一との間に不思議な縁が生まれ……。
慎一になら触られても怖くない。酒でもなんでも、少しずつ慣れていけばいいのだと言われ、ゆっくりと距離を縮めてゆく二人。
小さな縁をきっかけに、自分の居場所に出会うお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる