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番外編
おまけ②
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「名前、基樹っていうんだ。じゃあ、もっさんだね!」
初めて会話をした時、春太は自分にそう言って笑いかけた。
身長も高くて目付きも悪い。
元々オタク気質な基樹はPCの見過ぎで目が悪かった。だから何かを見ようと思うと睨みつけるようになってしまう。
目付きの悪さがコンプレックスで前髪で隠そうとしたら余計に怖がられてしまって、高校に入学して早々、ついに誰からも声をかけられなくなってしまった。
そんな暗雲立ち込める高校生活の幕開け。
変えてくれたのは春太だった。
「もっさーん!ねえ見てよ!これ!」
昼休みの教室、春太は基樹にスマホの画面を見せる。表示されているのはSNSの画面で、春太達の地元だと取り扱いのないコンビニ一番くじの景品ラインナップが表示されていた。
持参の菓子パンをもぐつきながら春太はやたらと興奮気味である。
「これね、めっちゃよく出来てんの!ほら見て、やばくない?かっこよくない?いいなー東京」
大興奮の春太だが、もとはといえばそれは基樹が好きで見ていたアニメのはずだった。
好きなものは何かと訊かれ、とりあえず最近ハマっていたアニメの名前を口にした。
春太はすぐに原作の漫画を買って、アニメを見た。なんなら基樹よりもハマった。
「別に、無理に話合わせようとしなくても…」
最初は春太の行動力に引いた。
グイグイくるコイツは一体なんなんだと困惑した。
でも、春太はきょとんとするばかりで心底不思議そうに言うのだ。
「無理ってなにが?」
「え、いや、なんか興味ないのに無理に合わせてんのかと」
春太は基樹の不安ごと、いやいやー!と明るく笑い飛ばしてしまう。
「俺がそんな気遣えるわけないじゃん!面白そうだなぁって思って見てみたらすごく面白かったから、こりゃもっさんと共有しなきゃと思っただけだよ。それにほら、好きなものは一緒に楽しんだほうが何倍も楽しいじゃない?」
当たり前にそんなことを言うんだからこれは生粋の陽キャだ…と基樹は春太を眩しく思った。
「ねえ、そういえばさ、もっさんは俺のことあだ名で呼んでくれないの?」
「あだ名?なんかあんの?」
「それがないんだよー。みんな春太春太って名前で呼ぶの。俺憧れてんだよねーあだ名で呼び合う関係性。なんかほら、バディものっぽくてよくない?」
思わず基樹は吹き出した。
「くっだんね…そんな理由?」
「えーなんでさ!かっこいいじゃん相棒とか!」
「じゃあ春太は俺のこと相棒に選んでくれんの?」
春太は首を微かに傾けて、人懐っこく笑う。まるで子犬みたいだなと基樹は思う。
「もっさんこそ何言ってんのさ。そんなのもうとっくに選ばれてますよ?」
「おーそれは光栄だ。じゃあ俺はそんな相棒のことをこれからハルと呼ぶことにしよう」
「あ、いいね!ハル!すごくいい!もっさんはやっぱセンスいいなぁ」
別にありきたりもありきたりなネーミングセンスだとは思うのだが、春太にはものすごくハマったようである。
基樹はそんな春太をつくづく面白い奴だなぁと思った。
目まぐるしく変わる表情は見ていて飽きないし、何より自分を慕ってくれるのが嬉しかった。
「ハル」
そう呼ぶのが当たり前になった。
いつも一緒にいた、まさに相棒だった。
それが変わったのは多分、高二の夏だ。
基樹は家の都合で引っ越すことになった。まさかの春太憧れの土地、東京に。
「いいなーいいなーもっさん東京かぁ」
春太はしきりにそんなことを言っていた。
基樹としては全然よくなかった。
東京なんて街よりも春太と過ごす時間の方が基樹にとっては大事だった。
「ハル、東京の大学受験しろよ。俺もそうする。そしたらまた会えんだろ」
春太は目を輝かせて「うん!」と言った。
春太と基樹はちょくちょく連絡をとりあっていたし、離れていてもこの距離感は変わらないのだろうと思っていた。
そして迎えた大学受験、春太は無事に(というか奇跡的に)滑り込みで志望校に合格を果たした。
基樹はもっと上のランクの大学も受かっていたが、何かと理由をつけて結局春太と同じ大学を選んだ。
これでまた一緒にいられると思うと嬉しかった。
その心の弾みようで基樹は自身の恋心に気付いてしまったくらいだ。
それなのに。
「もっさん、あのね、ちょっと聞いてほしい話があるんだけど」
春太にそう言われた時、基樹は最初から嫌な予感がしていた。
それでも、春太が頼ってきたのなら拒むことなど出来なかった。
「雪帆って分かるかな、人文学科の」
「知ってる。あの色白の奴だろ?最近春太よくあいつといるよな。仲良いの?」
答えは分かっていた。
仲良いなんて間柄ではないことも、二人を見てればすぐにわかる。
他の誰もが分からなかったとしても、自分だけは。
「実はね、その…付き合うことになったんだ、俺達」
残酷だなと思った。
「もっさんは…俺にとって誰よりも大事な親友だから。どうしても一番に伝えておきたくて」
頬を染め、嬉しそうに語る春太。
相棒は恋人にはなれない。
特別は特別でも、意味合いは全然違う。
その差は天と地ほどに大きい。
すべて、分かっていたはずだったのに。
「おおそっか、おめでと、ハル」
軽薄に笑うことのできる自分に腹が立った。
それでも、今この場でハルを奪い去る勇気も気持ちを伝える勇気も、自分にはない。
春太を傷つけることなんて、きっと自分には一度たりとも出来やしないのだ。
受け入れる以外に、道はなかった。
春太から報告を受けた後日のことだ。
キャンパス内を歩いていると、件の雪帆に出くわした。
女みたいに華奢で女みたいに色の白い男。それが良いとか悪いとかではなく、基樹の第一印象はそれだった。
「なあ、あんただよな、雪帆って」
雪帆は怪訝そうな顔で基樹を見た。
「えっと、すみません。お会いしたことありますか?」
学生同士だというのにやたら丁寧に問われたものだから基樹はどうにも調子を狂わされた。なんだか浮世離れした奴だなと思った。
「いや、初対面だけど。ハルから聞いてない?基樹って友人が大学内にいるって」
「基樹……」
雪帆は口元に手をあてがってしばし考えるポーズを取る。そして「ああ」と納得したような声をあげた。
「もしかして、春太が言ってたもっさん?」
「そう、それが俺」
雪帆はようやく相手が誰なのかを理解し、ホッとしたように挨拶を交わす。
「話は春太からよく聞いています。高校時代からの友人だとか」
「タメだろ?敬語はいらねぇ。俺も話は聞いてる。その、恋人なんだって?」
周りの人間に聞かれるとまずいのだろうから一応そこは声を顰める。
雪帆はなんでもないかのように頷いた。
涼しげな顔に若干の苛立ちを覚えるも、それはおくびにも出さずに基樹は言う。
「あいつ、すぐ無理するとこあるから、もう俺が心配することじゃないんだろうけど、気つけてやってほしい」
雪帆は基樹の顔を見て、そこに隠された感情を察した。
「春太は、モテるんだなぁ」
苦笑する雪帆を基樹は複雑な思いで見ていた。これが春太の選んだ相手かと改めて思うと、自分の今していることがどうにも惨めで馬鹿馬鹿しいものに感じられてならなかった。
「別に、どうこう言うつもりはないけど」
だからこの時、なぜ自分の口からこんな言葉が飛び出したのかは自分でもよくわからなかった。
「春太を泣かせたら、許さない。それだけは覚えておいてほしい」
雪帆は少し驚いた顔をしていたが、すぐに微笑に変換し、「勿論」と答えた。
「あれ、なんで雪帆ともっさんが一緒にいんの?」
遠くから手を振って、春太は無邪気に駆け寄ってくる。
(本当に、人の気も知らないで…)
子犬のような愛しい相棒は、今日も大きな瞳に自分を写してくれるのだろう。
何度も名前を呼んで、何度も笑いかけながら。
(まあ、ハルが笑えるんならもう…それでいいか)
半ば自分に言い聞かせるみたいにして、基樹はため息を飲み込んだ。
「よお、ハルー」
まさかこの先で雪帆が失踪することになろうとは、この時はまだ誰も知らない。
初めて会話をした時、春太は自分にそう言って笑いかけた。
身長も高くて目付きも悪い。
元々オタク気質な基樹はPCの見過ぎで目が悪かった。だから何かを見ようと思うと睨みつけるようになってしまう。
目付きの悪さがコンプレックスで前髪で隠そうとしたら余計に怖がられてしまって、高校に入学して早々、ついに誰からも声をかけられなくなってしまった。
そんな暗雲立ち込める高校生活の幕開け。
変えてくれたのは春太だった。
「もっさーん!ねえ見てよ!これ!」
昼休みの教室、春太は基樹にスマホの画面を見せる。表示されているのはSNSの画面で、春太達の地元だと取り扱いのないコンビニ一番くじの景品ラインナップが表示されていた。
持参の菓子パンをもぐつきながら春太はやたらと興奮気味である。
「これね、めっちゃよく出来てんの!ほら見て、やばくない?かっこよくない?いいなー東京」
大興奮の春太だが、もとはといえばそれは基樹が好きで見ていたアニメのはずだった。
好きなものは何かと訊かれ、とりあえず最近ハマっていたアニメの名前を口にした。
春太はすぐに原作の漫画を買って、アニメを見た。なんなら基樹よりもハマった。
「別に、無理に話合わせようとしなくても…」
最初は春太の行動力に引いた。
グイグイくるコイツは一体なんなんだと困惑した。
でも、春太はきょとんとするばかりで心底不思議そうに言うのだ。
「無理ってなにが?」
「え、いや、なんか興味ないのに無理に合わせてんのかと」
春太は基樹の不安ごと、いやいやー!と明るく笑い飛ばしてしまう。
「俺がそんな気遣えるわけないじゃん!面白そうだなぁって思って見てみたらすごく面白かったから、こりゃもっさんと共有しなきゃと思っただけだよ。それにほら、好きなものは一緒に楽しんだほうが何倍も楽しいじゃない?」
当たり前にそんなことを言うんだからこれは生粋の陽キャだ…と基樹は春太を眩しく思った。
「ねえ、そういえばさ、もっさんは俺のことあだ名で呼んでくれないの?」
「あだ名?なんかあんの?」
「それがないんだよー。みんな春太春太って名前で呼ぶの。俺憧れてんだよねーあだ名で呼び合う関係性。なんかほら、バディものっぽくてよくない?」
思わず基樹は吹き出した。
「くっだんね…そんな理由?」
「えーなんでさ!かっこいいじゃん相棒とか!」
「じゃあ春太は俺のこと相棒に選んでくれんの?」
春太は首を微かに傾けて、人懐っこく笑う。まるで子犬みたいだなと基樹は思う。
「もっさんこそ何言ってんのさ。そんなのもうとっくに選ばれてますよ?」
「おーそれは光栄だ。じゃあ俺はそんな相棒のことをこれからハルと呼ぶことにしよう」
「あ、いいね!ハル!すごくいい!もっさんはやっぱセンスいいなぁ」
別にありきたりもありきたりなネーミングセンスだとは思うのだが、春太にはものすごくハマったようである。
基樹はそんな春太をつくづく面白い奴だなぁと思った。
目まぐるしく変わる表情は見ていて飽きないし、何より自分を慕ってくれるのが嬉しかった。
「ハル」
そう呼ぶのが当たり前になった。
いつも一緒にいた、まさに相棒だった。
それが変わったのは多分、高二の夏だ。
基樹は家の都合で引っ越すことになった。まさかの春太憧れの土地、東京に。
「いいなーいいなーもっさん東京かぁ」
春太はしきりにそんなことを言っていた。
基樹としては全然よくなかった。
東京なんて街よりも春太と過ごす時間の方が基樹にとっては大事だった。
「ハル、東京の大学受験しろよ。俺もそうする。そしたらまた会えんだろ」
春太は目を輝かせて「うん!」と言った。
春太と基樹はちょくちょく連絡をとりあっていたし、離れていてもこの距離感は変わらないのだろうと思っていた。
そして迎えた大学受験、春太は無事に(というか奇跡的に)滑り込みで志望校に合格を果たした。
基樹はもっと上のランクの大学も受かっていたが、何かと理由をつけて結局春太と同じ大学を選んだ。
これでまた一緒にいられると思うと嬉しかった。
その心の弾みようで基樹は自身の恋心に気付いてしまったくらいだ。
それなのに。
「もっさん、あのね、ちょっと聞いてほしい話があるんだけど」
春太にそう言われた時、基樹は最初から嫌な予感がしていた。
それでも、春太が頼ってきたのなら拒むことなど出来なかった。
「雪帆って分かるかな、人文学科の」
「知ってる。あの色白の奴だろ?最近春太よくあいつといるよな。仲良いの?」
答えは分かっていた。
仲良いなんて間柄ではないことも、二人を見てればすぐにわかる。
他の誰もが分からなかったとしても、自分だけは。
「実はね、その…付き合うことになったんだ、俺達」
残酷だなと思った。
「もっさんは…俺にとって誰よりも大事な親友だから。どうしても一番に伝えておきたくて」
頬を染め、嬉しそうに語る春太。
相棒は恋人にはなれない。
特別は特別でも、意味合いは全然違う。
その差は天と地ほどに大きい。
すべて、分かっていたはずだったのに。
「おおそっか、おめでと、ハル」
軽薄に笑うことのできる自分に腹が立った。
それでも、今この場でハルを奪い去る勇気も気持ちを伝える勇気も、自分にはない。
春太を傷つけることなんて、きっと自分には一度たりとも出来やしないのだ。
受け入れる以外に、道はなかった。
春太から報告を受けた後日のことだ。
キャンパス内を歩いていると、件の雪帆に出くわした。
女みたいに華奢で女みたいに色の白い男。それが良いとか悪いとかではなく、基樹の第一印象はそれだった。
「なあ、あんただよな、雪帆って」
雪帆は怪訝そうな顔で基樹を見た。
「えっと、すみません。お会いしたことありますか?」
学生同士だというのにやたら丁寧に問われたものだから基樹はどうにも調子を狂わされた。なんだか浮世離れした奴だなと思った。
「いや、初対面だけど。ハルから聞いてない?基樹って友人が大学内にいるって」
「基樹……」
雪帆は口元に手をあてがってしばし考えるポーズを取る。そして「ああ」と納得したような声をあげた。
「もしかして、春太が言ってたもっさん?」
「そう、それが俺」
雪帆はようやく相手が誰なのかを理解し、ホッとしたように挨拶を交わす。
「話は春太からよく聞いています。高校時代からの友人だとか」
「タメだろ?敬語はいらねぇ。俺も話は聞いてる。その、恋人なんだって?」
周りの人間に聞かれるとまずいのだろうから一応そこは声を顰める。
雪帆はなんでもないかのように頷いた。
涼しげな顔に若干の苛立ちを覚えるも、それはおくびにも出さずに基樹は言う。
「あいつ、すぐ無理するとこあるから、もう俺が心配することじゃないんだろうけど、気つけてやってほしい」
雪帆は基樹の顔を見て、そこに隠された感情を察した。
「春太は、モテるんだなぁ」
苦笑する雪帆を基樹は複雑な思いで見ていた。これが春太の選んだ相手かと改めて思うと、自分の今していることがどうにも惨めで馬鹿馬鹿しいものに感じられてならなかった。
「別に、どうこう言うつもりはないけど」
だからこの時、なぜ自分の口からこんな言葉が飛び出したのかは自分でもよくわからなかった。
「春太を泣かせたら、許さない。それだけは覚えておいてほしい」
雪帆は少し驚いた顔をしていたが、すぐに微笑に変換し、「勿論」と答えた。
「あれ、なんで雪帆ともっさんが一緒にいんの?」
遠くから手を振って、春太は無邪気に駆け寄ってくる。
(本当に、人の気も知らないで…)
子犬のような愛しい相棒は、今日も大きな瞳に自分を写してくれるのだろう。
何度も名前を呼んで、何度も笑いかけながら。
(まあ、ハルが笑えるんならもう…それでいいか)
半ば自分に言い聞かせるみたいにして、基樹はため息を飲み込んだ。
「よお、ハルー」
まさかこの先で雪帆が失踪することになろうとは、この時はまだ誰も知らない。
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