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第13章 2度目の学園生活
79 メリッサとイグニス侯爵家
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第二王妃メリッサ・エスペルト。
リーファスの同級生にして現イグニス侯爵家当主の末妹である彼女とは、建国祭での挨拶や臨時教師を務めた時に面識があった。
さらには王族として全貴族の情報を把握していたおかげもあって当時の彼女の人となりは知っている。
誰かを支える優しさを持ちつつも大事なところは曲げない。そのような人だったはずだ。
「イグニス侯爵家は歴史ある魔術の名門だが、エスペルト王国の魔術筆頭はマギルス公爵家だ。イグニス侯爵家は長い間マギルス公爵家を超えることを悲願としてきた」
イグニス侯爵家も建国当初から存在し過去に様々な魔術を生み出した実績もある。さらにはエスペルト王国内でも数少ない全属性の魔力を持つ血筋でもあった。
けれど、それらに加えて王家を超えるほどの魔力量を持ち、他を追随しない固有魔術を継承してきたのがマギルス公爵家だ。
マギルス公爵家の当主は、エスペルト王国の最強の魔術使いと同義であると言われているくらいには他国からも知られている。
「それ自体は問題ないはずでしょ?二家は長い間対立しているけど、同時に魔術の研鑽も重ねてきているもの」
血が流れるような争いはよろしくないが、争いがなければ技術が大きく進化しないのも事実。だからこそエスペルト王国でも貴族同士が戦争することは禁じていても競い争うことは認めている。むしろ健全な競争であれば推奨しているくらいだ。
「そうだな。だがイグニス侯爵家の現当主の考えは少し違う。魔術の名門としての地位ではなく貴族としての権威を高めようとしているのだ。王族の外戚として、国内の最大派閥を従える長として、潤沢な資産を支援するスポンサーとして……実際に父上もイグニス侯爵家の意向を無視できなくなりつつある」
「……イグニス侯爵家は自派閥の貴族の弱みでも握っているの?」
派閥といえば聞こえはいいが結局のところ同じ考えを持つ貴族の集合体だ。一見味方に見えてもそれぞれの思惑は別に存在し派閥内の貴族も影響力を上げる機会を虎視眈々と狙っている。何かしらの理由がなければイグニス侯爵家が派閥を従えることはできないはずだ。
「事の発端は数年前のグランバルド帝国との戦争です。10年間の停戦協定が解けてすぐ発生した大侵攻によって大きな被害が齎されましたから」
ローザリンデによるとグランバルド帝国との戦争で希少な魔術具を大量に投入したらしい。その中でも特に高価な一度だけ致命傷をなかったことにする魔術具を前線に出る兵士全員に配ったそうだ。
その効果は絶大で王国軍の死者は常識ではあり得ないほど少なくすることができた。
攻めてきたグランバルド帝国も大勢の兵士を失い貴重な飛空船もいくつか喪失した事で戦争を続けることが困難になった。
結果としてエスペルト王国が有利な状態で事実上の休戦となったが、代わりに王家と北側の領主の経済が悪化したらしい。
「イグニス侯爵家は中央の貴族のため直接の負担が少なく、さらには開発した新しい魔術具を提供する事で利益を得ていました。戦争で得た資金を元に資金繰りが苦しくなった領地に支援することで味方を増やしたのです」
エスペルト王国の北側にはラティアーナやリーファスの異母兄にあたるガイアスが治める領地がある。前々国王夫妻でありラティアーナやリーファスの父とレティシアが隠居していたりレティシアの出身領地や支持派閥があったりと王家を支持する主力派閥でもあった。
それらの領主たちがイグニス侯爵家に借りがあるのだとすれば王家の力が弱まったのも理解できる。
「まあ他にもコーネリア様の療養など様々な事情が重なったわけですが、結果としてリーファスはメリッサ様の輿入れを断れなかったのです。ただイグニス侯爵にとって誤算だったのはメリッサ様が実家の影響力を強めることをよく思っていなかったことでしょうね。側妃となってからは実家からの圧力をある程度抑えてくれているようですし」
「ああ。メリッサ様は兄であるイグニス侯爵とは反りが合わないらしくてな。実家よりも親友である母上や母上の護隊長を務めるイルミナを大切にしたいそうだ」
イルミナはコーネリアの同級生にして元マギルス公爵令嬢だ。ラティアーナとは従姉妹に当たるが歳が離れていたこともあって話したことはあまりない。
けれど、従姉妹にして親友でもあるイリーナが妹のことを溺愛していたこともあって話はよく聞かされていた。
そんな3人は王立学園に通っていた頃はそこまで親しいわけではなかったはずだ。それが大人になった現在では親友同士だと言うのだから少し驚いた。
「なるほどね……つまりメリッサ様は自身の子を次期国王にするつもりはないのね。当初の予定どおり進めるためにも2人の婚約を進めたいということね?」
「イグニス侯爵としてはメルキアスを国王にして実権を握りたいのだろうがな。反対にメリッサ様は王位争いを起こさないように父上に力を貸してくれている……本当にありがたいことだ」
「……メリッサ様とイグニス侯爵家の考えは分かった。だけど、このタイミングで急に動きがあったのはどうしてなの?」
王家の立場が揺らぎつつあることもイグニス侯爵家を筆頭とした派閥の力が増しつつあることは理解した。けれど、それだけの理由であれば現在である必要はない。
「それは……私にもわからないな」
コルネリアスは途中で言い淀むと顔を横に振った。
「ただ父上とグラディウス公爵が何かを話していたようだ。側近を排して2人だけで長い時間話していたところから考えると普通ではなさそうだ」
「……そう。わからないことが多すぎるね」
婚約に関する話を本人に秘密にすることも普通ではない。私たちも知らない重大な何かがあると見た方が良さそうだ。
「どちらにしてもアスカルテが戻ってから方針を決めるしかないだろう。私も婚約を交わして以降会えてないからな」
コルネリアスの言うとおりだ。これはもはや私とコルネリアスだけの問題ではない。3人で話し合わねばならないだろう。
「王立学園はわたくしの領域。たとえリーファスであっても簡単には手を出さない場所です。少なくとも学園都市にいる間は守って見せます……貴方たちが学生でいる間になんとかしてください」
「わたくしも新しい情報を得たら共有するしできる限り助けになるわ」
「叔母上、カトレア先生……ありがとうございます」
「ありがとう。できるだけ早く決着をつけるわ」
自信のある笑みと共に答えるとローザリンデもカトレアも笑みを浮かべて頷いた。
リーファスの同級生にして現イグニス侯爵家当主の末妹である彼女とは、建国祭での挨拶や臨時教師を務めた時に面識があった。
さらには王族として全貴族の情報を把握していたおかげもあって当時の彼女の人となりは知っている。
誰かを支える優しさを持ちつつも大事なところは曲げない。そのような人だったはずだ。
「イグニス侯爵家は歴史ある魔術の名門だが、エスペルト王国の魔術筆頭はマギルス公爵家だ。イグニス侯爵家は長い間マギルス公爵家を超えることを悲願としてきた」
イグニス侯爵家も建国当初から存在し過去に様々な魔術を生み出した実績もある。さらにはエスペルト王国内でも数少ない全属性の魔力を持つ血筋でもあった。
けれど、それらに加えて王家を超えるほどの魔力量を持ち、他を追随しない固有魔術を継承してきたのがマギルス公爵家だ。
マギルス公爵家の当主は、エスペルト王国の最強の魔術使いと同義であると言われているくらいには他国からも知られている。
「それ自体は問題ないはずでしょ?二家は長い間対立しているけど、同時に魔術の研鑽も重ねてきているもの」
血が流れるような争いはよろしくないが、争いがなければ技術が大きく進化しないのも事実。だからこそエスペルト王国でも貴族同士が戦争することは禁じていても競い争うことは認めている。むしろ健全な競争であれば推奨しているくらいだ。
「そうだな。だがイグニス侯爵家の現当主の考えは少し違う。魔術の名門としての地位ではなく貴族としての権威を高めようとしているのだ。王族の外戚として、国内の最大派閥を従える長として、潤沢な資産を支援するスポンサーとして……実際に父上もイグニス侯爵家の意向を無視できなくなりつつある」
「……イグニス侯爵家は自派閥の貴族の弱みでも握っているの?」
派閥といえば聞こえはいいが結局のところ同じ考えを持つ貴族の集合体だ。一見味方に見えてもそれぞれの思惑は別に存在し派閥内の貴族も影響力を上げる機会を虎視眈々と狙っている。何かしらの理由がなければイグニス侯爵家が派閥を従えることはできないはずだ。
「事の発端は数年前のグランバルド帝国との戦争です。10年間の停戦協定が解けてすぐ発生した大侵攻によって大きな被害が齎されましたから」
ローザリンデによるとグランバルド帝国との戦争で希少な魔術具を大量に投入したらしい。その中でも特に高価な一度だけ致命傷をなかったことにする魔術具を前線に出る兵士全員に配ったそうだ。
その効果は絶大で王国軍の死者は常識ではあり得ないほど少なくすることができた。
攻めてきたグランバルド帝国も大勢の兵士を失い貴重な飛空船もいくつか喪失した事で戦争を続けることが困難になった。
結果としてエスペルト王国が有利な状態で事実上の休戦となったが、代わりに王家と北側の領主の経済が悪化したらしい。
「イグニス侯爵家は中央の貴族のため直接の負担が少なく、さらには開発した新しい魔術具を提供する事で利益を得ていました。戦争で得た資金を元に資金繰りが苦しくなった領地に支援することで味方を増やしたのです」
エスペルト王国の北側にはラティアーナやリーファスの異母兄にあたるガイアスが治める領地がある。前々国王夫妻でありラティアーナやリーファスの父とレティシアが隠居していたりレティシアの出身領地や支持派閥があったりと王家を支持する主力派閥でもあった。
それらの領主たちがイグニス侯爵家に借りがあるのだとすれば王家の力が弱まったのも理解できる。
「まあ他にもコーネリア様の療養など様々な事情が重なったわけですが、結果としてリーファスはメリッサ様の輿入れを断れなかったのです。ただイグニス侯爵にとって誤算だったのはメリッサ様が実家の影響力を強めることをよく思っていなかったことでしょうね。側妃となってからは実家からの圧力をある程度抑えてくれているようですし」
「ああ。メリッサ様は兄であるイグニス侯爵とは反りが合わないらしくてな。実家よりも親友である母上や母上の護隊長を務めるイルミナを大切にしたいそうだ」
イルミナはコーネリアの同級生にして元マギルス公爵令嬢だ。ラティアーナとは従姉妹に当たるが歳が離れていたこともあって話したことはあまりない。
けれど、従姉妹にして親友でもあるイリーナが妹のことを溺愛していたこともあって話はよく聞かされていた。
そんな3人は王立学園に通っていた頃はそこまで親しいわけではなかったはずだ。それが大人になった現在では親友同士だと言うのだから少し驚いた。
「なるほどね……つまりメリッサ様は自身の子を次期国王にするつもりはないのね。当初の予定どおり進めるためにも2人の婚約を進めたいということね?」
「イグニス侯爵としてはメルキアスを国王にして実権を握りたいのだろうがな。反対にメリッサ様は王位争いを起こさないように父上に力を貸してくれている……本当にありがたいことだ」
「……メリッサ様とイグニス侯爵家の考えは分かった。だけど、このタイミングで急に動きがあったのはどうしてなの?」
王家の立場が揺らぎつつあることもイグニス侯爵家を筆頭とした派閥の力が増しつつあることは理解した。けれど、それだけの理由であれば現在である必要はない。
「それは……私にもわからないな」
コルネリアスは途中で言い淀むと顔を横に振った。
「ただ父上とグラディウス公爵が何かを話していたようだ。側近を排して2人だけで長い時間話していたところから考えると普通ではなさそうだ」
「……そう。わからないことが多すぎるね」
婚約に関する話を本人に秘密にすることも普通ではない。私たちも知らない重大な何かがあると見た方が良さそうだ。
「どちらにしてもアスカルテが戻ってから方針を決めるしかないだろう。私も婚約を交わして以降会えてないからな」
コルネリアスの言うとおりだ。これはもはや私とコルネリアスだけの問題ではない。3人で話し合わねばならないだろう。
「王立学園はわたくしの領域。たとえリーファスであっても簡単には手を出さない場所です。少なくとも学園都市にいる間は守って見せます……貴方たちが学生でいる間になんとかしてください」
「わたくしも新しい情報を得たら共有するしできる限り助けになるわ」
「叔母上、カトレア先生……ありがとうございます」
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