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第13章 2度目の学園生活
75 アリアたちとの別れ
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それから少しの間、私たちは思い出話をしながら休息をとった。アリアの治癒魔術によって傷を癒やしてもらい体力や魔力がある程度回復するのを待ってからマリアやロナの元に向かうためだ。
「ティア。ある程度は治ったし貴方も気が付いてはいるのだろうけど……しばらく大きな魔力を使うのは控えた方がいいわよ?」
「流石だね……王立学園の医師でさえ気付いていなかったのに」
「私だって聖女ほどじゃないにしても、教会に認められるだけの聖魔力を持っているからね。司祭以上が知ることができる高位の治癒魔術は一通り修めているわ」
エスペルト王国ではニ通りの医師がいる。
一つは治癒魔術や解毒魔術を得意とする者。
これは水属性や地属性を得意とする者がほとんどで聖属性の治癒魔術を扱えるのはほとんどいない。聖属性の適正を持つ者は侯爵家以上の貴族がほとんどだからだ。
二つ目は地球と同じように学問として医療を修めた者。
こちらは貴族と平民が七対三くらいの割合になっていて、治癒魔術が扱えなくても薬や手術の知識があればなることができるものだ。
王立学園にいる医師は、王宮と同じく二つを兼ね備えた者たちだが、聖属性の適性を持つ者はいない。
「それでも私の治癒魔術じゃ治せないけどね……ただティアの状態を見るくらいはできる。ティアの場合は、身体と魂のバランスが歪すぎるわ。魂が僅かに傷ついているだけじゃなくて魂の成長に身体の成長が追いついていない……そのせいで魂の力、つまり生命力に身体が耐えきれないの。普通だったら重度の魔力過多症と同じようになっているところよ」
魔力過多症というのは魔臓の疾患で魔力の生成や吸収に制限がかからないというものだ。普通は魔力の器が一杯になるほど魔力の回復が遅くなり満タンになれば止まる。だが、魔力過多症は、器が一杯になっても魔力を生成し続け外部から魔力を取り込み続けてしまう。
そうなると人は魔力を外に出そうと吐血したり身体が耐えきれずに全身が壊れたりする。
治療法としては、何らかの方法で魔力を消費し続けるか 、希少な薬草から作られる薬に頼むかくらいしかない。
「わかっているから大丈夫だよ」
私であれば自身の魔力を完全に制御することで自傷を抑えることができる。今はまだ膨大な魔力を一気に行使したり邪気などを取り込んだりすると制御しきれずに傷を負うが、遠くないうちに制御下に置くつもりだ。
そのことをアリアに伝えると、呆れと心配と納得を混ぜたような反応が返ってきた。
「じゃあ、もうそろそろ行こうか……そうだ。私のことはロナには言わないでね。隠すつもりも嘘をつくつもりもないけど……ロナが気が付くまでは教えるつもりもないから」
「好きにすればいいわ。でも……すぐに分かると思うわよ」
休憩を終えた私たちはロナとマリアを追いかけることにした。木々の間を抜けて半刻ほど走れば2人の背中が見えてくる。
邪気が薄まっているおかげかマリアも自力で動けるくらいには回復しているようだ。
「ロナ!」
「マリア!」
アリアと私の呼ぶ声が重なり2人は同時に振り向いた。ロナは私たちのことを見ると安堵した様子で「お2人とも無事でしたか」と言葉にする。
「出てきた獣はティアと協力して倒したわ……魔力は尽きかけているけど、とりあえずは大丈夫なはずよ」
「私も消耗は激しいけど戦えるくらいの余力はあります。マリアも大丈夫そう?」
「うん。だいぶ楽になったよ」
見た限りでは呼吸も安定しているし顔色も悪くない。特に怪我もしていないようでほっと安心した。
「本来であれば野営をしたいところだけど、この事態だから……このまま森の外まで脱出したほうが良さそうね」
私たちはアリアの声に頷くと森の外へと急いだ。一番余力があるロナを先頭にマリアと私が続きアリアが殿を務める布陣だ。
いざという時は私も魔術で支援するつもりだったが、道中で魔物と遭遇することもなく、近くに気配を感じることもなかった。
もしかしたら悪獣の存在が魔物たちを遠ざけたのかもしれない。どちらにせよ、戦闘が発生しないのであれば有り難かった。
そして、二つの満月が一番高い位置に昇る頃。
私たちは結界の淵に辿り着くことができた。結界の外へ出ると、入った時と別の騎士たちが「お疲れ様です」と挨拶してくれる。
「では私たちは報告がありますのでここで。先に報酬を渡しておきます」
アリアはそう言って腰の袋から小金貨を一枚ずつ渡してくる。
これは、出発前に予め取り決めた報酬で私とマリアがそれぞれ貰える分だ。
「ティアさん。今回の依頼は私たちが想定していたものよりも過酷でした。マリアには後で別の礼をするとして……貴方にも何かしらの礼をしたいのですが……」
アリアは私に気を遣ってから外向けの口調に戻してくれていた。その上でわざわざお礼の話をするのだから本当に彼女は律儀な人だ。
10年前よりも強く凛々しくなっていても、そういった妙に真面目なところも優しいところも変わっていない。
「でしたら……何かあった時に可能な範囲で力を貸してください。それで十分です」
「ふふ……わかりました」
アリアは小さく笑うと優しげな声で返事をする。
「では何か困ったことがあればいつでもいってください。私も力になりますから」
そんなアリアの反応を見て不思議そうにしていたロナもいつか恩を返すと言ってくれたのだった。
「マリア。私たちはしばらく森やダンジョンの調査をしています。貴方も困ったことがあればいつでも連絡してください」
「その通りです。遠慮はしなくていいですよ」
マリアは王都の孤児院で拾われて育ててもらったと言っていた。孤児院長であるロナはもちろん孤児院のことを誰よりも気にかけていたアリアにとっても子供たちは家族みたいなものだろう。
「アリア様……ロナ様……ありがとうございます」
マリアは少しだけ恥ずかしそうにしつつも嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
その後、私とマリアは近くにある宿場町で一泊してから王立学園へ戻った。寮の部屋には療養で不在にしていたサチも帰ってきていて、ようやく日常が戻ってきたように感じていた。
けれど、休日明けの王立学園は異様な空気に包まれていた。
私とサチが久しぶりに一緒に校舎へ向かっていると、すれ違う生徒たちはどこか落ち着かない様子でざわめいている。
「どうしたのだろう?」
「さぁ……?私も昨日帰ってきてからは寮にずっといたから何も……」
互いに不思議に思いつつも、とりあえずは教室に行こうと校舎の中に入る。すると、廊下で話をしている女子生徒の会話が耳に入ってきた。
「コルネリアス様とアスカルテ様がやっと婚約したらしいわね」
「あのグラディウス公爵家の令嬢で教会からも聖女と認められている方だもの。誰よりも未来の王妃に相応しいに決まっているじゃない!」
その思いもよらない内容に思わず振り返ってしまった。
「ティア。ある程度は治ったし貴方も気が付いてはいるのだろうけど……しばらく大きな魔力を使うのは控えた方がいいわよ?」
「流石だね……王立学園の医師でさえ気付いていなかったのに」
「私だって聖女ほどじゃないにしても、教会に認められるだけの聖魔力を持っているからね。司祭以上が知ることができる高位の治癒魔術は一通り修めているわ」
エスペルト王国ではニ通りの医師がいる。
一つは治癒魔術や解毒魔術を得意とする者。
これは水属性や地属性を得意とする者がほとんどで聖属性の治癒魔術を扱えるのはほとんどいない。聖属性の適正を持つ者は侯爵家以上の貴族がほとんどだからだ。
二つ目は地球と同じように学問として医療を修めた者。
こちらは貴族と平民が七対三くらいの割合になっていて、治癒魔術が扱えなくても薬や手術の知識があればなることができるものだ。
王立学園にいる医師は、王宮と同じく二つを兼ね備えた者たちだが、聖属性の適性を持つ者はいない。
「それでも私の治癒魔術じゃ治せないけどね……ただティアの状態を見るくらいはできる。ティアの場合は、身体と魂のバランスが歪すぎるわ。魂が僅かに傷ついているだけじゃなくて魂の成長に身体の成長が追いついていない……そのせいで魂の力、つまり生命力に身体が耐えきれないの。普通だったら重度の魔力過多症と同じようになっているところよ」
魔力過多症というのは魔臓の疾患で魔力の生成や吸収に制限がかからないというものだ。普通は魔力の器が一杯になるほど魔力の回復が遅くなり満タンになれば止まる。だが、魔力過多症は、器が一杯になっても魔力を生成し続け外部から魔力を取り込み続けてしまう。
そうなると人は魔力を外に出そうと吐血したり身体が耐えきれずに全身が壊れたりする。
治療法としては、何らかの方法で魔力を消費し続けるか 、希少な薬草から作られる薬に頼むかくらいしかない。
「わかっているから大丈夫だよ」
私であれば自身の魔力を完全に制御することで自傷を抑えることができる。今はまだ膨大な魔力を一気に行使したり邪気などを取り込んだりすると制御しきれずに傷を負うが、遠くないうちに制御下に置くつもりだ。
そのことをアリアに伝えると、呆れと心配と納得を混ぜたような反応が返ってきた。
「じゃあ、もうそろそろ行こうか……そうだ。私のことはロナには言わないでね。隠すつもりも嘘をつくつもりもないけど……ロナが気が付くまでは教えるつもりもないから」
「好きにすればいいわ。でも……すぐに分かると思うわよ」
休憩を終えた私たちはロナとマリアを追いかけることにした。木々の間を抜けて半刻ほど走れば2人の背中が見えてくる。
邪気が薄まっているおかげかマリアも自力で動けるくらいには回復しているようだ。
「ロナ!」
「マリア!」
アリアと私の呼ぶ声が重なり2人は同時に振り向いた。ロナは私たちのことを見ると安堵した様子で「お2人とも無事でしたか」と言葉にする。
「出てきた獣はティアと協力して倒したわ……魔力は尽きかけているけど、とりあえずは大丈夫なはずよ」
「私も消耗は激しいけど戦えるくらいの余力はあります。マリアも大丈夫そう?」
「うん。だいぶ楽になったよ」
見た限りでは呼吸も安定しているし顔色も悪くない。特に怪我もしていないようでほっと安心した。
「本来であれば野営をしたいところだけど、この事態だから……このまま森の外まで脱出したほうが良さそうね」
私たちはアリアの声に頷くと森の外へと急いだ。一番余力があるロナを先頭にマリアと私が続きアリアが殿を務める布陣だ。
いざという時は私も魔術で支援するつもりだったが、道中で魔物と遭遇することもなく、近くに気配を感じることもなかった。
もしかしたら悪獣の存在が魔物たちを遠ざけたのかもしれない。どちらにせよ、戦闘が発生しないのであれば有り難かった。
そして、二つの満月が一番高い位置に昇る頃。
私たちは結界の淵に辿り着くことができた。結界の外へ出ると、入った時と別の騎士たちが「お疲れ様です」と挨拶してくれる。
「では私たちは報告がありますのでここで。先に報酬を渡しておきます」
アリアはそう言って腰の袋から小金貨を一枚ずつ渡してくる。
これは、出発前に予め取り決めた報酬で私とマリアがそれぞれ貰える分だ。
「ティアさん。今回の依頼は私たちが想定していたものよりも過酷でした。マリアには後で別の礼をするとして……貴方にも何かしらの礼をしたいのですが……」
アリアは私に気を遣ってから外向けの口調に戻してくれていた。その上でわざわざお礼の話をするのだから本当に彼女は律儀な人だ。
10年前よりも強く凛々しくなっていても、そういった妙に真面目なところも優しいところも変わっていない。
「でしたら……何かあった時に可能な範囲で力を貸してください。それで十分です」
「ふふ……わかりました」
アリアは小さく笑うと優しげな声で返事をする。
「では何か困ったことがあればいつでもいってください。私も力になりますから」
そんなアリアの反応を見て不思議そうにしていたロナもいつか恩を返すと言ってくれたのだった。
「マリア。私たちはしばらく森やダンジョンの調査をしています。貴方も困ったことがあればいつでも連絡してください」
「その通りです。遠慮はしなくていいですよ」
マリアは王都の孤児院で拾われて育ててもらったと言っていた。孤児院長であるロナはもちろん孤児院のことを誰よりも気にかけていたアリアにとっても子供たちは家族みたいなものだろう。
「アリア様……ロナ様……ありがとうございます」
マリアは少しだけ恥ずかしそうにしつつも嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
その後、私とマリアは近くにある宿場町で一泊してから王立学園へ戻った。寮の部屋には療養で不在にしていたサチも帰ってきていて、ようやく日常が戻ってきたように感じていた。
けれど、休日明けの王立学園は異様な空気に包まれていた。
私とサチが久しぶりに一緒に校舎へ向かっていると、すれ違う生徒たちはどこか落ち着かない様子でざわめいている。
「どうしたのだろう?」
「さぁ……?私も昨日帰ってきてからは寮にずっといたから何も……」
互いに不思議に思いつつも、とりあえずは教室に行こうと校舎の中に入る。すると、廊下で話をしている女子生徒の会話が耳に入ってきた。
「コルネリアス様とアスカルテ様がやっと婚約したらしいわね」
「あのグラディウス公爵家の令嬢で教会からも聖女と認められている方だもの。誰よりも未来の王妃に相応しいに決まっているじゃない!」
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