王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第13章 2度目の学園生活

51 消えた教科書と勇者についての授業

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 マリアとの楽しい昼食の時間を終えて教室に戻った私は午後の授業の準備をしようと自席に戻ろうとした。

「ん?」

 椅子に手を掛けようとした瞬間、ちょっとした違和感を覚えた。詳しくは説明できないが、例えるのであれば部屋の中の家具の位置が僅かに変わっているようなものだ。
 とはいえ王立学園の教室にある机は貴族の屋敷にあるような重厚な物だ。人がぶつかった程度では微動だにしないだろう。

「どうかしたのか?」

「いや、なんでもないよ」

 前の席に座っているコルネリアスが私の声に反応して振り替えるが、何でもないと首を横に振って椅子に座った。
 周りの人に露見しないようにそっと解析の魔術を行使するが、魔術や毒が仕掛けられているということはなさそうで少しだけ安堵する。
 そして、授業の準備をしようと席に着いて机の中を覗くと違和感を覚えた理由に気付いた。
 机の中に入れていたはずの教科書が消えていたからだ。
 教室に設置されているロッカーであれば魔力認証による施錠を行うことができるが、机には鍵がついていない。昼休憩の時間は教室に人がいない時間ができやすくなるため盗もうと思えば不可能ではないだろう。

 盗まれた教科書は後で探し出すとして、一応は他のクラスにいるサチから教科書を借りようかとも考えたが、今から他のクラスに行く時間はないと考えて教科書は諦めることにした。
 もっとも、王立学園の授業では忘れ物によって評価が落ちることはなく質疑応答とテストの結果が全てだ。
 教科書の内容は一通り目を通し全てを記憶している私にとって教科書の有り無しは些細な問題となる。

「では授業を開始します」

 そして、鐘の音が鳴ると同時に教室にカトレアがやってきて午後の授業が始まった。

「今までの地政学の授業では周辺諸国を含めて主要な産業や魔力濃度の分布、気候や魔物の棲息状況など幅広い内容を学んできました。次からは各国の力関係についての内容となりますが、その前に2年近く前に召喚されたという勇者について説明したいと思います。教科書の252ページを開いてください」

 勇者。
 それは私がラティアーナだった頃には存在しなかった内容だ。他国などでは勇者が突然現れたというような逸話が残っているところもあるが、エスペルト王国ではそのような話は一切ない。
 私も実際に勇者が召喚されるまでは勇者の存在は空想上のものだと考えていたほどだ。

「勇者が全部何人存在するのか詳細は判明していませんが、現時点で4名の存在は判明しています。召喚時には空間の歪みによってエスペルト王国全土が揺れるほどの空振が発生しました。魔術省の計算では空間の歪みが大陸全土に発生したと仮定した場合、最低でも倍の8枚はいるだろうと予測されています」

 教科書によればエスペルト王国で把握している勇者はドラコロニア王国、エインスレイス連邦、グランバルド帝国、西方連合国家群に1人ずついるそうだ。
 それぞれの国家は勇者のことを保護していると公表していて名前や顔くらいは周辺諸国にも知られている。それぞれがどのような能力を持つかまではわからないが、私が戦った瑠偉のことを考えれば原石のままだったとしても人類最強クラスの力を持っている可能性が高いだろう。

「今まで国同士の均衡は経済力や軍事力などを中心に複雑な絡み合いがありました。ですが国によって勇者という全てを覆す可能性を得たことで今までの常識が通用しなくなる可能性があります。そのことを踏まえて授業を聞いてください」

 カトレアの授業を聞きながら勇者について改めて考えてみる。恐らくは異世界から、それも私の前々世である地球から召喚されている可能性が高く、この世界の人間を超越するほどの魔力を持つ勇者。
 彼らを倒すことは不可能ではないにしても、まともに戦って勝てる相手でもないだろう。
 そのような存在がエスペルト王国にはおらず周辺諸国にはいるわけだ。
 敵対しているグランバルド帝国はもちろんのこと、同盟関係にあるエインスレイス連邦や属国関係にあるドラコロニア王国との関係にも大きな影響を与えるだろう。
 良いか悪いか分からないが時代が大きく変わるような予感があった。



 そして、そのようなことを考えているうちに午後の授業が終わった。

「ただいま」

「お、おかえり!早かったね」

「今日は生徒会の見回りが休みの日だからね」

 寮に戻るとサチが驚いた様子で出迎えてくれた。
 普段は生徒会の職務などもあって寮に帰る頃には日が暮れている事も多い。夕方のうちに帰るのは久々だった。

「あれ?手どうしたの?」

 サチの手には包帯が巻かれていた。どこか拙い巻かれ方をしていて、きっと慣れない人かサチ自身が包帯を巻いたのだろう。

「ああ……ちょっとね、授業で火傷をしちゃって……」

「包帯が緩んでいるから巻き直すよ。手出して」

 恐る恐る伸ばしたサチの手を優しく触れ、傷口にあまり触れないように気を付けながら包帯をゆっくりと解いていく。
 包帯の下は、あまり大きな傷にはなっていないようで少しだけ安心できた。

「これくらいだったら……」

 傷そのものを素早く再生するような治癒魔術は、相手の体力を大きく消耗させてしまうため一般の人に対して行使するには注意が必要だ。
 けれど、この程度の傷であれば眠くなるくらいで済むだろうと、治癒魔術を使って火傷の跡を無くしていく。少しの間、治癒魔術をかけ続ければ少し赤くなっている程度には治すことができた。

「傷跡が消えた……」

「これ以上は身体の負担になるからここまでかな。見た目よりも少し深いところにも火傷があったから明日の朝くらいまではこれを巻いていてね」

 私はそう言うと腰の魔法袋から治癒用のポーションを取り出してガーゼに染み込ませる。そして火傷があった場所にガーゼを当てて包帯を綺麗に巻き直した。

「ありがとう……」

「どういたしまして。何かあったらいつでも相談してよね」

「……うん。ありがとう。眠くなってきたからもう寝るね」

「ん、おやすみ」

 うつらうつらし始めたサチは、ふらふらと立ち上がるとベッドへ向かって歩き出した。
 私はそれを少し心配に思いながら見送った。
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