王女の夢見た世界への旅路

ライ

文字の大きさ
上 下
388 / 475
第12章 私を見つけるための旅

59 母との別れ

しおりを挟む
 コルネリアスやアスカルテと別れた私は、影の部隊の一人に案内されて建物の外に出た。そこは何度か通ったことがあるはずの場所だが、領城全体を封鎖用の結界が覆っていて初めて見る場所のように感じた。

「ここからは私が案内を引き継ごう」

「かしこまりました。ブラッド様」

 ここまで連れてきてくれた人に代わってブラッドが案内をしてくれるようだ。そのままブラッドの後をついていき領城の敷地の端で待機しているらしい飛空船の元に向かった。

「保護した人たちは全て船の中にいます。お手をどうぞ」

 飛空船の入口は地面から少し高い位置にある。背が低い私にとっては簡単に上がれないがブラッドが手を貸してくれた。

「ありがとうございます」

 私はお礼を告げるとブラッドの手をとって飛空船の中に乗り込む。
 ふと、ラティアーナだった頃も公の場では馬車に乗る時などにエスコートしてくれたことがあったなと懐かしい気分になった。

「皆さんはどうなりますか?」

「陛下や殿下次第でしょうが……王国で保護した後に家族の元へ返すことになるでしょう。もし身寄りがいなくて自立することが難しければ王国の施設で保護するかもしれません」

 ブラッドが言う王国の施設というのは教会が持っている修道院のような場所のことだろう。
 あの場所は役割が大きく二つあって一つが小さな罪を犯したものが罪を償いながらも生活を送るため、そして一人では生活することが難しい人の保護だ。
 衣食住は保証されていて許可さえ取れば外出も可能な施設となっていた。

「こちらです。全員が衰弱していたので治療を受けているところです」

「ありがとうございます」

 ブラッドが案内してくれた部屋は、大きなガラス張りのようになっていて中をよく見渡せるようになっていた。どうやら部屋全体に治癒の結界が巡らされているらしい。

 私は眠っている母の元に近づき手をそっと握った。

 魔力が似ている部分があるから親子だというのは薄っすらと感じることができる。けれど、今日初めて会った彼女のことを母親だと思うのはどうしても難しいらしい。
 血の繋がりがある者として大切に思う心も愛しく思う気持ちがないわけではない。しかし、母親というとティアラのことが、どうしても頭に強く残ってしまっていて戸惑いが全くないわけではない。

「……貴方は私のことを知らないだろうし望んでいなかったのかも知れないけど……それでも、私が産まれることはできたのは貴方のおかげだから……」

 母娘としての関係を築くことは私としても母としても難しいかもしれない。それでも、せっかく結ばれた縁で助けることができた肉親だ。一緒にいることはできなくても、繋がりを消すことはしたくないし遠くからでも見守っていたい。

 握った手に熱を感じながら聞こえていないであろう母に向けて「ありがとう……またね」と小さく囁いたのだった。



 その後、母との別れを済ませた私が部屋を出ると廊下で待っていたコルネリアスと視線があった。近くにブラッドの姿が見当たらないことを考えるとブラッドの代わりに待ってくれていたらしい。

 今までのように声をかけようとして、ふと思いとどまる。私は既にコルネリアスが第一王子にして王太子であることを知っている。察していただけの今までと違ってきちんとした対応が必要だろうと考えて私は急いでカーテシーをした。
 社交界デビューした男爵家の令嬢や商会の富豪などが行う所作と同程度の少し簡単なものだ。

「ここは公の場ではないから畏まらなくていい。敬称も不要だ」

 コルネリアスが少し眉を下げて言葉にすると隣にいたアスカルテも大きくうなずく。

「非公式の場では今までのように接してもらえると嬉しいですね」

「わかりました。コルネリアス様、アスカルテ様」

「少し話がある。こちらに来てくれ」

 コルネリアスはそう言うと飛空船の奥の方へ歩いていく。向かっている先は飛空船の中でも高い位置。私が知る他の船と造りが似ているのであれば艦橋や艦長室がある区画だ。

 部屋の中に入るとコルネリアスは人払いはしてあると告げてくる。私にも近くに座るように進めてきたので入り口近くにある椅子に腰掛けると、コルネリアスやアスカルテと向き合う形になった。
 コルネリアスは私と向き合って少しだけ何かを考えるような表情をして、意を決したように口を開く。

「ティアはこれからどうするつもりだ?母親と一緒に過ごしたいと考えているのか?」

「私は……私のために母と過ごすことはできません」

 もしもラティアーナだった頃の記憶がなかったのなら今の家族だけを大事にしようしただろう。それこそ一からでも関係を新しく築いて母と一緒に過ごし姉であるミアとも親交を深めようとしたはずだ。
 けれど、私はティアでもありラティアーナでもある。過去と現在を分けるのではなく今の私を構成する一部として受け入れる覚悟を決めた。過去だけに縛られるつもりはないが現在だけに縛られるつもりもない。
 私は過去も現在も含めた全てを大事にすると決めていた。

「私は、今まで大事にしてきたものたちをいつまでも大切にしたいです。たとえ私の独りよがりだとしても、私が大切だと思う全てを。そのためには、この街に留まるわけにはいかないです」

 ラティアーナだった頃から大切だったものを見守るため、ティアとして生きてきて出会ったもののために決めたことだ。

「そうか……」

 けれど、コルネリアスはバツが悪そうな顔で返事をした。

「ティアには悪いと思っているが……君に提案というかお願いがある」

「提案ですか?」

 そこまで言いづらいことなのだろうかと首を傾げているとコルネリアスは意を決したように口を開いた。

「ティアには来年から王立学園に通ってもらいたい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

田村涼は異世界で物乞いを始めた。

イペンシ・ノキマ
ファンタジー
異世界に転生した田村涼に割り振られた職業は「物乞い」。それは一切の魔術が使えず、戦闘能力は極めて低い、ゴミ職業であった。おまけにこの世界は超階級社会で、「物乞い」のランクは最低の第四階級。街の人々は彼を蔑み、馬鹿にし、人間扱いさえしようとしない。そのうえ、最近やってきた教会長はこの街から第四階級の人々を駆逐しようとさえしている。そんななか、田村涼は「物乞い」には”隠されたスキル”があることに気がつく。そのことに気づいたところから、田村涼の快進撃が始まる――。

特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

黄玉八重
ファンタジー
水無月宗八は意識を取り戻した。 そこは誰もいない大きい部屋で、どうやら異世界召喚に遭ったようだ。 しかし姫様が「ようこそ!」って出迎えてくれないわ、不審者扱いされるわ、勇者は1ヶ月前に旅立ってらしいし、じゃあ俺は何で召喚されたの? 優しい水の国アスペラルダの方々に触れながら、 冒険者家業で地力を付けながら、 訪れた異世界に潜む問題に自分で飛び込んでいく。 勇者ではありません。 召喚されたのかも迷い込んだのかもわかりません。 でも、優しい異世界への恩返しになれば・・・。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...