王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第12章 私を見つけるための旅

40 ミア

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 この街の孤児院はいくつか点在するようだった。私も全ての場所を知るわけではないが、街の中央にある領主が経営している所と教会の中にある所は確認している。
 そのため、来た道を戻るように歩いていくわけだが、冒険者ギルドで情報を手に入れた後だと色々と納得することがあった。

 恐らくだが街を往来する人々が私に視線を向けているのは、これくらいの年齢の少女が一人で歩いているのが珍しいからだろう。
 基本的に街に住んでいて養われている12歳くらいまでの平民は学校に通っている。親を亡くした子などは仕事をするが、ウルケール男爵領であれば安全な仕事を斡旋してくれる。そして、大通りから離れた路地や中央から離れた人目のつかない場所は孤児たちが住み着きスラムのようになりやすいが、この街では人通りの少ない道を見ても孤児の姿は一切なかった。
 どおりで周りを見渡しても幼い子どもたちが遊んでいることはあっても、同年代の子どもたちの姿を見ないはずだ。

「もう、こんな時間か……孤児院に行く前に少し食べようかな」

 聞こえてきたのは、今日三度目の鐘の音だ。朝が早かったこともあって少し空腹を覚えている。孤児院に向かった後で食べる時間があるかも分からないため、今の内に食べておいたほうが良さそうだ。
 領都の中でも比較的飲食店が集まっている区画を目指して歩いていくと、最近知ったばかりの名前が目に入る。

「ウィリアム商会……」

 目の前にあるのはミアの養父母が経営する商会のお店だ。ウィリアム商会は穀物などの輸送を軸にしている商会だが、穀物類の加工品の販売も行っている。
 当然、ウルケール領都にもお店を構えているわけだが、こうして偶然見つけるとは思わなかった。

「いらっしゃいませ。お探しの品はございますか?」

 お店の前で眺めていると奥のほうから優しい雰囲気の女性の声が聞こえてくる。奥から出てきたのは、私と同じ茶色の髪を長く伸ばした少し年上の女性だった。
 薄っすらと感じる彼女の魔力は、どこか私の魔力と似ていて、この人がミアだと確信した。

「……手軽に食べることができるものが欲しいです」

「そうですね。すぐ食べるのであればガレットがお勧めですよ」

「じゃあ、ガレットを一つください」

 ガレット一つで銅貨3枚ほどするそうだ。どうやら注文を受けてから作り始めるため数分くらいかかるようだ。
 ミアも店員として客をただ待たせるのは忍びなかったのか「この街は始めてですか?」と聞いてくれた。
 これなら変に警戒されることなく、この街のことを教えてもらえそうだ。

「ええ。他の街で冒険者になって、一人でこちらに流れてきました」

「この街は住むのに良いと思いますよ。保護者のいなくても未成年であれば孤児院で保護してもらえますし、安全な仕事を紹介してもらえます……私もそうでしたから」

「……あなたも孤児なのですか?」

 あまりミアの境遇にまでは踏み込む気はなかったが、教えてくれるのならありがたい。両親のこと、孤児院のこと、商会に拾われたこと、少しでも情報が欲しかった。

「ええ。赤ん坊の時に孤児院の前に捨てられていたそうです。なので、ずっと孤児院へ過ごしました……あぁ、気にしないでください!孤児院では親切にしていただきましたし、今では優しい両親がいますから」

 どうやら、知りたい気持ちとミアを傷つけたくない気持ちの間でどうするか悩んでいたことが表情に出ていたらしい。
 ミアは慌てて手をパタパタを振って、気にしないで欲しいと笑顔で伝えてきた。

「ギルドの人にも孤児院を勧められました。この街の孤児院ってどんな感じなんですか?」

 私が知る孤児院は、王都にある教会と王国が運営するものだ。前者はアリアたちとの親交で、後者は王族としての慈善事業で関わったことがある。
 どちらも似たようなもので住む場所と食事、簡単な教育を施すだけだった。少なくとも、この街のように仕事がもらえたりはしない。

「良い所ですよ。学校と同じくらいに学ぶことができますし、普通は習うことができない魔術も学べます。領主様に仕える魔術士の方がたまに来てくださるのですよ」

 魔術を使える平民というのは、それほど多いわけではない。平民の持つ魔力が少ないというのもあるが、一番の理由は魔術を学ぶ機会がないからだ。
 魔術は誰かに師事してもらうことが基本となる。貴族であれば家庭教師を雇うか両親から基礎を、王立学園で応用や実践を、そして魔術士団や騎士団、王立研究所などで技術を磨いていく。
 平民の場合は、身近な魔術が使える人に教えてもらうか、冒険者などで魔術が使える人に教わるか、誰かに師事するかくらいだろう。例外としてあるとすれば教会のように所属する人間が特定の魔術を使う必要がある場合くらいだ。

「それにある程度大きくなれば簡単な手伝いをしてお金を得ることができます。頑張っていれば大きな仕事を任せてもらえますし、場合によっては商会と繋がりを得ることもできますから」

 歳にもよるが草むしりや掃除のような簡単な雑用から始まり、物の運搬など大きな仕事などで収入を得ることができるそうだ。
 孤児院に仕事を依頼するのは、街に住んでいる人々がほとんどだが、時には商会や役所からの依頼もある。
 そうして信頼を積み重ねていくと成人後に商会などで雇ってくれることもあるそうだ。

「あなたも、そうしてこちらに?」

「私の場合は……お義父様の亡くなられた妹に似ていたそうで。それで養子にと……切っ掛けは偶然でしたけど、今では幸せですよ」

 なんでも、ウィリアム商会はウルケール男爵領の孤児院に毎年寄付をしているらしく、商会長夫妻が定期的に孤児院を訪問しているそうだ。
 当然ミアは何度もウィリアム商会の商会長と顔を合わせている。それで、どこか似ていると感じた商会長は訪れる度にミアと交流を重ねて5年くらい前に養子縁組したそうだ。

「あ、ガレットができたようですね。今包みますね!」

 ミアはそう言って店の奥へ駆けて行った。
 私はそんなミアの背中を見送りつつも先ほどの会話の内容を考える。

「偶然、ね」

 声にならないくらい小さく呟く。
 ミアは偶然と言っていたけれど、果たして本当にそうなのだろうか?
 もしかしたら、ミアはウィリアム商会の商会長の妹の娘なのではないだろうか?
 私の頭の中に、そのような疑問が浮かび上がった。



 その後、ミアからガレットを受け取った私は街を歩きながら美味しく頂いて、孤児院へと向かった。
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