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第12章 私を見つけるための旅
閑話 三の騎士
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カレナはエスペルト王国の王都出身の平民だ。兄弟姉妹が6人と大家族であり長女でもあった。
両親は飲食店を経営していてそれなりの売上を上げていたが物価の高騰などもあり生活が厳しくなりつつあった。今はまだ食べるものには困っていないが、このまま物価が高騰し、幼い弟妹が成長してくると困窮してしまうことが予想できるくらいだ。
エスペルト王国で15歳が成人だが、王都のように大きな街では平民向けの学校に通うことが当たり前だ。裕福な家や商家のような人の繋がりが大切な家では王立学園に通うこともあるが、大抵の平民は王立学園には行かずに働き出すことになる。
カレナも家計を少しでも助けようと学校を卒業してすぐに働くつもりだった。だが、家の手伝いでは収入は大きく変わらないし伝手がない状態では他のお店で雇ってもらうことも難しい。
そんな理由から身体が丈夫であれば誰にでも門出が開かれている王国軍に志願することにしたのだ。
そうして王国軍に入隊したカレナだったがおよそ半年後に転機が訪れることになる。それはグランバルド帝国が動きを見せたからだ。
エスペルト王国では、戦争がおきると軍全体から志願兵を募ることになっている。最初に志願した者を優先し、足りない部分を配置や能力によって色々なところから選抜する流れとなる。
大きな戦いで功績を挙げれば通常よりも早く出世することができる。カレナは家族の反対を押し切って防衛戦へ志願した。
戦に参加する兵たちは、エスペルト王国北側の国境都市セプテンリオに召集され、そこで部隊分けがされて、元々国境を守っていた部隊と合流する。
その後、全軍の士気を上げるための旗頭として幼い王女が総大将についた。
それが、カレナがラティアーナと邂逅した瞬間だった。
カレナのラティアーナに対する最初の印象は可哀想といったものだ。
ラティアーナのことは軍内部でも魔力が少なく過ぎて国王夫妻に見限られている、不出来なせいで王族の中でも虐げられているなど様々な噂が流れていた。
誰もが名目上のお飾りの王女だと思っていた。戦いに直接関わることなく、最悪の場合は敵に差し出す人質となる何もできない王女。
しかし、召集時の激励に始まり司令官と対等に話して方針を決めていく姿を見て印象が徐々に変わっていく。
何より一番驚いたのは、ラティアーナ自身も武人として強かったことだろう。
殿として残り捕虜として捕まったと思ったら部隊を壊滅させて飛空船を奪って帰ってくるし、停戦のきっかけとなった帝国の大攻勢では将軍を打ち破った強さを見せた。
少ない魔力でありながら剣術と魔術を駆使して戦う姿を見て、カレナが憧憬を抱くのに時間は掛からなかった。
その後、戦争に生き残り前線で活躍したということでカレナとフレアは騎士として叙爵されることになった。
後から聞いた話ではラティアーナ付きの近衛騎士で女性騎士が数人しかいなかったことが大きな理由らしい。面識があり、それなりの実力を持つ女性騎士が必要だったそうだ。
それでも、憧憬を抱くラティアーナに騎士仕えることができるなら選ばれた理由など些細なことだと割り切れた。
そうしてカレナとフレアはラティアーナ付きの近衛騎士団に配属されることになる。配属後は団長のシリウスと副団長のアルキオネが見守る中で立会いを行い第3席に選ばれたのだ。
近衛騎士として、専属護衛として、ラティアーナに仕えた印象は、王族らしくないというものだった。
離宮のなかでは他の貴族のように、家格が下の相手や使用人をぞんざいに扱うことをしない。むしろ、私的な時間であれば対等な関係で接することもある。
潤沢な資産を動かせるはずなのに、必要な分しかドレスやアクセサリを買わず豪遊もしない。たまに宝石類を買ったと思えば魔術の媒体として使うため。
極めつけは、私的な外出では護衛どころか侍従の誰も付けずに一人で出かけることもあった。
対して公的な場では、王女としての気品や箔を感じさせ、人を惹き付けて無意識に付いてこさせるような力がある。
その公私のギャップがより人に好かれる魅力でもあった。
カレナやフレアも例外ではなく近衛騎士になってから半年もしない内に騎士としての誓いを捧げた。
騎士として一生の忠誠をラティアーナに誓った。自身が動ける限り、騎士としてその身を守るつもりだった。
まさか、自身が騎士を辞する前に誓いを果たせなくなるとは思ってもいなかった。
10年前のあの時、王族しか立ち入ることのできない場所で悪魔が現れるなんて考えもしなかった。
ラティアーナであれば何かあったとしても生き残ると信じていた。勝てなくても負けることはないと思っていたのだ。
ラティアーナの死後、近衛騎士団は再編成された。ほとんどはリーファス直属の団が合わさった形だが、ラティアーナに騎士の誓いを立てていたものは近衛を退団した。
シリウスはルークス領の領主として王国を守ることを選び、アルキオネとフレア、カレナは冒険者として世界を旅して情報を集めつつ力をつけることを選んだのだ。
そして、現在。
アルキオネが私用で領地に戻っていたため、カレナは単独で指名依頼を受けてグロリアスからエスペルト王国に帰るところだった。
そして、道中でセルスト王国に立ち寄り転移門を使おうとしたところで雷龍の襲撃が発生した。元凶である雷龍を倒そうと貿易都市に向かう途中でサングレアと出会い一緒に駆けつけたところに彼女がいたのだ。
初めて会ったはずなのに懐かしい気がする幼い女の子。
大怪我をしていて絶望的な状況のはずなのに彼女は雷龍に対して諦めていなかった。咄嗟に斬って助けるとカレナの名を読んだのだから不思議だ。
そこから原因の調査になり雷龍王が襲ってきたところで共闘する流れになった。
ティアと名乗った彼女はとても器用に複数の魔術を行使して戦っていた。身体強化を使わずに加速や反発を利用して高速で移動し、氷の剣を生成して放つ変わった戦い方。
なによりカレナの怪我を治した治癒魔術は聖属性、水属性、地属性の三つを複合したもの。治癒系は術式だけでは補えないため、高い魔力適正と魔力操作技術が必要だ。
そして、ティアに剣を二本貸し雷龍王と戦う姿を側で見て、全ての歯車が噛み合ったような気がした。
「そんなはずは……でも、これは……」
カレナは治癒してもらう時に受けた温かい魔力をよく知っている。
目の前の、空中を駆け回りながら二本の剣を振るう戦い方をよく知っている。
「カレナ」と名前を呼ぶ懐かしい声音を知っている。
なにより、カレナとティアの二人は声を掛けなくても、まるで互いの動きがわかっているかのように動くことができるのだ。
「ラティアーナ様……」
カレナは無意識に唇を動かして音にならない言葉を紡いだ。
両親は飲食店を経営していてそれなりの売上を上げていたが物価の高騰などもあり生活が厳しくなりつつあった。今はまだ食べるものには困っていないが、このまま物価が高騰し、幼い弟妹が成長してくると困窮してしまうことが予想できるくらいだ。
エスペルト王国で15歳が成人だが、王都のように大きな街では平民向けの学校に通うことが当たり前だ。裕福な家や商家のような人の繋がりが大切な家では王立学園に通うこともあるが、大抵の平民は王立学園には行かずに働き出すことになる。
カレナも家計を少しでも助けようと学校を卒業してすぐに働くつもりだった。だが、家の手伝いでは収入は大きく変わらないし伝手がない状態では他のお店で雇ってもらうことも難しい。
そんな理由から身体が丈夫であれば誰にでも門出が開かれている王国軍に志願することにしたのだ。
そうして王国軍に入隊したカレナだったがおよそ半年後に転機が訪れることになる。それはグランバルド帝国が動きを見せたからだ。
エスペルト王国では、戦争がおきると軍全体から志願兵を募ることになっている。最初に志願した者を優先し、足りない部分を配置や能力によって色々なところから選抜する流れとなる。
大きな戦いで功績を挙げれば通常よりも早く出世することができる。カレナは家族の反対を押し切って防衛戦へ志願した。
戦に参加する兵たちは、エスペルト王国北側の国境都市セプテンリオに召集され、そこで部隊分けがされて、元々国境を守っていた部隊と合流する。
その後、全軍の士気を上げるための旗頭として幼い王女が総大将についた。
それが、カレナがラティアーナと邂逅した瞬間だった。
カレナのラティアーナに対する最初の印象は可哀想といったものだ。
ラティアーナのことは軍内部でも魔力が少なく過ぎて国王夫妻に見限られている、不出来なせいで王族の中でも虐げられているなど様々な噂が流れていた。
誰もが名目上のお飾りの王女だと思っていた。戦いに直接関わることなく、最悪の場合は敵に差し出す人質となる何もできない王女。
しかし、召集時の激励に始まり司令官と対等に話して方針を決めていく姿を見て印象が徐々に変わっていく。
何より一番驚いたのは、ラティアーナ自身も武人として強かったことだろう。
殿として残り捕虜として捕まったと思ったら部隊を壊滅させて飛空船を奪って帰ってくるし、停戦のきっかけとなった帝国の大攻勢では将軍を打ち破った強さを見せた。
少ない魔力でありながら剣術と魔術を駆使して戦う姿を見て、カレナが憧憬を抱くのに時間は掛からなかった。
その後、戦争に生き残り前線で活躍したということでカレナとフレアは騎士として叙爵されることになった。
後から聞いた話ではラティアーナ付きの近衛騎士で女性騎士が数人しかいなかったことが大きな理由らしい。面識があり、それなりの実力を持つ女性騎士が必要だったそうだ。
それでも、憧憬を抱くラティアーナに騎士仕えることができるなら選ばれた理由など些細なことだと割り切れた。
そうしてカレナとフレアはラティアーナ付きの近衛騎士団に配属されることになる。配属後は団長のシリウスと副団長のアルキオネが見守る中で立会いを行い第3席に選ばれたのだ。
近衛騎士として、専属護衛として、ラティアーナに仕えた印象は、王族らしくないというものだった。
離宮のなかでは他の貴族のように、家格が下の相手や使用人をぞんざいに扱うことをしない。むしろ、私的な時間であれば対等な関係で接することもある。
潤沢な資産を動かせるはずなのに、必要な分しかドレスやアクセサリを買わず豪遊もしない。たまに宝石類を買ったと思えば魔術の媒体として使うため。
極めつけは、私的な外出では護衛どころか侍従の誰も付けずに一人で出かけることもあった。
対して公的な場では、王女としての気品や箔を感じさせ、人を惹き付けて無意識に付いてこさせるような力がある。
その公私のギャップがより人に好かれる魅力でもあった。
カレナやフレアも例外ではなく近衛騎士になってから半年もしない内に騎士としての誓いを捧げた。
騎士として一生の忠誠をラティアーナに誓った。自身が動ける限り、騎士としてその身を守るつもりだった。
まさか、自身が騎士を辞する前に誓いを果たせなくなるとは思ってもいなかった。
10年前のあの時、王族しか立ち入ることのできない場所で悪魔が現れるなんて考えもしなかった。
ラティアーナであれば何かあったとしても生き残ると信じていた。勝てなくても負けることはないと思っていたのだ。
ラティアーナの死後、近衛騎士団は再編成された。ほとんどはリーファス直属の団が合わさった形だが、ラティアーナに騎士の誓いを立てていたものは近衛を退団した。
シリウスはルークス領の領主として王国を守ることを選び、アルキオネとフレア、カレナは冒険者として世界を旅して情報を集めつつ力をつけることを選んだのだ。
そして、現在。
アルキオネが私用で領地に戻っていたため、カレナは単独で指名依頼を受けてグロリアスからエスペルト王国に帰るところだった。
そして、道中でセルスト王国に立ち寄り転移門を使おうとしたところで雷龍の襲撃が発生した。元凶である雷龍を倒そうと貿易都市に向かう途中でサングレアと出会い一緒に駆けつけたところに彼女がいたのだ。
初めて会ったはずなのに懐かしい気がする幼い女の子。
大怪我をしていて絶望的な状況のはずなのに彼女は雷龍に対して諦めていなかった。咄嗟に斬って助けるとカレナの名を読んだのだから不思議だ。
そこから原因の調査になり雷龍王が襲ってきたところで共闘する流れになった。
ティアと名乗った彼女はとても器用に複数の魔術を行使して戦っていた。身体強化を使わずに加速や反発を利用して高速で移動し、氷の剣を生成して放つ変わった戦い方。
なによりカレナの怪我を治した治癒魔術は聖属性、水属性、地属性の三つを複合したもの。治癒系は術式だけでは補えないため、高い魔力適正と魔力操作技術が必要だ。
そして、ティアに剣を二本貸し雷龍王と戦う姿を側で見て、全ての歯車が噛み合ったような気がした。
「そんなはずは……でも、これは……」
カレナは治癒してもらう時に受けた温かい魔力をよく知っている。
目の前の、空中を駆け回りながら二本の剣を振るう戦い方をよく知っている。
「カレナ」と名前を呼ぶ懐かしい声音を知っている。
なにより、カレナとティアの二人は声を掛けなくても、まるで互いの動きがわかっているかのように動くことができるのだ。
「ラティアーナ様……」
カレナは無意識に唇を動かして音にならない言葉を紡いだ。
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