王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第11章 壊れかけのラメルシェル

36 私の進む道

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「とりあえずここを出る準備をしましょうか。飛空船は動かせそうにないですし、ここからは徒歩で移動しなくては」

「そうだな。ここがどこかは分からないが獣人国家の領土だということには違いない。であれば獣公国シャスタニアの方向へ向かうのが確かだろう」

 獣人国家のなかでも多少の人との交流があるシャスタニアなら交渉の余地がある。いきなり戦闘になる可能性は少ないだろうし上手くいけば協力関係を結ぶことができるかもしれない。
 どう転ぶにせよドルバイド帝国や帝国傘下の国に向かうよりは安全だろう。

「分かった……動くなら明るいうちのほうがいいものね」

 私たちは飛空船の中を手早く探って物資を集めることにした。移動を阻害せずに持てるだけの食糧や水などの飲料、ポーションなどの薬品類を集めていく。

 また幸いなことに魔法袋を見つけた。私が使っていた物よりも数段性能は落ちるがそれでも数日分の食糧と飲料水、ポーションを入れるくらいの容量はある。
 これ一つだけでもとてもありがたかった。

「そういえば私ってどれくらい気を失ってた?」

 準備が終わって船の外に出た私はふと気になっていたことを尋ねた。
 森の中ということもあって周りの人がいる気配はないが、これだけ大きくて重さのある飛空船が爆発しながら落ちたのだ。
 流石に遠くまで音が聞こえているだろうし、そもそも緊迫状態が続いている人と獣人との国境を警戒していないということはないだろう。
 それほど時間を空けずに誰かがやってくる可能性が高い。

「それほど時間は経ってないですよ。飛空船が墜落してから直ぐに声を掛けましたから」

「それなら良かった」

 であれば今はまだ朝方ということだ。
 誰かがやってくるまでに時間があることも、陽が落ちるまでの時間が長いこともありがたい。

 私たちは周囲を警戒しながらもゆっくりと西を目指すことにした。森の中の移動は想像していたよりも楽なものだった。
 街から離れている森ということもあり魔物との遭遇を考えていたが極稀に出会うだけ。しかもほとんどがオーガなどの群れだった。
 経験の少ない冒険者や騎士では死活問題だろうが、かなりの実力者である紫陽、黒羽に加えて、不調とはいえ魔物との実戦経験が多い私。
 この三人であればさほど時間をかけずに消耗を抑えて戦闘を行うことができる。
 怪我などを負う事もなく。時折食糧を狩りながらの移動が二日ほど続く。

 そして、三日目の朝。
 昨夜見つけた洞穴で夜営をしているとサーッと葉っぱに水が当たる音がして目が覚めた。
 寝袋から出て外の様子を窺う。豪雨ほどではないが、あいにくの雨模様だった。

「……くしゅん!」

 雨のせいか普段よりも冷たい空気が肌に突き刺さる。思わず腕をこすっていると私の様子に気付いた紫陽が近付いてきた。
 紫陽は近くに置いてあった荷物から厚手の布を取り出すとそのまま私の肩にかけてくれる。

「おはようございます。少しでも寒さを凌げればいいですけど……」

「おはよう。ありがとうね」

 見上げてお礼を告げると紫陽は「どういたしまして」と微笑んでどこかへ歩いていく。少しして戻ってきた時には両手にカップを持っていた。そのカップからは湯気が立っていて、どうやら温かい飲み物を持ってきてくれたようだった。

「どうぞ。起きるまで時間がありますから」

「ありがとう……いただきます」

 紫陽はカップを私に渡すと隣に腰掛ける。羽織っていた外套を私にも被せてくれて隣に感じる熱が心地よかった。

 しばらくの間、無言で暖かいお茶を飲んでいると紫陽がふと口を開く。

「ティアは……私たちが桜花皇国に戻った後どうするのですか?」

「んーまだちゃんと決めたわけじゃないけど。一度故郷……前世の私が居た場所に帰ろうかなって思っているかな」

 当初考えていた実の両親や家族を探すのは現段階では難しい。一応施設の資料から私がどの地域から連れ去られたかは分かっている。しかし、地域だけで他の手がかりがない以上、もしも探すのなら人同士の繋がりを追っていく必要がある。
 そして、ラメルシェル王国の問題。
 こちらも助けたい気持ちはあるが私一人では限界があるし、そもそも直ぐに解決するものではないだろう。
 したがって当初考えていてもう一つの目的であるエスペルト王国への帰国を選んだわけだ。

 大切な国の今を見届けて無くした力を取り戻すために。

「意外ですね……ティアだったら即決しそうな内容ですけど」

「私と言うか……ラティアーナはもうこの世にいない人間だからね。今の私であるティアを大事にしないといけないから昔にこだわるのは良くないかなって。きっと私の大切な人たちも生きているけど、その人たちの中では故人だもの。過去に縛られちゃいけないでしょ」

 今の私が過去を縛ってはいけない。今を生きる大事な人たちを過去に引っ張ってはいけない。だから、私は前世の知り合いや友人、家族にあってもラティアーナの生まれ変わりだと告げるつもりはなかった。

 大切な人たちが、ただ今を平和に過ごしていていれば良い。幸せそうに笑ってさえいればそれで良い。
 私はそれを陰から見守ることができればいい。

 そう考えて隣を見ると紫陽は少し呆れたような怒ったような視線を向けてきた。何かを言おうして口を開きかけるが、そのまま無言で口を閉じる。
 そして、意を決したような表情をすると両腕を私の頭に回してきた。
 私の顔が紫陽の胸に押しつけられて少し息が苦しい。

「ティアは変なところを拘りますね……これは勝手な私の考えですけど……前世のことを伝えないのは自由だと思います。仮に前世を知る誰かにあったとしても言いたくないなら告げなくてもいい。ですが、無理に告げないと決めなくても良い。前世で生きた過去が無くなるわけでも関係が途切れる訳でもない。無理して今世と前世を分かる必要はありません。前世に囚われる必要も、無理して切り捨てる必要もないのではありませんか?」

「けど、皆は私がいなくなった後の時間を過ごしているわけじゃない?今更戻ったところで……ね」

「私はティアの友人や大切に思っている人たちを知りませんけど。ですが、もし私がその人たちと同じ立場になった時に、もう会えないと思っていた人と再開できたとしたら……驚くとは思いますが嬉しいと思いますよ?」

「そうかな……そうだといいな……」

 紫陽の言葉に胸に支えていたものが取れたような気がして、小声で「ありがとう」と囁いた。
 まだ、確実にどうするとは思えない。けれど、絶対に前世のことを伝えないと決めなくても良いのかも知らない。
 そう思うことができた。
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