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第11章 壊れかけのラメルシェル
34 それぞれの想い
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「全く……本当にティアには無理をさせてしまいますね」
紫陽はティアが去っていった扉のほうを見ながらふと呟く。その表情には心配に揺れていた。
「そうだな。できる限り早く安全な所で休ませたいが……難しいところだ」
飛空船の操艦方法は二人も教わったがあくまで基本的な内容だ。もしも飛空船同士の戦闘となれば心許ない上に三人でも手が足りないくらいだった。
「未だに二隻が追ってきてますからね。国境付近に近付いたときに何かを仕掛けてくるかもしれません」
追ってきている飛空船も恐らく同型艦と言うこともあって距離が縮まっているわけではない。魔力砲も大口径とはいえ数キロメートルしか射程はなく攻撃を受ける心配はなかった。
しかし、淡々と追ってくる動きにはどこか不安に感じるものがある。
「注意は必要だが現状は安全とみて良いだろう。この辺りの国は帝国の影響下だが飛空船や遠距離用の魔術具は保持していないと聞いている。紫陽様も少し休まれてはどうだ?」
ティアのことを心配している紫陽だが彼女とて余裕があるわけではないだろう。
肉体的には元気であったとしても精神的には厳しいはずだ。
黒羽であれば実戦での対人戦闘も経験している。しかし紫陽にとっては訓練でない対人での命のやり取りは初めてのはずだった。
けれど、紫陽は大丈夫だと言う様に首を横に振る。
「いざと言うときのために近くに居たほうがいいでしょう。仮眠はとるかも知れませんがここにいますよ」
どちらにしろ夜はまだ長い。紫陽と黒羽の二人は艦橋から離れないものの交互に仮眠を取りながら一夜を過ごした。
そして、しばらく経った頃。
「んっ……ん?」
少し大きな揺れがあったような気がして、私の意識が眠りから徐々に覚醒していく。
目が覚めた私は、薄っすらとかいた汗に顔を顰めつつも重くて熱い身体を起こす。
「えっと……あれ?思ったより寝ちゃったかな」
窓から見える外の景色は薄っすらと空が赤く染まっていた。昨日は早いうちに眠りについていたので感覚が正しければ半日くらい寝ていたことになる。
「思ったよりも魔力が暴れているわね……けほっ!」
重なる戦闘か精霊との同調や全解放の影響か詳しい理由は分からない。
しかし、自身の内に意識を集中させると自身の魔力が暴れまわっているのを感じた。その証拠に少し身体を動かしただけで咳き込んでしまい慌てて手で押さえる。その掌は赤く染まっていた。
「ティア!?」
すると、そのような私の様子を感じ取ったプレアデスが実体化して声を掛けてくる。その慌てた様子に苦笑しつつも「大丈夫」と取り繕った笑みを向けた。
「この手の反動は前もあったから……だから魔力を完全に制御すれば問題ないよ」
私は一度、身体強化と同じ要領で身体全体に魔力を流した。自身の意思で流した魔力と勝手に暴れている魔力をぶつけて、自身の魔力と統合させる形で徐々に私の支配下へと置き換えていく。
これはゴルゴーンと戦った後に編み出した反動を抑える方法だった。
「ティア少しだけ同調するわよ?魔力の制御を私も肩代わりするから」
プレアデスはそう言うと実体化を解いて私たちの魔力を同調させた。普段であれば魔力が増大するのを感じるところだが、プレアデスの力が流れてくるようなことはない。むしろ全身の魔力の流れが整って気持ちよささえも感じる。
『どうかしら?実体化しないままならこれくらいの制御はできるけど』
『かなり楽になったかも。ありがとうね』
私はお礼を伝えて立ち上がると背伸びをしてみる。熱っぽさや身体の重さが完全に消えたわけではないが、ふらついたり動けなくなることはなさそうだった。
これなら普通に生活をする程度の動きであれば問題ないだろう。
「あとは試しに……うん。少しなら魔術を使っても問題なさそうだね」
水属性の洗浄用の魔術を行使しようとする。いつもよりも少しだけ発動までの時間が増えたが問題なく魔術が発動した。
汗や汚れを流して服ごと綺麗な状態へとする。
そして、身だしなみを整え終わると艦橋へと向かった。扉を開くと二人の視線が一斉に私へと向けられる。
「結構長い間、休ませてもらってありがとうね」
「いえ、私たちも交互に仮眠はとれましたから……調子はどうですか?」
紫陽の心配そうな視線に「大丈夫」と答えようとして一瞬だけ思案する。紫陽も黒羽もこの数日でかなり親しくなった。恐らく二人とも私の体調には気付いているだろうし、余計に心配をかけてしまうだろう。
無理をしない選択肢は選べないができる限り正直にいたいと思った。
「万全じゃないけど激しい運動をしなければ問題ないよ」
「そうか……わかった。倉庫にあった携帯用の簡易食糧になるが食べるか?」
黒羽は深く追求することなく頷いて、近くに置いてあった箱から包装された棒状の物を差し出してくる。
「これは……そのまま食べればいいの?」
食欲がなくても食べなければ回復しない。だからこそ無理にでも口にいれるべきだろうが、初めて見る食糧に戸惑いを覚えた。
私が良く知るエスペルト王国の携帯用の食糧は、お湯で溶かすタイプだった。そのまま食べても毒はないが硬くて粉っぽくて食べられたものでは無い。
「そうだ。ドルバイド帝国特有ではなくて、この辺り一帯で好まれているレーションだ。なんでも必要な栄養素を凝縮して味付けをしているらしく、それ二つで一日の栄養素を補えるらしい。味付けもしてあってそれなりに美味しいのだが空腹感が紛れないことだけが難点だな」
包装をあけて口に含んでみると少し乾燥しているようだった。少し食べず辛いが甘みがあって味は良いだろう。
「ん……味はいいかも」
「それは良かった。水もあるぞ」
黒羽が注いでくれた水を受け取って水分を含ませながら食糧を全て口の中に含む。
今の私にとっては、これくらいの量で栄養が取れるならありがたかった。
いつもよりも少しだけゆっくりと食べていると紫陽が「国境まで来ましたね」と口にする。
「敵はまだ追ってきてるの?」
「相変わらず反応が二つほどあります。僅かに距離が縮まっていますがこの分なら追いつかれないと思いますよ」
「このまま国境までくるとなると……待ち伏せされていなければいいけど……」
もしもドルバイド帝国が獣人国家との戦いを恐れていない場合、先回りして飛空船が待ち伏せている可能性が高い。
そうした可能性を考えると飛空船の監視下からは離れたいところだった。
「今の内に探知範囲内から出ておくか?方法がないわけじゃないのだろう?」
「一応はね。ただ船の性能が一時的に落ちるから安全とはいえない」
飛空船の魔力炉の制限を外してエンジンを最大出力まで上げるのは動力が故障して墜落の可能性が高くなるので論外。
となると魔力炉の出力を全てエンジンに回る方法となる。だがこれは諸刃の剣だった。
故障のリスクは少ないが加速中は魔力砲や計器類が使えなくなる。そのため戦闘が行えずに目視による手動での航行をしなければならない。
「だが、このままでは状況が悪化する可能性もある。だったら……」
「少しでも安全な今の内に手を打ったほうがいい……かもね」
「でしたら黒羽に探知してもらいましょう。フリーダとの同調であれば飛空船ほどじゃなくても広範囲の探知が可能ですから」
フリーダは風の精霊ということもあって待機中の探知は得意のようだった。意識して探知範囲を広げた場合は、数分程度だが半径2キロメートルくらいは探れるそうだ。
「二人が良ければそれで良いぞ。いつでも行ける」
「じゃあ、それで行こうか……紫陽に操舵を任せて良い?私の方で動力管理するから」
黒羽も大丈夫と言うことで次の方針が決まった。
私たちはそれぞれの役目を果たすために席について準備をする。まずは黒羽が「同調」と小さく呟いて魔力を高めた。
フリーダの存在が船の外に出ると黒羽の知覚と大気が連動する。
「よし……準備完了だ!」
「全艦の通常機能を停止。探知システム停止。航行補助装置解除。全動力を主力エンジンに」
黒羽の合図を受けて一つずつスイッチを下げていく。飛空船の中の灯りが徐々に消えていき全てが消えた。次いで計器類も全てが消えて空中に浮かび上がっていた映像を霧のように掻き消える。
「圧力上昇……蓄積開始」
余裕が出た魔力をエンジンの手前で圧縮していく。120秒の時間をかけて圧縮した力は、強力な噴進剤となって爆発的な加速力を得る。
「動力接続……全解放まであと10!」
圧縮された膨大な魔力がエンジンへと流れ込んでいく。10秒後には一気に加速してこの場から彗星の如く消え去る。
その予定だった。けれど、ここで想定外の出来事が発生する。
「っ!?後方から何かが来る!?」
黒羽が慌てた声を上げた。ほぼ同時のタイミングで紫陽が舵輪を回して緊急回避をしようとする。
飛空船が旋回し同時に加速する直前。飛空船全体を大きな衝撃が包み込み、轟音が後方から伝わってきた。
紫陽はティアが去っていった扉のほうを見ながらふと呟く。その表情には心配に揺れていた。
「そうだな。できる限り早く安全な所で休ませたいが……難しいところだ」
飛空船の操艦方法は二人も教わったがあくまで基本的な内容だ。もしも飛空船同士の戦闘となれば心許ない上に三人でも手が足りないくらいだった。
「未だに二隻が追ってきてますからね。国境付近に近付いたときに何かを仕掛けてくるかもしれません」
追ってきている飛空船も恐らく同型艦と言うこともあって距離が縮まっているわけではない。魔力砲も大口径とはいえ数キロメートルしか射程はなく攻撃を受ける心配はなかった。
しかし、淡々と追ってくる動きにはどこか不安に感じるものがある。
「注意は必要だが現状は安全とみて良いだろう。この辺りの国は帝国の影響下だが飛空船や遠距離用の魔術具は保持していないと聞いている。紫陽様も少し休まれてはどうだ?」
ティアのことを心配している紫陽だが彼女とて余裕があるわけではないだろう。
肉体的には元気であったとしても精神的には厳しいはずだ。
黒羽であれば実戦での対人戦闘も経験している。しかし紫陽にとっては訓練でない対人での命のやり取りは初めてのはずだった。
けれど、紫陽は大丈夫だと言う様に首を横に振る。
「いざと言うときのために近くに居たほうがいいでしょう。仮眠はとるかも知れませんがここにいますよ」
どちらにしろ夜はまだ長い。紫陽と黒羽の二人は艦橋から離れないものの交互に仮眠を取りながら一夜を過ごした。
そして、しばらく経った頃。
「んっ……ん?」
少し大きな揺れがあったような気がして、私の意識が眠りから徐々に覚醒していく。
目が覚めた私は、薄っすらとかいた汗に顔を顰めつつも重くて熱い身体を起こす。
「えっと……あれ?思ったより寝ちゃったかな」
窓から見える外の景色は薄っすらと空が赤く染まっていた。昨日は早いうちに眠りについていたので感覚が正しければ半日くらい寝ていたことになる。
「思ったよりも魔力が暴れているわね……けほっ!」
重なる戦闘か精霊との同調や全解放の影響か詳しい理由は分からない。
しかし、自身の内に意識を集中させると自身の魔力が暴れまわっているのを感じた。その証拠に少し身体を動かしただけで咳き込んでしまい慌てて手で押さえる。その掌は赤く染まっていた。
「ティア!?」
すると、そのような私の様子を感じ取ったプレアデスが実体化して声を掛けてくる。その慌てた様子に苦笑しつつも「大丈夫」と取り繕った笑みを向けた。
「この手の反動は前もあったから……だから魔力を完全に制御すれば問題ないよ」
私は一度、身体強化と同じ要領で身体全体に魔力を流した。自身の意思で流した魔力と勝手に暴れている魔力をぶつけて、自身の魔力と統合させる形で徐々に私の支配下へと置き換えていく。
これはゴルゴーンと戦った後に編み出した反動を抑える方法だった。
「ティア少しだけ同調するわよ?魔力の制御を私も肩代わりするから」
プレアデスはそう言うと実体化を解いて私たちの魔力を同調させた。普段であれば魔力が増大するのを感じるところだが、プレアデスの力が流れてくるようなことはない。むしろ全身の魔力の流れが整って気持ちよささえも感じる。
『どうかしら?実体化しないままならこれくらいの制御はできるけど』
『かなり楽になったかも。ありがとうね』
私はお礼を伝えて立ち上がると背伸びをしてみる。熱っぽさや身体の重さが完全に消えたわけではないが、ふらついたり動けなくなることはなさそうだった。
これなら普通に生活をする程度の動きであれば問題ないだろう。
「あとは試しに……うん。少しなら魔術を使っても問題なさそうだね」
水属性の洗浄用の魔術を行使しようとする。いつもよりも少しだけ発動までの時間が増えたが問題なく魔術が発動した。
汗や汚れを流して服ごと綺麗な状態へとする。
そして、身だしなみを整え終わると艦橋へと向かった。扉を開くと二人の視線が一斉に私へと向けられる。
「結構長い間、休ませてもらってありがとうね」
「いえ、私たちも交互に仮眠はとれましたから……調子はどうですか?」
紫陽の心配そうな視線に「大丈夫」と答えようとして一瞬だけ思案する。紫陽も黒羽もこの数日でかなり親しくなった。恐らく二人とも私の体調には気付いているだろうし、余計に心配をかけてしまうだろう。
無理をしない選択肢は選べないができる限り正直にいたいと思った。
「万全じゃないけど激しい運動をしなければ問題ないよ」
「そうか……わかった。倉庫にあった携帯用の簡易食糧になるが食べるか?」
黒羽は深く追求することなく頷いて、近くに置いてあった箱から包装された棒状の物を差し出してくる。
「これは……そのまま食べればいいの?」
食欲がなくても食べなければ回復しない。だからこそ無理にでも口にいれるべきだろうが、初めて見る食糧に戸惑いを覚えた。
私が良く知るエスペルト王国の携帯用の食糧は、お湯で溶かすタイプだった。そのまま食べても毒はないが硬くて粉っぽくて食べられたものでは無い。
「そうだ。ドルバイド帝国特有ではなくて、この辺り一帯で好まれているレーションだ。なんでも必要な栄養素を凝縮して味付けをしているらしく、それ二つで一日の栄養素を補えるらしい。味付けもしてあってそれなりに美味しいのだが空腹感が紛れないことだけが難点だな」
包装をあけて口に含んでみると少し乾燥しているようだった。少し食べず辛いが甘みがあって味は良いだろう。
「ん……味はいいかも」
「それは良かった。水もあるぞ」
黒羽が注いでくれた水を受け取って水分を含ませながら食糧を全て口の中に含む。
今の私にとっては、これくらいの量で栄養が取れるならありがたかった。
いつもよりも少しだけゆっくりと食べていると紫陽が「国境まで来ましたね」と口にする。
「敵はまだ追ってきてるの?」
「相変わらず反応が二つほどあります。僅かに距離が縮まっていますがこの分なら追いつかれないと思いますよ」
「このまま国境までくるとなると……待ち伏せされていなければいいけど……」
もしもドルバイド帝国が獣人国家との戦いを恐れていない場合、先回りして飛空船が待ち伏せている可能性が高い。
そうした可能性を考えると飛空船の監視下からは離れたいところだった。
「今の内に探知範囲内から出ておくか?方法がないわけじゃないのだろう?」
「一応はね。ただ船の性能が一時的に落ちるから安全とはいえない」
飛空船の魔力炉の制限を外してエンジンを最大出力まで上げるのは動力が故障して墜落の可能性が高くなるので論外。
となると魔力炉の出力を全てエンジンに回る方法となる。だがこれは諸刃の剣だった。
故障のリスクは少ないが加速中は魔力砲や計器類が使えなくなる。そのため戦闘が行えずに目視による手動での航行をしなければならない。
「だが、このままでは状況が悪化する可能性もある。だったら……」
「少しでも安全な今の内に手を打ったほうがいい……かもね」
「でしたら黒羽に探知してもらいましょう。フリーダとの同調であれば飛空船ほどじゃなくても広範囲の探知が可能ですから」
フリーダは風の精霊ということもあって待機中の探知は得意のようだった。意識して探知範囲を広げた場合は、数分程度だが半径2キロメートルくらいは探れるそうだ。
「二人が良ければそれで良いぞ。いつでも行ける」
「じゃあ、それで行こうか……紫陽に操舵を任せて良い?私の方で動力管理するから」
黒羽も大丈夫と言うことで次の方針が決まった。
私たちはそれぞれの役目を果たすために席について準備をする。まずは黒羽が「同調」と小さく呟いて魔力を高めた。
フリーダの存在が船の外に出ると黒羽の知覚と大気が連動する。
「よし……準備完了だ!」
「全艦の通常機能を停止。探知システム停止。航行補助装置解除。全動力を主力エンジンに」
黒羽の合図を受けて一つずつスイッチを下げていく。飛空船の中の灯りが徐々に消えていき全てが消えた。次いで計器類も全てが消えて空中に浮かび上がっていた映像を霧のように掻き消える。
「圧力上昇……蓄積開始」
余裕が出た魔力をエンジンの手前で圧縮していく。120秒の時間をかけて圧縮した力は、強力な噴進剤となって爆発的な加速力を得る。
「動力接続……全解放まであと10!」
圧縮された膨大な魔力がエンジンへと流れ込んでいく。10秒後には一気に加速してこの場から彗星の如く消え去る。
その予定だった。けれど、ここで想定外の出来事が発生する。
「っ!?後方から何かが来る!?」
黒羽が慌てた声を上げた。ほぼ同時のタイミングで紫陽が舵輪を回して緊急回避をしようとする。
飛空船が旋回し同時に加速する直前。飛空船全体を大きな衝撃が包み込み、轟音が後方から伝わってきた。
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