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第11章 壊れかけのラメルシェル
33 空の逃走劇
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「紫陽様もティアも無事でなによりだ。ひとまず目標は達成できただろうか?」
「そうだね。ドルバイド帝国軍も大規模な行軍を維持できないはず。補給のために体制を立て直す時間ができる」
黒羽が暴れまわってくれていたおかげで拠点をそのまま使うことは難しくなっている。施設はそのまま使えず、食糧も不足することから帝国軍は陣を下げるしかないだろう。となれば、次の攻撃までは数日の猶予ができる。
それはつまり、アイラたちの撤退が完了まで再侵攻ができないということだ。
「あとは私たちが無事に桜花皇国まで辿りつくことだけど……こっちは少し難しいかもね」
飛空船の計器を見ると後を追ってくるような反応が二つある。表示を見ると不明機となっていて、恐らくは敵味方識別装置みたいなものだろう。
「逃げ切れないのですか?」
「そもそも飛び出してから直ぐに追跡されたせいで飛行方向が悪いのよね……」
黒羽を回収後、旋回行動をやめて距離を取る方向に舵をきったのだが現状では北に向かっていた。
このまま西に舵を切るとドルバイド帝国の上空を通ってしまうため、できれば一度南下して海上に向かいたいところだ。
だが、追われている現状では南下することは当然できない。
「飛空船の性能も恐らく同じ……ということは全力で逃げても意味はなさそうですね」
「むしろ魔力が一時的に枯渇するか炉心が傷ついてして飛べなくなる可能性もあるかも。これ以上の加速はおすすめできないかな」
「魔力炉も無限に魔力を生み出すわけじゃないですから仕方がないですね」
魔力炉は永久機関に近い存在だがいくらでも魔力を生み出せるわけじゃない。基本的には魔力を循環しその過程で少しだけ魔力を増幅させる。それを高速で繰り返すことで消費分の魔力を常に生み出す仕組みだ。
そのため、あまりにも魔力消費を多くすると増幅させる魔力量と消費魔力量のバランスが崩れて魔力が次第に不足するようになる。
「いっそのこと、南ではなく北側を抜けるのはどうだ?上手くいけば帝国軍を撒けるかもしれない」
「北って……そういうことですか。ですが、私たちが教われる可能性も高いですよ」
黒羽の提案に紫陽が納得のいったように返事をする。その表情はどこか心配げだった。
二人の会話の意味が分からずに怪訝な視線を向けると紫陽が「このあたりの地図を出すことはできますか?」と聞いてくる。
私は船の計器を操作して登録されていた地図情報を選択し空中に浮かび上がらせた。
「ラメルシェル王国の北はいくつかの小国が続いてます。ローエンディッシュ様の話では既にドルバイド帝国の影響下らしいですがそれほど脅威ではないでしょう。そして、更に北に進むと獣人国家の地域があります。ティアは獣人国家をどれくらい知っていますか?」
「基本的に人間とは友好じゃない……良くても敵対しないくらいの関係だったと思うけど?あとは私たち人間と同じでいくつかの国に分かれていたはず」
私が知るのは十年近く前の状態だが、獣人と人間の関係性はここ数百年は変わっていない。恐らく今も大差ないだろうと答えると「基本的にはそうですね」と紫陽が首肯した。
「ただ獣人の国もいくつかの派閥というか考え方に違いがります。文化や生活習慣も違ったりしますが、それだけでなく人間に対しての考え方も同じです。大きく分けると人間を敵対する者、中立を維持する者、中立でも多少やり取りがある者などですね」
「じゃあ獣人国家の中で中立な国を経由するってこと?」
「いえ……中立でも国の中に入った場合にどう扱われるかは不明瞭です。なので帝国と獣人国家の国境線を使うのはどうかと……」
一般的な国境は、建物も何もない土地が数キロメートルくらい幅で広がっていた。その場所は基本的に相互不干渉となっていて戦場にもなりやすい場所でもある。
「なるほどね。私たちみたいに飛空船一隻だけだったら獣人国家は様子見をする可能性が高い。そして、ドルバイド帝国も国境近くに軍を展開することは難しい……確かに悪くないかも」
もしドルバイド帝国が国境線まで私たちを追いかけてきた場合、帝国と獣人国家がぶつかり合う可能性すらある。
いかに領土拡大を目指しているドルバイド帝国でもラメルシェル王国との戦いを続けながら獣人国家にも喧嘩を売るようなことはないように思えた。
方針が決まったことで飛空船の針路を修正する。目的地までの自動航行とはいかないが高度や旋回角度を一定に保つように固定すれば少しは楽ができるし、三人でもローテーションを回すことができる。
先の戦闘で大立ち回りをしていたこと黒羽から休んでもらうことにした。
黒羽を見送り紫陽が隣で見守るなか、ひたすら空を進んでいく。
そのまま長い間、飛空船を飛ばしていると徐々に空が薄暗く変化していく。さらに時間が過ぎて陽が完全に降りてくると、月や星がよく見えるようになってきた。時折流れる雲が陰を造りながらも静かな夜へと移り変わる。
舵輪を握りながら夜空を見つめていると、パタパタと足音が聞こえてきた。
ふと視線を横に向けると黒羽が近付いてきた。
「もうそろそろ交替しよう。ティアも部屋で休んでくるといい」
「まだ交替の時間にしては早いと思うけど……」
飛行を始めてから数刻しか経っていない。本来なら日付が変わるかどうかの時間で交替するはずだった。
「私は体力よりも魔力の消費が大きかったからな。これだけ眠ることができれば問題ない」
「それに大分顔色も悪いですし休んだほうがいいと思いますよ?それに精霊の力を使った戦いは本人が自覚しているよりも消耗が激しいですから」
黒羽が大丈夫だと言って、隣にいた紫陽も追随して休むように促してきた。
そこまで体調を崩している感覚はないが、疲労感を覚えていることは事実だ。この先もしばらくは緊迫した時間が続くだろうし二人に任せたほうがいいかもしれない。
「……だったらお言葉に甘えおうかな」
「ああ。そうすると良い。その間のことは私と紫陽様に任せてくれ」
私はこの場を二人に任せて休眠をとることにした。
「そうだね。ドルバイド帝国軍も大規模な行軍を維持できないはず。補給のために体制を立て直す時間ができる」
黒羽が暴れまわってくれていたおかげで拠点をそのまま使うことは難しくなっている。施設はそのまま使えず、食糧も不足することから帝国軍は陣を下げるしかないだろう。となれば、次の攻撃までは数日の猶予ができる。
それはつまり、アイラたちの撤退が完了まで再侵攻ができないということだ。
「あとは私たちが無事に桜花皇国まで辿りつくことだけど……こっちは少し難しいかもね」
飛空船の計器を見ると後を追ってくるような反応が二つある。表示を見ると不明機となっていて、恐らくは敵味方識別装置みたいなものだろう。
「逃げ切れないのですか?」
「そもそも飛び出してから直ぐに追跡されたせいで飛行方向が悪いのよね……」
黒羽を回収後、旋回行動をやめて距離を取る方向に舵をきったのだが現状では北に向かっていた。
このまま西に舵を切るとドルバイド帝国の上空を通ってしまうため、できれば一度南下して海上に向かいたいところだ。
だが、追われている現状では南下することは当然できない。
「飛空船の性能も恐らく同じ……ということは全力で逃げても意味はなさそうですね」
「むしろ魔力が一時的に枯渇するか炉心が傷ついてして飛べなくなる可能性もあるかも。これ以上の加速はおすすめできないかな」
「魔力炉も無限に魔力を生み出すわけじゃないですから仕方がないですね」
魔力炉は永久機関に近い存在だがいくらでも魔力を生み出せるわけじゃない。基本的には魔力を循環しその過程で少しだけ魔力を増幅させる。それを高速で繰り返すことで消費分の魔力を常に生み出す仕組みだ。
そのため、あまりにも魔力消費を多くすると増幅させる魔力量と消費魔力量のバランスが崩れて魔力が次第に不足するようになる。
「いっそのこと、南ではなく北側を抜けるのはどうだ?上手くいけば帝国軍を撒けるかもしれない」
「北って……そういうことですか。ですが、私たちが教われる可能性も高いですよ」
黒羽の提案に紫陽が納得のいったように返事をする。その表情はどこか心配げだった。
二人の会話の意味が分からずに怪訝な視線を向けると紫陽が「このあたりの地図を出すことはできますか?」と聞いてくる。
私は船の計器を操作して登録されていた地図情報を選択し空中に浮かび上がらせた。
「ラメルシェル王国の北はいくつかの小国が続いてます。ローエンディッシュ様の話では既にドルバイド帝国の影響下らしいですがそれほど脅威ではないでしょう。そして、更に北に進むと獣人国家の地域があります。ティアは獣人国家をどれくらい知っていますか?」
「基本的に人間とは友好じゃない……良くても敵対しないくらいの関係だったと思うけど?あとは私たち人間と同じでいくつかの国に分かれていたはず」
私が知るのは十年近く前の状態だが、獣人と人間の関係性はここ数百年は変わっていない。恐らく今も大差ないだろうと答えると「基本的にはそうですね」と紫陽が首肯した。
「ただ獣人の国もいくつかの派閥というか考え方に違いがります。文化や生活習慣も違ったりしますが、それだけでなく人間に対しての考え方も同じです。大きく分けると人間を敵対する者、中立を維持する者、中立でも多少やり取りがある者などですね」
「じゃあ獣人国家の中で中立な国を経由するってこと?」
「いえ……中立でも国の中に入った場合にどう扱われるかは不明瞭です。なので帝国と獣人国家の国境線を使うのはどうかと……」
一般的な国境は、建物も何もない土地が数キロメートルくらい幅で広がっていた。その場所は基本的に相互不干渉となっていて戦場にもなりやすい場所でもある。
「なるほどね。私たちみたいに飛空船一隻だけだったら獣人国家は様子見をする可能性が高い。そして、ドルバイド帝国も国境近くに軍を展開することは難しい……確かに悪くないかも」
もしドルバイド帝国が国境線まで私たちを追いかけてきた場合、帝国と獣人国家がぶつかり合う可能性すらある。
いかに領土拡大を目指しているドルバイド帝国でもラメルシェル王国との戦いを続けながら獣人国家にも喧嘩を売るようなことはないように思えた。
方針が決まったことで飛空船の針路を修正する。目的地までの自動航行とはいかないが高度や旋回角度を一定に保つように固定すれば少しは楽ができるし、三人でもローテーションを回すことができる。
先の戦闘で大立ち回りをしていたこと黒羽から休んでもらうことにした。
黒羽を見送り紫陽が隣で見守るなか、ひたすら空を進んでいく。
そのまま長い間、飛空船を飛ばしていると徐々に空が薄暗く変化していく。さらに時間が過ぎて陽が完全に降りてくると、月や星がよく見えるようになってきた。時折流れる雲が陰を造りながらも静かな夜へと移り変わる。
舵輪を握りながら夜空を見つめていると、パタパタと足音が聞こえてきた。
ふと視線を横に向けると黒羽が近付いてきた。
「もうそろそろ交替しよう。ティアも部屋で休んでくるといい」
「まだ交替の時間にしては早いと思うけど……」
飛行を始めてから数刻しか経っていない。本来なら日付が変わるかどうかの時間で交替するはずだった。
「私は体力よりも魔力の消費が大きかったからな。これだけ眠ることができれば問題ない」
「それに大分顔色も悪いですし休んだほうがいいと思いますよ?それに精霊の力を使った戦いは本人が自覚しているよりも消耗が激しいですから」
黒羽が大丈夫だと言って、隣にいた紫陽も追随して休むように促してきた。
そこまで体調を崩している感覚はないが、疲労感を覚えていることは事実だ。この先もしばらくは緊迫した時間が続くだろうし二人に任せたほうがいいかもしれない。
「……だったらお言葉に甘えおうかな」
「ああ。そうすると良い。その間のことは私と紫陽様に任せてくれ」
私はこの場を二人に任せて休眠をとることにした。
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