王女の夢見た世界への旅路

ライ

文字の大きさ
上 下
311 / 475
第11章 壊れかけのラメルシェル

20 空の墓標

しおりを挟む
 アルケーノと共にアイラが部屋から出て行くのを見送った紫陽が視線を戻すとプレアデスが姿を見せていた。

「彼なかなかの腕前ね。全く気配を感じなかったわ」

「アルケーノ様はアイラさんの父君。ここを任されている前線の指揮官ですし、この場では最強クラスのお一人でしょうね」

 気配を気づかなかったのは紫陽も同じだ。霊術による探知を行っていなくても大半の人の気配を掴むことはできる。アルケーノの技量がそれだけ高いと言うことだろう。
 気配の扱いだけでいれば紫陽が出会った中でも最高クラスの実力者だった。

「紫陽」

 プレアデスの言葉に思わず紫陽の背筋が伸びる。今までのような優しい雰囲気ではなくどこか真面目で硬い印象だった。

「あなたに伝えておきたいことがあるわ……」

 そうして続けられた言葉に紫陽は驚きを隠せなかった。



 一方でアルケーノに連れられたアイラは建物の外にある広場を訪れていた。
 元々、西部戦線の拠点はアルステード領だった場所だ。
 例えば司令塔として使っている建物は領地にあった軍の司令基地だった場所で壊れていない建物は再利用されている。

 そして、アイラの記憶にもあるこの場所は。
 かつて領地の城だった場所。アイラたち領主一族が居を構えていて、文官や武官も多くが務めていた場所だ。

「ここは城の裏庭の……」

「ああ。領主一族代々の墓地だった場所だ。今ではこの戦いで命を落とした者を残すための場所でもあるがな」

 アイラの目の前には多くの墓標が広がっていた。
 二人以外誰もいなくて静寂に包まれた場所。石には名前が刻まれていて所々に様々な花々が置かれている。

「今、この場所で戦っている者はアルステード領を含め西側の領地に居た者が多い。故郷を失った者たちのため、戦の中で散った者たちのため、こうして名前だけでも残すことにしたんだ」

 この大陸では骸が残っていると魂が解放されない、そのような言い伝えがあった。
 だからこそ戦場で命を落とした者たちもできる限り連れ帰る。もしもそれが無理だったとしても、その人が身につけていた物や大切にしていた物を代わりに連れ帰ることが一般的だ。

「あの戦いでこれだけの人が……」

 アイラも経験し囚われるきっかけとなったミタナハル王国からの侵攻。
 それから数年経った今、これだけの人が散ったのだと考えるとやるせない気持ちになった。

「ああ。ここに連れ帰ることができたのは僅かだがな」

 アルケーノは何かを堪えるような表情を見せて呟くと「こっちだ」と言って奥に進んでいく。アイラも歩みにあわせて隣を歩き進めた。

 そして、そのまま少し歩いて辿り着いた先には見覚えのある景色と共に始めて見る石が目に入った。

「……やはり、そうだったのですね」

 アイラの声が静寂な場所に響き渡るがアルケーノは無言のまま首肯する。

 石に刻まれていたのは、イラルゼ・アルステードという名前と年齢。それはアイラの母だった。

 なんとなく予感はしていた。
 アルケーノと再会してから何度か話す機会があった。久しぶりの会話でぎこちなくも話を交わしていた。
 だが、母のことは一度も話題には出てこなかった。だから、きっとそうなのだと心のどこかでは思っていた。
 けれど、実際に目にして現実を突きつけられるとやるせない気持ちで一杯になる。それなのに、悲しい気持ちで胸が一杯なのに涙は出てこない。

「ここにあるのは空の墓標だがな……侵攻があったあの日。アイラはどこまでのことを知っている?」

「戦いになるかもしれないから私とルゼノお兄様は部屋の中にいるようにって言われました……でも、敵が急に来たから逃げなさいってお母様が……私が、護るからって……」

 アイラもあの日のことは鮮明に覚えていて、きっと忘れることはないだろう。
 城の中が慌しくなりアイラや兄のルゼノは一緒の部屋で大人しく過ごしていた。
 本来であれば敵が来るはずがなかった。国境から領都まで歩けば一日はかかる。騎馬隊であればともかく重戦士を含む大軍が国境から領都まで移動することは不可能なはずだったのだ。

「あのとき、俺たちは兵を引き連れて国境に向かったんだ。だが、国境にいたのが別働隊だった。それ以上の大軍が領都近くに転移したんだ」

 転移魔術を扱える人が二箇所にいれば大軍の転移を比較的簡単に行うことができる。結界や対転移用の妨害がある都市内部は難しくても都市の近くへの転移は対策が難しいだろう。

「途中で膨大な魔力と空間の揺らぎを感じた俺たちは急いで引き返した。だが……領都に着いたときには敵の攻撃が始まっていた。それでも住民と兵士たちの連携は強固でそれぞれも強い。人数差もあって不利ではあったが、なんとか外周部までで侵攻を食い止めることはできていたんだ」

 アルケーノの手に力が込められる。手が小さく震えるほど拳が硬く握られていた。

「敵の中に魔剣使いがいて城の中に侵入されてしまった。イラルゼはそいつと戦って……敗れた」

「もしかして、私たちが逃がすために……」
「親が子を護るのは当たり前のことだ。アイラたちのせいではないし……イラルゼの思いをなかったことにはするな」

 アルケーノはアイラの言葉を遮って強い言葉で気に病むなと告げる。
 そして、ぎこちないながらもアイラの頭に優しく手を乗せる。

 アイラもビクッと体を震わすがアルケーノの大きな手に少しだけ落ち着きを取り戻した。すると、ふと一つの疑問を感じる。

「お父様。お母様は城で亡くなったのですよね?どうして空の墓標なのですか?」

「イラルゼの体を奪われたからだ」

 アルケーノはあの光景を忘れることはできないだろう。
 邪魔をする敵を全て斬り伏せてようやく城の中に入った。
 しかし、その先で待っていたのは、愛する人が心臓を貫かれていて血だらけになっている光景だったのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

初期ステータスが0!かと思ったら、よく見るとΩ(オメガ)ってなってたんですけどこれは最強ってことでいいんでしょうか?

夜ふかし
ファンタジー
気がついたらよくわからない所でよくわからない死を司る神と対面した須木透(スキトオル)。 1人目は美味しいとの話につられて、ある世界の初転生者となることに。 転生先で期待して初期ステータスを確認すると0! かと思いきや、よく見ると下が開いていたΩ(オメガ)だった。 Ωといえば、なんか強そうな気がする! この世界での冒険の幕が開いた。

田村涼は異世界で物乞いを始めた。

イペンシ・ノキマ
ファンタジー
異世界に転生した田村涼に割り振られた職業は「物乞い」。それは一切の魔術が使えず、戦闘能力は極めて低い、ゴミ職業であった。おまけにこの世界は超階級社会で、「物乞い」のランクは最低の第四階級。街の人々は彼を蔑み、馬鹿にし、人間扱いさえしようとしない。そのうえ、最近やってきた教会長はこの街から第四階級の人々を駆逐しようとさえしている。そんななか、田村涼は「物乞い」には”隠されたスキル”があることに気がつく。そのことに気づいたところから、田村涼の快進撃が始まる――。

特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

黄玉八重
ファンタジー
水無月宗八は意識を取り戻した。 そこは誰もいない大きい部屋で、どうやら異世界召喚に遭ったようだ。 しかし姫様が「ようこそ!」って出迎えてくれないわ、不審者扱いされるわ、勇者は1ヶ月前に旅立ってらしいし、じゃあ俺は何で召喚されたの? 優しい水の国アスペラルダの方々に触れながら、 冒険者家業で地力を付けながら、 訪れた異世界に潜む問題に自分で飛び込んでいく。 勇者ではありません。 召喚されたのかも迷い込んだのかもわかりません。 でも、優しい異世界への恩返しになれば・・・。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

処理中です...