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第11章 壊れかけのラメルシェル
20 空の墓標
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アルケーノと共にアイラが部屋から出て行くのを見送った紫陽が視線を戻すとプレアデスが姿を見せていた。
「彼なかなかの腕前ね。全く気配を感じなかったわ」
「アルケーノ様はアイラさんの父君。ここを任されている前線の指揮官ですし、この場では最強クラスのお一人でしょうね」
気配を気づかなかったのは紫陽も同じだ。霊術による探知を行っていなくても大半の人の気配を掴むことはできる。アルケーノの技量がそれだけ高いと言うことだろう。
気配の扱いだけでいれば紫陽が出会った中でも最高クラスの実力者だった。
「紫陽」
プレアデスの言葉に思わず紫陽の背筋が伸びる。今までのような優しい雰囲気ではなくどこか真面目で硬い印象だった。
「あなたに伝えておきたいことがあるわ……」
そうして続けられた言葉に紫陽は驚きを隠せなかった。
一方でアルケーノに連れられたアイラは建物の外にある広場を訪れていた。
元々、西部戦線の拠点はアルステード領だった場所だ。
例えば司令塔として使っている建物は領地にあった軍の司令基地だった場所で壊れていない建物は再利用されている。
そして、アイラの記憶にもあるこの場所は。
かつて領地の城だった場所。アイラたち領主一族が居を構えていて、文官や武官も多くが務めていた場所だ。
「ここは城の裏庭の……」
「ああ。領主一族代々の墓地だった場所だ。今ではこの戦いで命を落とした者を残すための場所でもあるがな」
アイラの目の前には多くの墓標が広がっていた。
二人以外誰もいなくて静寂に包まれた場所。石には名前が刻まれていて所々に様々な花々が置かれている。
「今、この場所で戦っている者はアルステード領を含め西側の領地に居た者が多い。故郷を失った者たちのため、戦の中で散った者たちのため、こうして名前だけでも残すことにしたんだ」
この大陸では骸が残っていると魂が解放されない、そのような言い伝えがあった。
だからこそ戦場で命を落とした者たちもできる限り連れ帰る。もしもそれが無理だったとしても、その人が身につけていた物や大切にしていた物を代わりに連れ帰ることが一般的だ。
「あの戦いでこれだけの人が……」
アイラも経験し囚われるきっかけとなったミタナハル王国からの侵攻。
それから数年経った今、これだけの人が散ったのだと考えるとやるせない気持ちになった。
「ああ。ここに連れ帰ることができたのは僅かだがな」
アルケーノは何かを堪えるような表情を見せて呟くと「こっちだ」と言って奥に進んでいく。アイラも歩みにあわせて隣を歩き進めた。
そして、そのまま少し歩いて辿り着いた先には見覚えのある景色と共に始めて見る石が目に入った。
「……やはり、そうだったのですね」
アイラの声が静寂な場所に響き渡るがアルケーノは無言のまま首肯する。
石に刻まれていたのは、イラルゼ・アルステードという名前と年齢。それはアイラの母だった。
なんとなく予感はしていた。
アルケーノと再会してから何度か話す機会があった。久しぶりの会話でぎこちなくも話を交わしていた。
だが、母のことは一度も話題には出てこなかった。だから、きっとそうなのだと心のどこかでは思っていた。
けれど、実際に目にして現実を突きつけられるとやるせない気持ちで一杯になる。それなのに、悲しい気持ちで胸が一杯なのに涙は出てこない。
「ここにあるのは空の墓標だがな……侵攻があったあの日。アイラはどこまでのことを知っている?」
「戦いになるかもしれないから私とルゼノお兄様は部屋の中にいるようにって言われました……でも、敵が急に来たから逃げなさいってお母様が……私が、護るからって……」
アイラもあの日のことは鮮明に覚えていて、きっと忘れることはないだろう。
城の中が慌しくなりアイラや兄のルゼノは一緒の部屋で大人しく過ごしていた。
本来であれば敵が来るはずがなかった。国境から領都まで歩けば一日はかかる。騎馬隊であればともかく重戦士を含む大軍が国境から領都まで移動することは不可能なはずだったのだ。
「あのとき、俺たちは兵を引き連れて国境に向かったんだ。だが、国境にいたのが別働隊だった。それ以上の大軍が領都近くに転移したんだ」
転移魔術を扱える人が二箇所にいれば大軍の転移を比較的簡単に行うことができる。結界や対転移用の妨害がある都市内部は難しくても都市の近くへの転移は対策が難しいだろう。
「途中で膨大な魔力と空間の揺らぎを感じた俺たちは急いで引き返した。だが……領都に着いたときには敵の攻撃が始まっていた。それでも住民と兵士たちの連携は強固でそれぞれも強い。人数差もあって不利ではあったが、なんとか外周部までで侵攻を食い止めることはできていたんだ」
アルケーノの手に力が込められる。手が小さく震えるほど拳が硬く握られていた。
「敵の中に魔剣使いがいて城の中に侵入されてしまった。イラルゼはそいつと戦って……敗れた」
「もしかして、私たちが逃がすために……」
「親が子を護るのは当たり前のことだ。アイラたちのせいではないし……イラルゼの思いをなかったことにはするな」
アルケーノはアイラの言葉を遮って強い言葉で気に病むなと告げる。
そして、ぎこちないながらもアイラの頭に優しく手を乗せる。
アイラもビクッと体を震わすがアルケーノの大きな手に少しだけ落ち着きを取り戻した。すると、ふと一つの疑問を感じる。
「お父様。お母様は城で亡くなったのですよね?どうして空の墓標なのですか?」
「イラルゼの体を奪われたからだ」
アルケーノはあの光景を忘れることはできないだろう。
邪魔をする敵を全て斬り伏せてようやく城の中に入った。
しかし、その先で待っていたのは、愛する人が心臓を貫かれていて血だらけになっている光景だったのだから。
「彼なかなかの腕前ね。全く気配を感じなかったわ」
「アルケーノ様はアイラさんの父君。ここを任されている前線の指揮官ですし、この場では最強クラスのお一人でしょうね」
気配を気づかなかったのは紫陽も同じだ。霊術による探知を行っていなくても大半の人の気配を掴むことはできる。アルケーノの技量がそれだけ高いと言うことだろう。
気配の扱いだけでいれば紫陽が出会った中でも最高クラスの実力者だった。
「紫陽」
プレアデスの言葉に思わず紫陽の背筋が伸びる。今までのような優しい雰囲気ではなくどこか真面目で硬い印象だった。
「あなたに伝えておきたいことがあるわ……」
そうして続けられた言葉に紫陽は驚きを隠せなかった。
一方でアルケーノに連れられたアイラは建物の外にある広場を訪れていた。
元々、西部戦線の拠点はアルステード領だった場所だ。
例えば司令塔として使っている建物は領地にあった軍の司令基地だった場所で壊れていない建物は再利用されている。
そして、アイラの記憶にもあるこの場所は。
かつて領地の城だった場所。アイラたち領主一族が居を構えていて、文官や武官も多くが務めていた場所だ。
「ここは城の裏庭の……」
「ああ。領主一族代々の墓地だった場所だ。今ではこの戦いで命を落とした者を残すための場所でもあるがな」
アイラの目の前には多くの墓標が広がっていた。
二人以外誰もいなくて静寂に包まれた場所。石には名前が刻まれていて所々に様々な花々が置かれている。
「今、この場所で戦っている者はアルステード領を含め西側の領地に居た者が多い。故郷を失った者たちのため、戦の中で散った者たちのため、こうして名前だけでも残すことにしたんだ」
この大陸では骸が残っていると魂が解放されない、そのような言い伝えがあった。
だからこそ戦場で命を落とした者たちもできる限り連れ帰る。もしもそれが無理だったとしても、その人が身につけていた物や大切にしていた物を代わりに連れ帰ることが一般的だ。
「あの戦いでこれだけの人が……」
アイラも経験し囚われるきっかけとなったミタナハル王国からの侵攻。
それから数年経った今、これだけの人が散ったのだと考えるとやるせない気持ちになった。
「ああ。ここに連れ帰ることができたのは僅かだがな」
アルケーノは何かを堪えるような表情を見せて呟くと「こっちだ」と言って奥に進んでいく。アイラも歩みにあわせて隣を歩き進めた。
そして、そのまま少し歩いて辿り着いた先には見覚えのある景色と共に始めて見る石が目に入った。
「……やはり、そうだったのですね」
アイラの声が静寂な場所に響き渡るがアルケーノは無言のまま首肯する。
石に刻まれていたのは、イラルゼ・アルステードという名前と年齢。それはアイラの母だった。
なんとなく予感はしていた。
アルケーノと再会してから何度か話す機会があった。久しぶりの会話でぎこちなくも話を交わしていた。
だが、母のことは一度も話題には出てこなかった。だから、きっとそうなのだと心のどこかでは思っていた。
けれど、実際に目にして現実を突きつけられるとやるせない気持ちで一杯になる。それなのに、悲しい気持ちで胸が一杯なのに涙は出てこない。
「ここにあるのは空の墓標だがな……侵攻があったあの日。アイラはどこまでのことを知っている?」
「戦いになるかもしれないから私とルゼノお兄様は部屋の中にいるようにって言われました……でも、敵が急に来たから逃げなさいってお母様が……私が、護るからって……」
アイラもあの日のことは鮮明に覚えていて、きっと忘れることはないだろう。
城の中が慌しくなりアイラや兄のルゼノは一緒の部屋で大人しく過ごしていた。
本来であれば敵が来るはずがなかった。国境から領都まで歩けば一日はかかる。騎馬隊であればともかく重戦士を含む大軍が国境から領都まで移動することは不可能なはずだったのだ。
「あのとき、俺たちは兵を引き連れて国境に向かったんだ。だが、国境にいたのが別働隊だった。それ以上の大軍が領都近くに転移したんだ」
転移魔術を扱える人が二箇所にいれば大軍の転移を比較的簡単に行うことができる。結界や対転移用の妨害がある都市内部は難しくても都市の近くへの転移は対策が難しいだろう。
「途中で膨大な魔力と空間の揺らぎを感じた俺たちは急いで引き返した。だが……領都に着いたときには敵の攻撃が始まっていた。それでも住民と兵士たちの連携は強固でそれぞれも強い。人数差もあって不利ではあったが、なんとか外周部までで侵攻を食い止めることはできていたんだ」
アルケーノの手に力が込められる。手が小さく震えるほど拳が硬く握られていた。
「敵の中に魔剣使いがいて城の中に侵入されてしまった。イラルゼはそいつと戦って……敗れた」
「もしかして、私たちが逃がすために……」
「親が子を護るのは当たり前のことだ。アイラたちのせいではないし……イラルゼの思いをなかったことにはするな」
アルケーノはアイラの言葉を遮って強い言葉で気に病むなと告げる。
そして、ぎこちないながらもアイラの頭に優しく手を乗せる。
アイラもビクッと体を震わすがアルケーノの大きな手に少しだけ落ち着きを取り戻した。すると、ふと一つの疑問を感じる。
「お父様。お母様は城で亡くなったのですよね?どうして空の墓標なのですか?」
「イラルゼの体を奪われたからだ」
アルケーノはあの光景を忘れることはできないだろう。
邪魔をする敵を全て斬り伏せてようやく城の中に入った。
しかし、その先で待っていたのは、愛する人が心臓を貫かれていて血だらけになっている光景だったのだから。
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