王女の夢見た世界への旅路

ライ

文字の大きさ
上 下
304 / 460
第11章 壊れかけのラメルシェル

13 砦での防衛戦

しおりを挟む
 ティアと瑠偉がぶつかり合いが激しさを増した頃。

 拠点から少し離れた戦場では連続した爆音が鳴り響いていた。
 地面を揺らすような衝撃と土煙、炸裂して飛び散った土や砂が舞い踊るなか、生き残った兵たちは拠点まで戻ろうと死に物狂いで走り続ける。

 中には怪我をしている者もいた。
 だが、比較的元気な人が肩を貸し、助け合いながら一人でも多く生き残ろうと力を合わせている。

 そして拠点の北西側を守る砦では一人の男が撤退する人を迎える準備と襲い掛かってくる敵を迎え撃つための準備をしていた。

「報告です!援軍のティア殿、紫陽殿、黒羽殿が帝国軍本体に接敵。自軍が撤退を開始しました!」

「よし……敵を抑えてくれている間に立て直すぞ。もうすぐ味方が帰還する!奥の広場を空けておいて治癒魔術士を集結させよ。物資もなるべく集めて置け!」

「かしこまりました!各伝令兵はアルステード卿の命を各所に伝えよ!」

 拠点外郭部の北西に位置する砦は拠点の内外を隔てる門も兼ね備えている。
 その砦の最上部では一人の男が指示を出していた。
 名前をアルケーノ・アルステード男爵。アイラの父だった。
 アルケーノは西部戦線を束ねている二人の貴族のうちの一人。もう一人が長として全てを統括しアルケーノが現場の最高指揮官といった役割を担っている。

「緊急伝令!左右より帝国軍が接近しています!」

「け、結界を早く起動しなくては!?」

「馬鹿か!今ここで結界なんぞ起動したら外にいる兵がどうなる?我々だけ助かっても意味はないし数日だけ引き伸ばすくらいしかならんわ!」

 砦で見張りをしている兵達が焦るなかでアルケーノの怒声が響き渡った。
 結界と言うのは拠点や街ごと魔術による障壁で包み込む結界で地上や空中からの侵入や攻撃を防ぐ効果がある。
 だが、使用中は当然結界の内外に行き来できないため味方であっても通ることはできない。
 そして結界の生成や維持に魔力を大量に使用する。ここの大きさであれば二日程度持てばいいくらいだった。

「ですが……ここにいる戦力では門を突破されてしまいます!」

「それは分かっている……仕方あるまい。私が出る」

 その言葉に動揺が走ったようで周りから息を呑む音が聞こえた。
 アルケーノは指揮官だけでなくこの部隊の最強戦力でもある。背中に背負う重厚な剣によって近距離を蹂躙し炎の魔術によって中遠距離を爆破することで万能的に戦うことができる騎士だ。
 この戦線の総指令と比べると扱える属性と魔力量では負けているが近接戦闘ではアルケーノに分がある。結果的に二人とも同等の実力を持っていた。
 だからこそ、最高戦力の一人であるアルケーノが出るという事は背水の陣そのものでもあり、もしも負けたときには西部戦線全体の敗北が濃厚となってしまうだろう。

「ですが……アルケーノ様は切り札的存在。今出撃されてしまうと……」

 隣に控えていた副官が「後に打つ手がなくなる」と言葉をつなげようとするが、アルケーノが手で制した。

「切り札を温存しすぎて負けても意味はない。今、ここで切るしかないだろう」

 たとえ切り札を出させられるのだとしても。他に手段はないのだと諭した。
 これには他の人も反論できずに言葉に詰まる。

「そういうわけだ。魔術士は砦の上から魔術戦を、剣士は砦に近付いてくる敵への応戦を命ずる。ここの指揮は副官のレイガに委譲する。以上!」

 アルケーノは足早に指示を出すと返事が聞こえる前に砦から飛び降りた。
 ズシンと重い音を立てて門を守っていた衛兵を驚かせると「すまないな」と片手を上げて剣を抜く。

「勢いよく飛び出してきたがどうするか……もう数分で撤退してくる自軍が来る。それまでここを守らないと挟撃されるか?せめて撤退する軍がぼろぼろじゃなければな……」

 このまま左右から帝国軍が攻めてくるほうが僅かに速いだろう。
 となると門の守りが上手くいったとしても撤退してきた軍は帝国軍とかち合うことになる。それはそれで帝国軍を挟撃できるのだが自軍にはそれを切り抜ける力がほとんど残っていないはずだった。

「後先考えなければ道の一本は作れるだろうが……」

 アルケーノはラメルシェル王国の領主にして騎士だ。
 国王に仕える気持ちも国もために命をかける覚悟もある。だが、それは今ではない。
 なによりアルケーノ自身にもまだやらなければならないことがあった。ここで力尽きて果てるわけにはいかないのだ。

「ま、やるしかないか」

 左右から聞こえてくる声が次第に大きくなっていく。
 同時に地響きも感じるようになってきて帝国の紋章を掲げた旗と黒い鎧を纏った兵たちの姿が見えてきた。

「弓兵構え!」
「魔術士隊用意!」

 砦の上からは号令が聞こえてくる。それぞれ遠距離を担当する兵たちが合図に合わせて構えると「撃て!」の号令に合わせて一斉に放たれた。

 集団の後方にいる兵たちの相手は上にいる者たちに任せた方が効率が良いだろう。そして攻撃を抜けて砦にたどり着いた者の相手は、門の前で構えている兵たちが対処するしかない。
 アルケーノの役目は敵を注意を引き集団としての機能を失わせることだろう。

 アルケーノはそう考えて重厚な剣を抜いて帝国軍へ斬りかかった。2メートル近くある剣を両手で構えて走る勢いに遠心力を乗せてまわすように振りかぶる。

「俺はラメルシェル王国の騎士、アルケーノ・アルステード!指揮官である!」

 アルケーノは剣を払いながら帝国軍に聞かせようと大きな声で名乗りを上げた。
 更に魔術による爆破をいくつか発生させて周りに居た兵士たちを吹き飛ばす。

「ここを通りたければかかって来い!」

 集団を吹き飛ばしながら剣を振り回すその姿はまさしく嵐そのもののようだった。
 帝国軍も流石に無視はできないようで部隊の一部を分けてアルケーノにぶつけてくる。
 けれど、アルケーノに割いた部隊は全体の一割程度だ。のこりの大多数はそのまま砦を落とそうと進軍している。

「ちっ!行かせんぞ!」

 アルケーノは剣に炎を纏わせると5メートル近くになる炎の刀身を生み出した。そのまま炎の大剣を振り回し、たたき付けながら敵を屠っていく。
 そして、一瞬だけでも隙を作ると砦に群がっている部隊を目掛けて剣を振り下ろし爆炎を放った。

「少しの犠牲は無視だ。全軍進め!」

 帝国軍は背中からの爆撃に混乱しそうになるが、指揮官の無情な命令で立て直す。少しやられたとしても最終的に砦を落とせば良いとの考えのようだが、アルケーノにとっても無視できない動きだった。

「させん!」

 砦近くに展開する軍団をどうにかしようと、アルケーノは慌てて後ろに視線を向ける。魔力を大きく消耗したとしても対処しなければいけないからだ。

「ぐっ!?」

 殴られたような衝撃と共に腹部に痛みがはしる。外の冷えた空気に反して熱さも襲い掛かってきて思わず唸り声が漏れた。
 アルケーノが視線を下に向けると鎧に穴が開いていて赤黒い染みが広がっていた。

「狙撃だと!?」

 アルケーノは驚きを隠せなかった。
 それは狙撃されたことではない。軽いとはいえ頑丈な素材で作られた鎧に加え身体強化や魔装によって並みの攻撃は通らないからだ。
 大口径の銃であれば怪我はするかもしないが簡単に貫通されるのは想定外だった。

「今の内にやれ!」
「この隙を逃すな!」

 周りを囲んでいた兵士たちは、アルケーノが傷を負ったことを見ると声を上げて同時に襲い掛かろうとする。
 アルケーノは冷や汗を流しながらも咄嗟に片手で剣を薙ぎ払い攻撃ごと斬りおとす。
 そして空いた手で傷口を押さえるとジュっとした音と焼けた匂いが漂った。
 火の魔術によって傷口を焼く応急処置だ。

「もう諦めろ騎士殿。砦を囲み貴殿も怪我を負った今、万に一つ勝ち目などない」

 帝国軍の小隊長が剣を突きつけながらアルケーノに降伏を促す。
 アルケーノは「冗談じゃない」と断ろうとして口を開こうとした時、突如アルケーノの身を光が包み込んだ。

「っ!?何をしている!?」

「いや、俺は何もしてないぞ!?」

 帝国の小隊長が目を見開くなか、アルケーノと砦の近くにいくつかの雷撃が降り注ぎ「お父様をこれ以上傷つけさせません!」と凛とした明るい少女の声が響き渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...