王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第10章 元王族の囚われ生活

20 ラメルシェル王国の現状

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 私たちに剣を向ける男たちは全員が同じ軽鎧をつけている。剣の腕も普通の兵士とくらべれば多少強そうだった。
 そしてもう一つ良い意味で誤算があった。
 港の中は結界で守られていて敵の砲弾が効いていないのが全くの無傷だったのだ。

「わたしはアルステード領主の娘、アイラです。諸事情によってミタナハル王国に囚われていましたが、運よく脱出することができました。この街の責任者と領主にお目通り願いたいのですが、よろしいですか?」

 剣を構えた男たちから庇うようにアイラが一歩前にでた。
 知らない人から見れば毅然とした態度に見えるだろう。だが緊張で震えそうになっているのを我慢しているのを感じた。恐らく付き合いの長い私くらいしか気が付かない程度だけど。

「アルステード男爵の娘?」
「確かに敵に奪われたところだが……」
「しかしな……」

 男たちから感じる敵意は少し薄くなったが、今度は戸惑いが強くなる。
 きっとアイラの言っている内容が正しいか判断がつかないのだろう。
 このままでは埒があかないため助け船を出すことにした。

「一先ず上の者に会わせてもらえませんか?」

「だが不審な人物をあわせるわけにも……」

「ですがアイラが本当に男爵の娘だった場合、不当に拘束することになります。領主の命ならともかく、あなたたちの判断で拘束したとなれば責任問題にもなるかも知れませんよ?」

 だけどこの言い分が通用するのはアルステード男爵家が貴族として認められている場合のみだ。
 現状を把握できていない今では、吉と出るか凶と出るか分からない。だから、もう一つ手札を切ることにした。

「それにたまたま一緒になった他国の重鎮もいます。この大陸を西に行ったところにある島国、桜華皇国の巫女と護衛の二人です」

「わたしは桜華皇国の巫女の紫陽、こちらの彼女が護衛の黒羽です。アイラさんには借りがありますので協力しています」

 男たちは目を見開いて言葉に出さないものの「桜華皇国!?」と口が動いたのでなによりだ。

「か、かしこまりました……すぐ確認するのでお待ちください!」

 数人をこの場に残し一人の男が慌てて確認しに向かう。少しだけ待っていると一人の女性を連れてきた。
 その人は大きな槍を背負った人で足運びを見てもかなりの実力者だろう。

「お待たせしました。南部戦線部隊長のアンクリースです。皆様、はじめまして」

「アンクリース近衛騎士団長様ですよね?」

 アンクリースの挨拶にアイラが一歩前に出て答える。
 近衛騎士団長ともなれば、この国の貴族令嬢であるアイラが知っていて納得だ。実力も人のなりも、信用できる可能性が高い。

「元が付きますけどね……わたくしたちはあなたがたを歓迎いたします」

 アンクリースは少しだけ困ったような顔をした。
 わざわざ元を強調すると言うことは何か訳ありなのだろう。

「ここの取りまとめをしている人のところに連れていきますのでついてきてください」

「船の中に保護している子供たちも一緒でいいですか?」

「構いませんよ」

 アンクリースから許可をもらった私たちは、子どもたちも含めて全員でついていく。
 そのまま港を通り抜けると、石造りの街が出迎えてくれた。街は所々壊れていたりするが思ったよりも平和だ。
 上空を煙が覆っていたように見えたが火事も発生していないように感じる。

「船からの光景と違って驚きましたか?」

 私たちが街を物珍しそうに見ているのに気付いたのかアンクリースが声をかけて来た。
 アイラが「船からだと街が燃えているように見えたので……」と答えるとアンクリースが説明してくれた。

 どうもこの街は海底火山の近くにあるらしく街の地下には火山の熱を利用した設備がたくさんあるそうだ。
 普段は鍛冶などや温泉に使っているそうだが熱を利用した防衛設備もいくつかあるらしい。

「結界の外は煙を投影して煙幕代わりにしていますからね……街全体を守る防御結界があるので砲撃くらいなら耐えることができます。と、こちらが司令部ですね。中はどうぞ」

 説明を受けている間に目的の場所に着いたようだ。
 レンガによって造られている5階建ての建物。だけど建物自体にも強力な魔力を帯びていて、恐らくは防御系の結界が張ってあるのだろう。

 そしてアンクリースに案内されたまま部屋に入ると一人の男性がいた。恐らく70は超えていそうなお爺さんだ。だけどその身体のガッチリとした肉付きがただのお爺さんではないと示している。

「ほほほ……初めましてじゃな。儂はローエンディッシュ。臨時でこの場を纏めているただのじじいだ」

 ただの、という割にはなかなかの気迫だ。年齢的には全盛期が過ぎているどころか衰えてもいるはずだ。それなのに足運びも只者ではなく、もしかしたらアンクリース以上に強いかもしれない。

 そしてローエンディッシュの紹介に一番驚いたのは隣にいるアイラだった。

「剣聖ローエンディッシュ様ですか!?」

「昔の話じゃな。今は孫娘のためにちょっと頑張っているじじいだ」

 ローエンディッシュは笑い飛ばしながら「よろしくな」と挨拶した。
 中々に剛毅な性格の持ち主のようだ。

「それでは他の方に伝わりませんよ……この方はわたくしのおじい様で先々代の騎士団長です。剣一本でラメルシェル王国を危機から救った英雄でもあります」

 基本的に騎士団長ともなれば近接格闘だけでなく魔術も扱えなければならない。
 それはラメルシェル王国でも例外ではないらしいがローエンディッシュは魔力が少なく魔術も扱えないなか、剣の腕だけでその立場に上り詰めたそうだ。

「儂の昔話などどうでもいいじゃろうて……それよりも今の状況をするべきなんじゃろうが、桜華皇国のお二方には悪いことをした。ラメルシェル王国は実質瓦解している状態だ。他国の重鎮をもてなすことはできんのだよ……」

 ローエンディッシュは「すまぬ」と謝ってから現状を説明してくれた。

 ラメルシェル王国は数年前にミタナハル王国から侵略を受けた。それも北側の諸小国や南側の海域も含めた三方向からの一斉攻撃だったそうだ。

「アイラ嬢のアルステード領もそのうちの一つじゃ。宣戦布告もなく突然はじまった攻撃だったため対応が後手になってしまった。領民の多くは避難することに成功したが払った犠牲ははかりしれん……だが、アイラ嬢にとって幸いなのはアルステード男爵が存命なことだろうよ」

「っ……!お父様はご無事なのですか!?」

 アイラは父親が無事だと聞いて震えた声を上げた。目には涙が浮かんでいて少し赤くなっている。
 無事だと期待していても、どこかではもう会えないと諦めていたのかもしれない。

「ああ、今は西側の部隊にいるはずだ」

「良かったっ……お母様とお兄様については知っていませんか?」

 アイラは残りの家族の安否を尋ねた。
 だがローエンディッシュは首を横に振って「すまんが分からぬ」と答える。

「そもそもラメルシェル王国自体が瓦解していて機能しておらん。それぞれ戦線が西部、南部、東部に別れていて連絡があまり取れないのだ」

 侵略を受けた際に一番被害が大きかったのが北側だったそうだ。
 他国といっても小国が複数存在し交流もあったため警戒の度合いは他よりも低い。当然兵力も多く配置していないわけで、北側からの攻撃を防ぐことができなかった。

「北から進軍した敵は、そのまま中央……王都までたどり着いた。王族や民はなんとか逃がすことができたが中央は敵の手に渡ったままなのだ」

「では確認するためには西部に行く必要があると……」

「そうじゃな。南部と東部は安全な補給路を確立しているが西部だけは孤立している。月に一度程度は軍を送り情報や物資のやりとりをしているが、それさえも万全ではないのじゃ」

 状況は想像以上に悪そうだった。
 アイラも家族の安否は早く確認したいだろう。だけど私たちや特に子どもたちののこともあってか悩んでいるようだった。

「こちらに子どもたちを保護してくれる場所はこちらにありますか?」

「南部と東部にはあるのう。どちらも避難した民を受け入れていて、中には家族を亡くした者も多い……そちたちの齢の子であれば受け入れることもできよう」

 これまでは脱出するために必要な危険だった。だけど、戦う理由のない子供たちはこれ以上危険を冒す必要はない。
 安全で待遇の良い場所を見つけた場合は私とアイラ、紫陽、黒羽以外の皆を預けるのは船の中で散々話し合い決めたことだった。

「ローエンディッシュ様お願いがあります」

 アイラが姿勢を正して告げるとローエンディッシュとアンクリースは何かを見定めるように厳しい顔になる。

「確約はできんが……聞くだけ聞こう」

 アイラは「ありがとうございます」と頭を少し下げてから私たちの要求を伝える。

「まず子どもたちと保護者としてサナを含めた10人を保護して欲しいです」

「もちろん構わんよ。だが11人じゃなくて10人と?」

「はい。もう二つのお願いにも関係するのですが……まず私は西部方面へ向かいたいと思います。そこでティアと紫陽、黒羽を国内で自由に動いて良いという許可を欲しいのです。三人は私に力を貸してくれると約束してくれましたから」

 アイラはラメルシェル王国の貴族令嬢だ。国が瓦解していたとしても高位の貴族などに命令されれば従うしかないだろう。
 だが、その時に私たちがアイラに協力する形で動くのと命令を直接受けて動くのでは天と地ほどの差がある。
 ましてや紫陽と黒羽は貴族にちかい存在だ。善意を無視して命じることはできない。
 そして、それを分かっているであろうローエンディッシュも「良いだろう」と渋ることなく許可をだしたのだった。
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