王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第10章 元王族の囚われ生活

2 私とアイラの一日

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「さっさと働け!あんまりちんたらしてると罰を与えるからな!」

 私とアイラが仕事場に着いてすぐ、監視役の人が脅すかのように第一声を発した。
 監視役一人に対して私とアイラの二人。この真っ白な広い部屋には、中心に歯車のようなぜんまいのような物が設置されている。

「持ち場に着いたら早く回せよ……」

 監視役の人は一言命じると近くの椅子に座って本を読み始めた。監視役によっては一日中こちらを見張っていて、少しでも効率が落ちると懲罰の腕輪を使って痛みを与えてくる人もいる。けれど今日の人は、たまにこちらの様子を伺うだけのようで私たちにとっては助かるタイプだった。

「じゃあ始めようか……今日は少し楽できるといいね」

 アイラが小声で呟いた言葉に私も頷き返す。二人でゆっくりと歯車を回し始めるのだった。

 一見すると人力の動力源のようで、かなり昔の仕事をしている気分になる。けれど、この歯車は回すことで力を生み出しているわけではなく、あくまでスイッチのようなものらしい。
 手に触れて回し始めるとほんの少しだが魔力と生命力が流れ出すのを感じる。
 私のように力の扱いに慣れているからこそ気付くことができる程度。恐らくアイラであれば普通に動くよりも疲労感が大きくなるくらいにしか感じないだろう。

 ただ不思議なのは魔封じの腕輪をしているのに魔力が流れること。普通であれば魔封じの腕輪などをつけている場合、魔力を外に出すことはできなくなる。それは魔装や魔術はもちろん、魔術具の起動も同じだ。例外としては身体強化のように身体の中の魔力を動かすくらいなら効率が落ちるだけですむ程度だ。

「ねぇアイラ……今日も聞かせてよ。外のこと」

「ティアは本当に色々なことに興味があるよね」

 アイラは仕方がないなといった表情で、知っている内容をポツポツと話してくれる。
 今日のように手を止めない限りは何もしてこない監視役のときは、外のことをよく聞かせてもらっていた。

「でも大体のこと話しちゃったからなぁ。話してないことあったかな?」

「アイラはさ……ここに来る前どういう生活を送ってたの?」

 アイラからは食べ物や衣服の話をよく聞く。景色の話などもしていたが、アイラ自身のことは聞いたことがなかった。

「……話してもつまらないと思うけど、それでも聞きたい?」

 アイラは少しだけ寂しそうな声で問いかける。

「アイラが話したくないことは言わなくていい……だけどアイラのことをもっと知りたいのは本当だから。こんな生活の中でも友達だって思ってる」

 お互いに作業をしているため顔までは見えていない。それでも「そっか……」と少しだけ涙ぐんだ声で返事をした。

「私ね……貴族だったの。ラメルシェル王国っていう小さい国の田舎領主の娘だったんだけど……どこかからか侵略されたんだ。もちろん徹底抗戦したんだけどね。敵の数が多すぎて一瞬だった。敵の正体を掴む時間もなく、領地を支配された。王国から軍が派遣される前に城を落とされたの。両親は私と兄さんだけでも逃がそうとしたんだけど、城から脱出する前に捕まった。後は知っている通り、ここに連れてこられたわけ」

 ラメルシェル王国は大陸の最南端の西側にある小さい王国の名前だ。獣人国家の地域を抜けた先にあり、迂回したとしても惑いの森や破滅の砂漠といわれる場所を通らないとたどり着け合い場所。冒険者であっても入って一日も持たないと有名で、利さえあれば危険を冒す商人であっても誰も通ろうとしなかった。
 そのためエスぺルト王国としても国交はなく商人と通したやり取りもないため、私も地理的なことしか知らない。

「……」

 返す言葉がなかった。かつて王族として王として過ごした私は、戦争に負けた国や領地の末路をよく知っている。だからこそ何も言うことはできない。

「そんな顔しないでよ。私も田舎の小さな領地だったとしても領主の娘だったんだから、仕方のないことだって……これが世界なんだって分かってるから」

 そしてアイラもよく理解しているというように、震える声が聞こえた。

「……アイラはもし、ここを出られたらどうしたい?」

「そうだなぁ……もう帰る場所もないし、ここから出られないって諦めているから考えないようにしていたけど……もし叶うなら両親と兄さんがあれからどうなったか知って……みんなが守ろうとした場所を見届けたいかも」

 アイラの答えに返す言葉もなかった。そしてアイラの心境のほんの一部分だけど分かった気がする。
 この場所で明るく振舞っていたのは、年長者として私や子どもたちに不安を抱かせたくないのもあったのだろうけど。もしかしたら全てを理解したうえで、家族も故郷も失って希望が費えたのかもしれない。

「そう……」

 私の声だけが白く広い部屋の中に残るのだった。



 そしてしばらく経ったある日のこと。
 その日は普段とは少し違った。いつも幼い子どもたちを連れて行く人が姿を見せず仕事場への扉も鍵が閉まっていた。
 仕方がなく部屋で子どもたちと話しながら待っていると、ふいに一人の男が部屋にやってくる。

「第5002号……君が選ばれた。早速来なさい」

 その男は私たちが始めてみる人だった。監視役と違い腰には剣と銃を持っているようで軍人のような服装。その人の迫力のある低い声が、5002号……つまりアイラへと向けられた。

「選ばれた……ですか?」

「ああそうだ。君のここでの役割は終わりだ。着いてきなさい」

 アイラは何のことか分からず、戸惑っている表情を見せる。けれど男の反応は一切変わらない。ただ淡々と職務をこなすように告げるだけだった。

「ちょっと待って……アイラはこれからどうなるの?私たちはなんのためにここにいるの?」

 私は思わず男に問いかける。
 ただ奴隷として誰かに買われただけならまだ良い。もしかしたら買われた先で幸せに暮らせるかもしれないからだ。だけど、そうじゃないような気がして。なんとなく嫌な予感がした。

「そうか……5001番。君が入ってきた時には既に先代はいなかったのか……だから君は未来に希望を持っているのだろう?だったら着いてくると良い」

 男はそう言って私とアイラについてくるように告げたのだった。
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