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第9章 ターニングポイント
41 リーファスが卒業する日
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この一年間は比較的平和といえただろう。
王鍵の問題こそ調査が続いていたが他に強力な魔物が出現するわけでもなく国境で争いが起きたわけでもない。国内で病が流行することもなく大きな事件が起きることもなかった。
そして今日は王立学園の卒業の日。リーファスたちの学年が正式に成人した貴族として扱われる日でもある。
「ラティアーナ様。お茶をお持ちしました」
「リーナありがとう」
執務室でリーナに淹れてもらったお茶を飲んでいるとリーナが不思議そうに首を傾げていた。
「ラティアーナ何だか機嫌が良さそうですね」
私は今、心の中で鼻歌を歌うくらいとても楽しい気分だった。それでも表情には出していないはずだが、長い間一緒にいるリーナには筒抜けだったらしい。
「今日はリーファスの卒業なのよ。明後日には王都に帰ってくるから楽しみでね」
ローザリンデの時も王宮に招待して食事を共にした。今回もささやかながらパーティーのようにしたい。
「では準備はお任せください。使用人一同、精一杯頑張ります」
リーナは張り切る素振りを見せて王宮へと向かった。すると、ちょうど入れ替わるようにニコラウスがやってくる。
「失礼致します陛下。本日、王立学園を卒業する者の名簿をお持ちしました」
ニコラウスから名簿を受け取って、王立学園の卒業生一覧に目を通す。既に卒業許可の書類は通してあるため、ここに書かれているのは卒業後の進路のようなものだ。もう何度目かになる卒業生の未来と、先ほどまで考えていたリーファスのことを思い出した私は、ふと感慨に耽る。
私はいま18歳。前世を思い出してから早11年、国王についてから5年も経っていた。これまでの時間は、なかなかに苦しくも楽しく濃密なものだった。
「今年も優秀な人材はいるみたいです。それぞれの活躍を期待したいものですね」
ニコラウスの言葉で私は思考を戻した。一覧の中には王城の文官見習いもいて、ニコラウスが宰相直下の文官として直接スカウトした生徒もいるそうだ。
「そうね、新しい人材が増えるのは良いことよ……王立学園の卒業生はわたくしも一目見たかったけれど、来年あたりからわたくしと面会できる場を作るのも良いかもしれないわね」
私自身や身内であるローザリンデ、リーファスが学園に通っている間に王立学園を変えることには抵抗があった。だから今であれば国王が卒業生と面会する機会を新たに作っても良いだろう。
「陛下は変なところで真面目ですよね……私の最後の仕事として陛下の望みは叶えますよ」
ニコラウスは自信を持ちつつも少し寂しそうな表情で言った。ニコラウスが宰相を退いて息子に譲るまであと少し。私もまた少しの寂しさを感じて「……最後までよろしくね、ニコラウス」と呟いた。
そんな感傷に浸っていたとき、扉のノックと入室許可を求める声が聞こえた。私が許可を出すと魔術省の大臣がやって来た。
「陛下、失礼します。王鍵についてですが調査に進展がありましたのでご報告に参りました。宰相殿にも意見を伺いたく」
「ええ、聞かせてちょうだい。それでどんな報告かしら?」
大臣は「では……これを見てください」と言って記録用の魔術具を投影用の魔術具に繋いだ。するとエスペルト王国の全体地図が浮かび上がる。
「ご存知のとおり、王鍵は本体が王城地下に端子が各領城地下に、結界の基点が国境都市に存在します。陛下やローザリンデ殿下にも協力してもらいある程度確認できていますが問題はありませんでした。なので……今の状態が正常であると考えたのです」
私は怪訝な顔をして大臣を見つめ返した。今までになかった魔力の不安定さを正常と考えることはできないからだ。
「今の状態が正しいのであれば歴史書にも記載があるはずよ。けれど似たような事象も含めて一度もなかったわ」
「ええその通りです。私もこの事態が正常だと思っていません。あくまで……魔力が不安定になること自体が王鍵の正常な状態なのではないかと」
大臣の言葉になるほどと思った。王鍵に異常があったのではなく正常だからこそ魔力が不安定になる。つまりはなんらかの機能によって魔力をたくさん使っているのではないかということだろう。
「魔術大臣……王鍵の機能の大半を占めるのは結界などの機能だろう?もし結界を維持する魔力が増大しているなら結界に何らかの干渉を受けていると考えるほうが自然だ。それは攻撃を受けている可能性があると考えていいのか?」
ニコラウスが厳しい表情で大臣に問いかけた。宰相の立場からしても一年近くの間、敵から攻撃を受けていたことに気がつかないというのは見過ごせないのだろう。
「その可能性もゼロではありませんが、かなり低いと思います……正直なところ確証はありません。ですが原因は未だ分からずとも場所だけは特定できたのです。エスペルト王国各地の魔力量を計測した結果、学園都市付近で魔力が消失していたことが判明しました」
王鍵の魔力は大半を龍脈からの供給で担っている。エスペルト王国にあるおよそ10箇所の地点から王鍵全体へ、それこそ人の血管のように全域へ繋がっているわけだ。
そして学園都市を通過した後に魔力が消失したとなれば、学園都市に原因がある可能性が高い。
「そう……学園都市もまた建国当初から存在する都市だもの。何かある可能性は十分あるわ」
「建国初期のことは陛下や私が知らないことも多い。可能性は十分ありそうですな」
私とニコラウスは大臣の言葉に思わず納得する。今まで国境都市のような大都市ばかりに目を向けていたが学園都市は意識になかった。比較的王都から近く結界の要所でもない。それなのに建国当初に造られていて当時の詳しい書物がないということは、隠されている何かがあるのかもしれない。
「学園都市内部の調査は明日わたくしが向かうわ。寮で帰城準備をしているリーファスには、このまま待機するように伝えて。魔術省は引き続き調査を続けなさい」
「「かしこまりました」」
リーファスの卒業パーティーを開くためにもこの件をきちんと終わらせなければならない。
そう思った私は学園都市へ向かう準備をすることにした。
王鍵の問題こそ調査が続いていたが他に強力な魔物が出現するわけでもなく国境で争いが起きたわけでもない。国内で病が流行することもなく大きな事件が起きることもなかった。
そして今日は王立学園の卒業の日。リーファスたちの学年が正式に成人した貴族として扱われる日でもある。
「ラティアーナ様。お茶をお持ちしました」
「リーナありがとう」
執務室でリーナに淹れてもらったお茶を飲んでいるとリーナが不思議そうに首を傾げていた。
「ラティアーナ何だか機嫌が良さそうですね」
私は今、心の中で鼻歌を歌うくらいとても楽しい気分だった。それでも表情には出していないはずだが、長い間一緒にいるリーナには筒抜けだったらしい。
「今日はリーファスの卒業なのよ。明後日には王都に帰ってくるから楽しみでね」
ローザリンデの時も王宮に招待して食事を共にした。今回もささやかながらパーティーのようにしたい。
「では準備はお任せください。使用人一同、精一杯頑張ります」
リーナは張り切る素振りを見せて王宮へと向かった。すると、ちょうど入れ替わるようにニコラウスがやってくる。
「失礼致します陛下。本日、王立学園を卒業する者の名簿をお持ちしました」
ニコラウスから名簿を受け取って、王立学園の卒業生一覧に目を通す。既に卒業許可の書類は通してあるため、ここに書かれているのは卒業後の進路のようなものだ。もう何度目かになる卒業生の未来と、先ほどまで考えていたリーファスのことを思い出した私は、ふと感慨に耽る。
私はいま18歳。前世を思い出してから早11年、国王についてから5年も経っていた。これまでの時間は、なかなかに苦しくも楽しく濃密なものだった。
「今年も優秀な人材はいるみたいです。それぞれの活躍を期待したいものですね」
ニコラウスの言葉で私は思考を戻した。一覧の中には王城の文官見習いもいて、ニコラウスが宰相直下の文官として直接スカウトした生徒もいるそうだ。
「そうね、新しい人材が増えるのは良いことよ……王立学園の卒業生はわたくしも一目見たかったけれど、来年あたりからわたくしと面会できる場を作るのも良いかもしれないわね」
私自身や身内であるローザリンデ、リーファスが学園に通っている間に王立学園を変えることには抵抗があった。だから今であれば国王が卒業生と面会する機会を新たに作っても良いだろう。
「陛下は変なところで真面目ですよね……私の最後の仕事として陛下の望みは叶えますよ」
ニコラウスは自信を持ちつつも少し寂しそうな表情で言った。ニコラウスが宰相を退いて息子に譲るまであと少し。私もまた少しの寂しさを感じて「……最後までよろしくね、ニコラウス」と呟いた。
そんな感傷に浸っていたとき、扉のノックと入室許可を求める声が聞こえた。私が許可を出すと魔術省の大臣がやって来た。
「陛下、失礼します。王鍵についてですが調査に進展がありましたのでご報告に参りました。宰相殿にも意見を伺いたく」
「ええ、聞かせてちょうだい。それでどんな報告かしら?」
大臣は「では……これを見てください」と言って記録用の魔術具を投影用の魔術具に繋いだ。するとエスペルト王国の全体地図が浮かび上がる。
「ご存知のとおり、王鍵は本体が王城地下に端子が各領城地下に、結界の基点が国境都市に存在します。陛下やローザリンデ殿下にも協力してもらいある程度確認できていますが問題はありませんでした。なので……今の状態が正常であると考えたのです」
私は怪訝な顔をして大臣を見つめ返した。今までになかった魔力の不安定さを正常と考えることはできないからだ。
「今の状態が正しいのであれば歴史書にも記載があるはずよ。けれど似たような事象も含めて一度もなかったわ」
「ええその通りです。私もこの事態が正常だと思っていません。あくまで……魔力が不安定になること自体が王鍵の正常な状態なのではないかと」
大臣の言葉になるほどと思った。王鍵に異常があったのではなく正常だからこそ魔力が不安定になる。つまりはなんらかの機能によって魔力をたくさん使っているのではないかということだろう。
「魔術大臣……王鍵の機能の大半を占めるのは結界などの機能だろう?もし結界を維持する魔力が増大しているなら結界に何らかの干渉を受けていると考えるほうが自然だ。それは攻撃を受けている可能性があると考えていいのか?」
ニコラウスが厳しい表情で大臣に問いかけた。宰相の立場からしても一年近くの間、敵から攻撃を受けていたことに気がつかないというのは見過ごせないのだろう。
「その可能性もゼロではありませんが、かなり低いと思います……正直なところ確証はありません。ですが原因は未だ分からずとも場所だけは特定できたのです。エスペルト王国各地の魔力量を計測した結果、学園都市付近で魔力が消失していたことが判明しました」
王鍵の魔力は大半を龍脈からの供給で担っている。エスペルト王国にあるおよそ10箇所の地点から王鍵全体へ、それこそ人の血管のように全域へ繋がっているわけだ。
そして学園都市を通過した後に魔力が消失したとなれば、学園都市に原因がある可能性が高い。
「そう……学園都市もまた建国当初から存在する都市だもの。何かある可能性は十分あるわ」
「建国初期のことは陛下や私が知らないことも多い。可能性は十分ありそうですな」
私とニコラウスは大臣の言葉に思わず納得する。今まで国境都市のような大都市ばかりに目を向けていたが学園都市は意識になかった。比較的王都から近く結界の要所でもない。それなのに建国当初に造られていて当時の詳しい書物がないということは、隠されている何かがあるのかもしれない。
「学園都市内部の調査は明日わたくしが向かうわ。寮で帰城準備をしているリーファスには、このまま待機するように伝えて。魔術省は引き続き調査を続けなさい」
「「かしこまりました」」
リーファスの卒業パーティーを開くためにもこの件をきちんと終わらせなければならない。
そう思った私は学園都市へ向かう準備をすることにした。
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