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第9章 ターニングポイント
39 春に吹く凶風
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季節は過ぎて暖かく心地良い風が吹き抜ける春。王立学園の新しい一年が始まる時期。
今年のお披露目も終了し、リーファスとコーネリアは王立学園の最終学年となった。リーファスも王太子としての教育はほぼ終了していて、コーネリアも妃教育が終了した今、二人には最後の学生生活を満喫してもらいたい。だから今年くらいは自由に過ごさせる予定だ。
そして私はアドリアスと護衛のアルキオネの三人で、馬に跨って森の中を高速で駆け抜けていた。執務としてよりは私用に近い外出となる。
「もうかれこれ二日くらい走り続けているけど、まだ着かないの!?」
王都を昼過ぎに出発してから三日目。太陽が一番高い位置に来る頃。予想以上に長い旅路につい愚痴を言いたくなる。
王族の嗜みとして馬に乗ることは得意だ。装着している魔術具によって通常よりも速い速度で、それこそ前世の高速道路並みの速度で駆けている今、物凄い速度で外気に晒されていても何も問題はない。物凄く揺れていたとしても酔うわけでもない。
だから問題は別にあって、ただただ単純に揺れによってお尻が痛い。
「これでも最短距離を突っ切っているから……日が傾く前には着くはずだ」
「森を抜けるより、少し迂回してでも街道を抜けほうが早い気がするのだけど?」
私が思わず問いかけるとアドリアスが沈黙した。もしかしたらアドリアスも普通に向かった方が早いと思ったのかもしれない。ただアドリアスが直感で動いた時は、大体がいい方向に向かうのでどちらが良いのかは判断がつかなかった。
「……遅れた分は短縮して合わせる。そもそもラティアーナは俺と一緒に来て良いのか?王鍵に何かが起きているのだろう?」
「そっちは魔術省に調査してもらっているわ。どんなに早くても一月はかかりそうだし、スピカの一大イベントだもの。親友として立ち会わないとね」
そもそも私たちがこうして馬に乗っているのはスピカの出産予定まで後数日だからだ。当初はアドリアスと共に転移で向かうつもりだった。ところが王鍵の魔力が不安定になる問題が発生する。その影響で結界のような主要機能以外は、極力使用しない方が良いという結論に至っていた。
それに王鍵による転移以外でも王都へ転移する手段はある。かつて私が作ったお店は建物ごと商会に売却しているが、王都に拠点が欲しかったのもあって三個ほど新しい建物を購入している。それぞれ転移用魔術具が設置してあり、人一人くらいであれば転移可能だ。
「それに一応はポートクリフ伯爵領の地下にある王鍵本体を確認する目的もあるのよ?」
王族しか知らない秘密の場所。王鍵の登録者しか入れない空間は各地に存在する。これについては王城や他の都市にあるものを確認するつもりだったが、国境都市の中でも特に重要な四箇所の一つを先に確認するように予定を変更した。
私がポートクリフ伯爵領に執務として向かう理由でもある。
「皆様、適性反応です。前方に五体、右前から二体」
アドリアスと話しているとアルキオネが風による探知に反応があると告げた。街道から大分離れた森とはいえ、馬が併走できるくらいには開けた場所だ。魔物の群れと遭遇するのは滅多いないはずだが、私たちであれば馬に乗ったままでも対処できる。
「アドリアスとアルキオネは前方を。わたくしが右を倒すわ」
二人の返事を聞くと同時に魔力弾を生成する。魔物の姿を視認した私は、周囲の木を迂回するような弾道を設定して放った。四つの魔力弾は、複雑な光芒を描いて魔物の急所を貫く。
「右は終わったわ」
「こちらもだ」
私が倒す頃には、前にいた魔物も倒されていた。アドリアスの魔力砲が消し飛ばし、アルキオネの風の刃が切り裂いた跡が見える。
「あ、森を抜けたようですよ」
開けた場所に出た私たちは馬を止めて辺りの様子を窺う。少し高台にあるこの場所は丘になっていて、その先には平原が広がりポートクリフ伯爵領の領都にある城壁が見えていた。街まではあと一歩といったところだろう。
「あと少しみたいね…いきましょうか」
「ああ。それほどかからずにも着きそうだな」
私たちは街に向かって再び馬を進めていく。街に着いたのは、それから半刻ほど経った頃だった。
ポートクリフ伯爵領に到着した私は、アドリアスに「何かあったら連絡お願いね」と告げた。
伯爵やザヴィヤは領政に加えてスピカのことで忙しくなるはずだ。子供が無事に産まれるまではスピカに家族の時間を過ごしてもらいたいし、伯爵やザヴィヤに手間を取らせるのは忍びない。
「今回も助かった。一人ではここまで早く来れなかったからな。スピカにもそれとなく伝えておく」
「頼んだわよ」
アドリアスを見送った後、アルキオネを連れて街の外れへ向かう。勾配のある道を進んでいくと道が徐々に悪くなり獣道のようになっていった。
「こんな山の上にあるのですか?」
「王鍵の場所は一目に着かない場所にあるの。領地でも管理するようなものは領城の地下にあるはずだけれど、王族しか入れない場所は独立して存在するみたいね……そして、ここが入り口に一番近いみたいよ」
道を上った先は崖になっている。周りが木々に囲まれた高台で海を一望できる秘境のような場所だ。
「……ここですか?周りに建物どころか人工物すら見当たりませんが……」
アルキオネは周りを見渡しながら呟いた。言葉の通り、この場所はただ景色の良い崖の上で自然以外のものは何もない。
「入り口には認識阻害の結界や迷彩があるらしいけれど、崖の下にあるのよ」
「下ですか?海しか見当たりませんが船で入れるような場所でも隠れているのでしょうか?」
アルキオネは私の隣に来て、崖のぎりぎりから下を見下ろす。その先は陽の光に反射して輝く澄んだ青い海が広がっているだけだ。隙間のようなものは見当たらない。
「入り口は海中にあるらしいわ。海中にある洞窟から入れる地下空間。それがポートクリフ伯爵領にある王鍵の本体よ」
経緯もどう作られたのかも現代には伝わっていない。けれど国王のみが知る閉架書庫にあった資料では、海底付近にある空洞を通り抜けた先に存在するようだった。
アルキオネにお願いして空気の球体をいくつか生成してもらった後、二人して海へ飛び込んだ。身体が濡れないように薄い魔力を全体に纏い、空気の球体を使って息継ぎをする。
そのまま海底まで沈むと洞窟のような穴を見つけることができた。穴を通り抜けて壁伝い進むことおよそ半刻。
漸く灯りが見えて浮上すると水のない息ができる空間へたどり着くことができた。
「これだけの長い間泳いでいると流石に疲れるわね」
「途中何度も行き止まりでしたからね……」
道順がわからない為、分岐がある場合は常に同じ方向へ曲がる。迷路の必勝法でもあるが総当たりに近い方法なため効率はかなり悪い。
「さて…わたくしの魔力に反応するはずだけど……」
目の前には大きな扉がある。見たところ鍵穴などは見つからないが、私が手を翳すと反応があった。
恐らく王鍵に反応したのだろう。ということはここから先が王族のみ入ることができる部屋なのかもしれない。
「では少し様子を見てくるわ。アルキオネはここで待っていて」
「かしこまりました。お気をつけて」
扉の中に入ると壁の蝋台が次々に火が灯る。そうして露になった部屋の中は複雑な術式が刻まれている何もない部屋だった。
「術式に乱れはなし。魔力も滞りなく流れてはいるみたいね」
術式に触れて魔力の流れを解析するがおかしいところはなかった。その後も部屋の中をくまなく調べるが何も出てこない。
結局鐘一つ分くらい調べた後、問題なしを判断した私はこの場を後にした。
「問題ないみさそうだったわ。街に戻りましょうか」
「了解です。一先ずは何事もなくて良かったですね」
私とアルキオネは、来た道を逆に辿っていく。道順を記憶していた分、帰り道はそれほどかからなかった。
そして街に戻って一泊した翌朝。アドリアスからスピカが産気づいたと連絡があった。
今年のお披露目も終了し、リーファスとコーネリアは王立学園の最終学年となった。リーファスも王太子としての教育はほぼ終了していて、コーネリアも妃教育が終了した今、二人には最後の学生生活を満喫してもらいたい。だから今年くらいは自由に過ごさせる予定だ。
そして私はアドリアスと護衛のアルキオネの三人で、馬に跨って森の中を高速で駆け抜けていた。執務としてよりは私用に近い外出となる。
「もうかれこれ二日くらい走り続けているけど、まだ着かないの!?」
王都を昼過ぎに出発してから三日目。太陽が一番高い位置に来る頃。予想以上に長い旅路につい愚痴を言いたくなる。
王族の嗜みとして馬に乗ることは得意だ。装着している魔術具によって通常よりも速い速度で、それこそ前世の高速道路並みの速度で駆けている今、物凄い速度で外気に晒されていても何も問題はない。物凄く揺れていたとしても酔うわけでもない。
だから問題は別にあって、ただただ単純に揺れによってお尻が痛い。
「これでも最短距離を突っ切っているから……日が傾く前には着くはずだ」
「森を抜けるより、少し迂回してでも街道を抜けほうが早い気がするのだけど?」
私が思わず問いかけるとアドリアスが沈黙した。もしかしたらアドリアスも普通に向かった方が早いと思ったのかもしれない。ただアドリアスが直感で動いた時は、大体がいい方向に向かうのでどちらが良いのかは判断がつかなかった。
「……遅れた分は短縮して合わせる。そもそもラティアーナは俺と一緒に来て良いのか?王鍵に何かが起きているのだろう?」
「そっちは魔術省に調査してもらっているわ。どんなに早くても一月はかかりそうだし、スピカの一大イベントだもの。親友として立ち会わないとね」
そもそも私たちがこうして馬に乗っているのはスピカの出産予定まで後数日だからだ。当初はアドリアスと共に転移で向かうつもりだった。ところが王鍵の魔力が不安定になる問題が発生する。その影響で結界のような主要機能以外は、極力使用しない方が良いという結論に至っていた。
それに王鍵による転移以外でも王都へ転移する手段はある。かつて私が作ったお店は建物ごと商会に売却しているが、王都に拠点が欲しかったのもあって三個ほど新しい建物を購入している。それぞれ転移用魔術具が設置してあり、人一人くらいであれば転移可能だ。
「それに一応はポートクリフ伯爵領の地下にある王鍵本体を確認する目的もあるのよ?」
王族しか知らない秘密の場所。王鍵の登録者しか入れない空間は各地に存在する。これについては王城や他の都市にあるものを確認するつもりだったが、国境都市の中でも特に重要な四箇所の一つを先に確認するように予定を変更した。
私がポートクリフ伯爵領に執務として向かう理由でもある。
「皆様、適性反応です。前方に五体、右前から二体」
アドリアスと話しているとアルキオネが風による探知に反応があると告げた。街道から大分離れた森とはいえ、馬が併走できるくらいには開けた場所だ。魔物の群れと遭遇するのは滅多いないはずだが、私たちであれば馬に乗ったままでも対処できる。
「アドリアスとアルキオネは前方を。わたくしが右を倒すわ」
二人の返事を聞くと同時に魔力弾を生成する。魔物の姿を視認した私は、周囲の木を迂回するような弾道を設定して放った。四つの魔力弾は、複雑な光芒を描いて魔物の急所を貫く。
「右は終わったわ」
「こちらもだ」
私が倒す頃には、前にいた魔物も倒されていた。アドリアスの魔力砲が消し飛ばし、アルキオネの風の刃が切り裂いた跡が見える。
「あ、森を抜けたようですよ」
開けた場所に出た私たちは馬を止めて辺りの様子を窺う。少し高台にあるこの場所は丘になっていて、その先には平原が広がりポートクリフ伯爵領の領都にある城壁が見えていた。街まではあと一歩といったところだろう。
「あと少しみたいね…いきましょうか」
「ああ。それほどかからずにも着きそうだな」
私たちは街に向かって再び馬を進めていく。街に着いたのは、それから半刻ほど経った頃だった。
ポートクリフ伯爵領に到着した私は、アドリアスに「何かあったら連絡お願いね」と告げた。
伯爵やザヴィヤは領政に加えてスピカのことで忙しくなるはずだ。子供が無事に産まれるまではスピカに家族の時間を過ごしてもらいたいし、伯爵やザヴィヤに手間を取らせるのは忍びない。
「今回も助かった。一人ではここまで早く来れなかったからな。スピカにもそれとなく伝えておく」
「頼んだわよ」
アドリアスを見送った後、アルキオネを連れて街の外れへ向かう。勾配のある道を進んでいくと道が徐々に悪くなり獣道のようになっていった。
「こんな山の上にあるのですか?」
「王鍵の場所は一目に着かない場所にあるの。領地でも管理するようなものは領城の地下にあるはずだけれど、王族しか入れない場所は独立して存在するみたいね……そして、ここが入り口に一番近いみたいよ」
道を上った先は崖になっている。周りが木々に囲まれた高台で海を一望できる秘境のような場所だ。
「……ここですか?周りに建物どころか人工物すら見当たりませんが……」
アルキオネは周りを見渡しながら呟いた。言葉の通り、この場所はただ景色の良い崖の上で自然以外のものは何もない。
「入り口には認識阻害の結界や迷彩があるらしいけれど、崖の下にあるのよ」
「下ですか?海しか見当たりませんが船で入れるような場所でも隠れているのでしょうか?」
アルキオネは私の隣に来て、崖のぎりぎりから下を見下ろす。その先は陽の光に反射して輝く澄んだ青い海が広がっているだけだ。隙間のようなものは見当たらない。
「入り口は海中にあるらしいわ。海中にある洞窟から入れる地下空間。それがポートクリフ伯爵領にある王鍵の本体よ」
経緯もどう作られたのかも現代には伝わっていない。けれど国王のみが知る閉架書庫にあった資料では、海底付近にある空洞を通り抜けた先に存在するようだった。
アルキオネにお願いして空気の球体をいくつか生成してもらった後、二人して海へ飛び込んだ。身体が濡れないように薄い魔力を全体に纏い、空気の球体を使って息継ぎをする。
そのまま海底まで沈むと洞窟のような穴を見つけることができた。穴を通り抜けて壁伝い進むことおよそ半刻。
漸く灯りが見えて浮上すると水のない息ができる空間へたどり着くことができた。
「これだけの長い間泳いでいると流石に疲れるわね」
「途中何度も行き止まりでしたからね……」
道順がわからない為、分岐がある場合は常に同じ方向へ曲がる。迷路の必勝法でもあるが総当たりに近い方法なため効率はかなり悪い。
「さて…わたくしの魔力に反応するはずだけど……」
目の前には大きな扉がある。見たところ鍵穴などは見つからないが、私が手を翳すと反応があった。
恐らく王鍵に反応したのだろう。ということはここから先が王族のみ入ることができる部屋なのかもしれない。
「では少し様子を見てくるわ。アルキオネはここで待っていて」
「かしこまりました。お気をつけて」
扉の中に入ると壁の蝋台が次々に火が灯る。そうして露になった部屋の中は複雑な術式が刻まれている何もない部屋だった。
「術式に乱れはなし。魔力も滞りなく流れてはいるみたいね」
術式に触れて魔力の流れを解析するがおかしいところはなかった。その後も部屋の中をくまなく調べるが何も出てこない。
結局鐘一つ分くらい調べた後、問題なしを判断した私はこの場を後にした。
「問題ないみさそうだったわ。街に戻りましょうか」
「了解です。一先ずは何事もなくて良かったですね」
私とアルキオネは、来た道を逆に辿っていく。道順を記憶していた分、帰り道はそれほどかからなかった。
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