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第9章 ターニングポイント
34 深夜の尋問
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「スピカの様子はどう?」
スピカの自室は伯爵邸の二階だ。私がスピカの自室を訪ねたとき、階段の先にある扉の前にはアルキオネが居た。
「今はお休みになられてます。長旅や襲撃が重なりましたからお疲れだったのかも知れませんね」
「そう。ゆっくり休めているなら良かったわ。また明日様子を伺おうかしらね」
戦いに慣れている令嬢でも野営を伴う長旅は、体力や精神の消耗が激しく疲労が凄まじい。ましてや今のスピカは安定期に入ってすぐということもあって、疲れやすいのは当然だった。
幸いポートクリフ伯爵領に滞在するのはあと二日。明日は丸一日時間がある。私たちが王都に帰る前に話ができれば問題ない。
「守りは皆に任せてブラッドのところに合流するわよ」
クラーケン騒動で住民の誘導に当たっていた騎士たちも伯爵邸に戻っている。仮に襲撃があったとしても対応できるだろうし、少なくとも私たちが駆けつける時間稼ぎくらいはできるはずだ。
アルキオネも異論はないようで「かしこまりました」と言って、私と共に地下へ向かう。途中でシリウスとも合流し地下牢の中に入った。
「思ったよりも早かったね。だけど良いタイミングだったよ」
拘束されている四人が手傷を負っている様子はない。けれど先ほどまでの威勢は全くなく、ただ呆然としている。意識はありそうだが目の焦点があってない。
「それは……どういう状況なのよ?」
私が席を外していた間に何があったのか問いかける。ずっと見ていたはずのカレナやフレアも何ともいえない表情をしていたので、この状況を作り出したであろう本人に目を向けた。
「これは自白させる魔術の極致……ちょうど効き始めたところだね。魔術によって記憶に影響を与えることなく、判断能力と意識だけを眠らせて問いかけに答えなければいけない意識だけを植え付ける。相手の精神に隙がないと成立しないけどね」
通常の魔術士が扱う自白は思考を鈍らせるだけだ。だから嘘をつくことが難しくなるだけで、絶対に嘘がつけないわけではない。極端な話、黙秘される可能性もある。
けれどブラッドが言葉にした通りであるなら相手は嘘がつけず、答える選択肢しかないことになる。
「もちろん魔術をかけた相手が真実だと思い込んでいると意味ないけどね。言葉の言い様によっては、複数の意味に取れることもあるだろうし。それでも自白させる系統なら一番だと思うよ」
「流石ね……」
ブラッドの説明を聞いた私は思わず納得した。魔術士団による自白よりも優れていることはもちろん、記憶を覗くよりも負担が少なく複数人に同時に行使が可能だ。
同時にノーティア公爵家が長い間、影の役割を果たすために技を磨いていたことを感じるのだった。
「ラティアーナほどじゃないと思うけどね……さて、君たちに質問だ。今回の件、依頼主は誰かな?」
ブラッドが私に呆れた視線を向けてくるが気を取り直したように四人の男たちに向けて問いかける。だが四人とも無言だった。
「この魔術の難しいところは嘘をつけない分、反応しないことがるんだよね……」
ブラッドは質問の仕方が悪かったかと呟いて少し言葉を変える。
「依頼主について知っていることはあるかな?」
言い方を曖昧にして問いかけるとリーダ格の男である自称ジョン・ドゥがゆっくりと口を開いた。
「依頼主はエスペルト王国の貴族……とだけ聞いている」
「依頼内容は?」
「スピカ・グラディウスを殺すこと。最低でも子を産めない体にすること」
目の前の男は何を言っている、というのが正直な感想だ。スピカが狙われていたことから命を狙っていたのは理解できる。けれど子を産めなくする依頼は理解ができない。
そもそもの話。王族だけでなく貴族も第二、第三夫人を持つことは可能だ。もし依頼者の目的がグラディウス公爵家の血筋だとしても、アドリアス本人がいる限りは絶えはしないだろう。
そして、仮に実子をもうけることができなかったとしても、アドリアスの父ドミニクの実弟の子を養子にする手段もあった。
「意味が分からないな…」
「ええ、依頼主の目的が見えないわね……」
グラディウス公爵家に理由がないとすればポートクリフ伯爵家に理由があるか。そう考えても現当主や次期当主ではなく他家に嫁いだスピカだけが狙われた理由が分からない。泥沼にはまりそうだった。
「ラティアーナ様……一つ疑問なのですが、どうしてポートクリフ伯爵家が北東の国境都市なのですか?他の重要拠点である北西、南西、南東は全て公爵領ですよね」
今まで静かにしていたアルキオネが不思議そうに言葉にした。
国境に隣接する全ての領地の都市は、例外なく国境都市と呼ばれている。そして王鍵の外周部分の基点を持ち王国全体を包み込む結界の基点でもあるわけだが、王国の四隅は王鍵の核となる部分であった。
因みに建国当初から存在する一部の貴族しか知らない秘密事項になるが、核の半分が壊れると結界が解けてしまう。
王鍵についてはアルキオネも知らない事だが、場所だけで見てもアルカディア王国と接する海沿いが重要な地点であることは一目瞭然だった。
「ポートクリフ伯爵家は建国当初から存在している歴史ある家なのよ」
侯爵家に陞爵していても良いような気はするが、他に説明しようがなかった。
「……スピカが狙われる理由はこれ以上分かりそうにないね。後で伯爵も交えて聞いてみたほうが良さそうだ。次の質問だけど、ブラック・ヘロンのほかの構成員を知っているかな?」
「……」
「じゃあ依頼の情報は誰から、どうやって受けたのかな?」
「組織の連絡役からだ。連絡役から合図があったとき、指定の待ち合わせ場所で依頼の紙を受け取る」
さすがは裏世界に名を馳せる闇組織と言ったところだろうか。依頼主の情報を断ち切り実行部隊を捕らえても組織にはたどり着けない。
全くもって面倒な連中だ。
「わたくしからも一つ質問よ。あなたが持っていた銃はどうやって手に入れたの?」
これ以上は組織のことも依頼のことも分からないだろう。そう感じた私は、一番気になっていたことを聞いてみる。私と同じで前世の記憶を持ったものがいるのかどうか。
「あれはアルカディア王国に依頼で訪れたときに商人から買ったものだ」
どうやら組織とは関係なかったようだ。街から一歩でも外に出ると命の危険があるこの世界。店を構えたり旅をしながら武器や防具を扱う商人や商会は多い。
ましてや様々な技術が発展しているらしいアルカディア王国であれば銃も取り扱っていてもおかしくない。
「今まで刺激しないためにもアルカディア王国には何も送っていなかったけれど……情報を集める必要があるかも知れないわね」
「そうだね……街の様子を探るくらいだったら安全じゃないかな?」
話は逸れたがブラッドと、このような会話をするのだった。
そして尋問はこの後も続いた。けれど新しく分かる情報は特になく、私たちは宿へと戻ることになる。
スピカの自室は伯爵邸の二階だ。私がスピカの自室を訪ねたとき、階段の先にある扉の前にはアルキオネが居た。
「今はお休みになられてます。長旅や襲撃が重なりましたからお疲れだったのかも知れませんね」
「そう。ゆっくり休めているなら良かったわ。また明日様子を伺おうかしらね」
戦いに慣れている令嬢でも野営を伴う長旅は、体力や精神の消耗が激しく疲労が凄まじい。ましてや今のスピカは安定期に入ってすぐということもあって、疲れやすいのは当然だった。
幸いポートクリフ伯爵領に滞在するのはあと二日。明日は丸一日時間がある。私たちが王都に帰る前に話ができれば問題ない。
「守りは皆に任せてブラッドのところに合流するわよ」
クラーケン騒動で住民の誘導に当たっていた騎士たちも伯爵邸に戻っている。仮に襲撃があったとしても対応できるだろうし、少なくとも私たちが駆けつける時間稼ぎくらいはできるはずだ。
アルキオネも異論はないようで「かしこまりました」と言って、私と共に地下へ向かう。途中でシリウスとも合流し地下牢の中に入った。
「思ったよりも早かったね。だけど良いタイミングだったよ」
拘束されている四人が手傷を負っている様子はない。けれど先ほどまでの威勢は全くなく、ただ呆然としている。意識はありそうだが目の焦点があってない。
「それは……どういう状況なのよ?」
私が席を外していた間に何があったのか問いかける。ずっと見ていたはずのカレナやフレアも何ともいえない表情をしていたので、この状況を作り出したであろう本人に目を向けた。
「これは自白させる魔術の極致……ちょうど効き始めたところだね。魔術によって記憶に影響を与えることなく、判断能力と意識だけを眠らせて問いかけに答えなければいけない意識だけを植え付ける。相手の精神に隙がないと成立しないけどね」
通常の魔術士が扱う自白は思考を鈍らせるだけだ。だから嘘をつくことが難しくなるだけで、絶対に嘘がつけないわけではない。極端な話、黙秘される可能性もある。
けれどブラッドが言葉にした通りであるなら相手は嘘がつけず、答える選択肢しかないことになる。
「もちろん魔術をかけた相手が真実だと思い込んでいると意味ないけどね。言葉の言い様によっては、複数の意味に取れることもあるだろうし。それでも自白させる系統なら一番だと思うよ」
「流石ね……」
ブラッドの説明を聞いた私は思わず納得した。魔術士団による自白よりも優れていることはもちろん、記憶を覗くよりも負担が少なく複数人に同時に行使が可能だ。
同時にノーティア公爵家が長い間、影の役割を果たすために技を磨いていたことを感じるのだった。
「ラティアーナほどじゃないと思うけどね……さて、君たちに質問だ。今回の件、依頼主は誰かな?」
ブラッドが私に呆れた視線を向けてくるが気を取り直したように四人の男たちに向けて問いかける。だが四人とも無言だった。
「この魔術の難しいところは嘘をつけない分、反応しないことがるんだよね……」
ブラッドは質問の仕方が悪かったかと呟いて少し言葉を変える。
「依頼主について知っていることはあるかな?」
言い方を曖昧にして問いかけるとリーダ格の男である自称ジョン・ドゥがゆっくりと口を開いた。
「依頼主はエスペルト王国の貴族……とだけ聞いている」
「依頼内容は?」
「スピカ・グラディウスを殺すこと。最低でも子を産めない体にすること」
目の前の男は何を言っている、というのが正直な感想だ。スピカが狙われていたことから命を狙っていたのは理解できる。けれど子を産めなくする依頼は理解ができない。
そもそもの話。王族だけでなく貴族も第二、第三夫人を持つことは可能だ。もし依頼者の目的がグラディウス公爵家の血筋だとしても、アドリアス本人がいる限りは絶えはしないだろう。
そして、仮に実子をもうけることができなかったとしても、アドリアスの父ドミニクの実弟の子を養子にする手段もあった。
「意味が分からないな…」
「ええ、依頼主の目的が見えないわね……」
グラディウス公爵家に理由がないとすればポートクリフ伯爵家に理由があるか。そう考えても現当主や次期当主ではなく他家に嫁いだスピカだけが狙われた理由が分からない。泥沼にはまりそうだった。
「ラティアーナ様……一つ疑問なのですが、どうしてポートクリフ伯爵家が北東の国境都市なのですか?他の重要拠点である北西、南西、南東は全て公爵領ですよね」
今まで静かにしていたアルキオネが不思議そうに言葉にした。
国境に隣接する全ての領地の都市は、例外なく国境都市と呼ばれている。そして王鍵の外周部分の基点を持ち王国全体を包み込む結界の基点でもあるわけだが、王国の四隅は王鍵の核となる部分であった。
因みに建国当初から存在する一部の貴族しか知らない秘密事項になるが、核の半分が壊れると結界が解けてしまう。
王鍵についてはアルキオネも知らない事だが、場所だけで見てもアルカディア王国と接する海沿いが重要な地点であることは一目瞭然だった。
「ポートクリフ伯爵家は建国当初から存在している歴史ある家なのよ」
侯爵家に陞爵していても良いような気はするが、他に説明しようがなかった。
「……スピカが狙われる理由はこれ以上分かりそうにないね。後で伯爵も交えて聞いてみたほうが良さそうだ。次の質問だけど、ブラック・ヘロンのほかの構成員を知っているかな?」
「……」
「じゃあ依頼の情報は誰から、どうやって受けたのかな?」
「組織の連絡役からだ。連絡役から合図があったとき、指定の待ち合わせ場所で依頼の紙を受け取る」
さすがは裏世界に名を馳せる闇組織と言ったところだろうか。依頼主の情報を断ち切り実行部隊を捕らえても組織にはたどり着けない。
全くもって面倒な連中だ。
「わたくしからも一つ質問よ。あなたが持っていた銃はどうやって手に入れたの?」
これ以上は組織のことも依頼のことも分からないだろう。そう感じた私は、一番気になっていたことを聞いてみる。私と同じで前世の記憶を持ったものがいるのかどうか。
「あれはアルカディア王国に依頼で訪れたときに商人から買ったものだ」
どうやら組織とは関係なかったようだ。街から一歩でも外に出ると命の危険があるこの世界。店を構えたり旅をしながら武器や防具を扱う商人や商会は多い。
ましてや様々な技術が発展しているらしいアルカディア王国であれば銃も取り扱っていてもおかしくない。
「今まで刺激しないためにもアルカディア王国には何も送っていなかったけれど……情報を集める必要があるかも知れないわね」
「そうだね……街の様子を探るくらいだったら安全じゃないかな?」
話は逸れたがブラッドと、このような会話をするのだった。
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