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第9章 ターニングポイント
22 親友からのお願い
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王都近くの森も徐々に色が付きはじめる頃。まだ暑さが続く日々が続いていた、王立学園の長期休暇は終わり、ローザリンデやリーファス、コーネリアは学園都市へと向かってから数日が経っている。
コーネリアへの妃教育も順調で、私が教えることはほとんどなくなっていた。教師からも覚えが早いとの報告を受けている。定期的に開く予定のお茶会は、未来の義理の妹との触れあいになりそうだ。
そんな日々を過ごす中、アドリアスとスピカから相談があるとの事で、グラディウス公爵邸に赴いていた。王女だった頃は定期的に遊びに行っていた場所だが、最近では二人の結婚式の時にお忍びで訪れた以来だったりする。
「それで?屋敷で話したいってどうしたのよ?」
アドリアスもスピカも私の執務室には自由に出入りできる。それを城ではなく屋敷に呼ぶからには、何かあったのだろうかと勘ぐっていると「話は城でも良いのだがな…スピカも同席させたかったのだ」と説明した。
「スピカも同席って……体調でも崩しているの?でもそんな話は聞いた覚えがないけれど?」
アドリアスからはスピカが寝込んでいると聞いた覚えはない。隠していたのかと抗議の目線を向けると、アドリアスは気まずそうに「元気ではあるのだが……な。話はスピカから聞いてくれ」とお茶を濁すように誤魔化した。視線を逸らして惚けているあたり悪い内容ではないのかも知れない。
「スピカ、ラティアーナを連れてきたぞ」
「ええ…入って良いですよ」
スピカの許可を得たことでアドリアスは扉を開けた。部屋の中ではスピカがベッドの上で体を起こしているが、どことなく体調が悪そうでもあった。
「顔色が悪いわね……大丈夫?」
思わず体調を問いかけるとスピカは「大丈夫です。病気ではありませんから」と微笑んで答える。
「実はですね……家族以外には初めて伝えるのですが、この度懐妊しまして…」
スピカが微笑みつつも恥ずかしそうに言葉にする。普段よりも小さい声だが、きっちりと私の耳に聞こえていて
「そう、かいにんしたの…かいにん、懐妊!?」
少し遅れて意味を理解した私は、驚いて声を上げてしまった。
「ええ、少し前に気分が優れなくて医者に診てもらったのですが、新しい生命が宿っていると」
「おめでとう!」
「ええ、ありがとうございます」
アドリアスとスピカが結婚して数年、新しい生命の誕生に私まで嬉しく感じた。スピカもとても嬉しそうにしていて幸せそうな笑みを浮かべている。
「ん?だとしたら相談ってなにかしら?」
スピカは公爵夫人として王国軍の支えてもいるわけだが厳密には軍属でない。仕事に関しても基本的にはアドリアスの裁量でどうとでもできるはずで、私に相談をする必要はないだろう。
「相談内容はスピカの懐妊とも関係はあるのだがな……簡単に言うと護衛を用意したいのだ」
どうやらスピカの体調が落ち着いている時に、気分転換も兼ねてアドリアスと共に街へ出かけたところ奇襲を受けたらしい。幸いにもアドリアスとスピカは、怪我一つ負うことなく撃退できたそうだ。しかし敵に逃げられてしまったため、敵の目的も素性も分からないという。
「姿を消す何かを使っているようでな、咄嗟に斬ったんだが逃げられた。だから顔どころか姿すら分からない状態だ……けれど斬ったときに剣に付着した血を調べたところ、エスペルト王国の住民じゃないことが分かった」
住民登録では個人を識別に登録された魔力を利用している。血と言うのは体液の中でも魔力を多く含むため照合することが可能だ。
「……敵の正体を探るのは難しいでしょうね」
街の中で代々王国軍を率いてきた公爵家夫妻を襲う相手だ。街の出入りも審査に引っかからないように門は通っていないだろう。
「普段であれば警戒するだけだが時期が時期だからな。子が生まれるまでは念のためポートクリフ伯爵領に帰省してもらおうかと考えている」
ポートクリフ伯爵領は、北東の軍港も兼ね備えている国境都市だ。アルカディア王国との国境を守っているだけあって、王国軍も領軍も多く滞在している。公爵邸の警備も厳重ではあるが、襲撃を受けたことを考えると伯爵領のほうが強固だ。だが今のスピカが長距離を移動するのも問題がある。
「それはそうだけど…王都から伯爵領まで遠いわよ?それに妊娠中の転移は危険だわ」
お腹の中にいる子は母親の魔力の影響を大きく受ける。転移のように一瞬であっても、膨大な魔力に触れるのは何かしらの影響があるそうだ。
「分かっているさ。だから馬車による移動でポートクリフ伯爵領までと考えているんだ。少し遠回りになっても大きな街道を使えば負担は少ない。野営用のテントも空間拡張があれば快適に休めるはずだ」
アドリアスがスピカへ視線を向けるとスピカもまた頷いた。
「アドリアスとも相談しましたが、もう少しすれば安定期に入るはずです。そうすれば数日かけた移動も不可能ではないでしょう。あとは……」
「王都から伯爵領までの護衛が必要ってことね。それもスピカに魔力を使わせないようにした上で」
「そういうことになるな」
スピカが申し訳なさそうにしているが仕方のないことだろう。子どもに魔力が流れているなかで、下手に魔力を使えば魔力が足りなくなる。体内の魔力の流れが乱れても影響があるため無理はさせられない。
しかもアドリアスは元帥という立場上、いつもスピカの近くにいることができないのだから心配になる気持ちも分かるというものだ。
「近衛騎士を動かせなくもないけれど、あまり派手に動くとスピカが懐妊していることが他に漏れるわ。だから、わたくしが同行するってことでどう?」
貴族の場合、子どもが生まれるまでは妊娠していることを隠すことがほとんどだ。スピカの帰省のために護衛を集めるよりは、私がポートクリフ伯爵領を訪れるついでに親友でもあるスピカを随行する、としたほうが自然な形になるだろう。
私の提案にアドリアスとスピカは目を丸くしたあと「とても助かる。ありがとう」と感謝を口にする。
「それから敵の血がついた物を少し分けてもらってもいいかしら?こっちでも調べてみるわ」
「わかった。剣を拭いたときの布があるから後で持ってくる。一応住民登録のほかに王都の検問も見たが通行履歴にはなかった」
スピカの護衛の話がまとまると、久しぶりに雑談を交わした。最近では、この三人で集まることは少なかったため楽しい時間を過ごすことができた。
コーネリアへの妃教育も順調で、私が教えることはほとんどなくなっていた。教師からも覚えが早いとの報告を受けている。定期的に開く予定のお茶会は、未来の義理の妹との触れあいになりそうだ。
そんな日々を過ごす中、アドリアスとスピカから相談があるとの事で、グラディウス公爵邸に赴いていた。王女だった頃は定期的に遊びに行っていた場所だが、最近では二人の結婚式の時にお忍びで訪れた以来だったりする。
「それで?屋敷で話したいってどうしたのよ?」
アドリアスもスピカも私の執務室には自由に出入りできる。それを城ではなく屋敷に呼ぶからには、何かあったのだろうかと勘ぐっていると「話は城でも良いのだがな…スピカも同席させたかったのだ」と説明した。
「スピカも同席って……体調でも崩しているの?でもそんな話は聞いた覚えがないけれど?」
アドリアスからはスピカが寝込んでいると聞いた覚えはない。隠していたのかと抗議の目線を向けると、アドリアスは気まずそうに「元気ではあるのだが……な。話はスピカから聞いてくれ」とお茶を濁すように誤魔化した。視線を逸らして惚けているあたり悪い内容ではないのかも知れない。
「スピカ、ラティアーナを連れてきたぞ」
「ええ…入って良いですよ」
スピカの許可を得たことでアドリアスは扉を開けた。部屋の中ではスピカがベッドの上で体を起こしているが、どことなく体調が悪そうでもあった。
「顔色が悪いわね……大丈夫?」
思わず体調を問いかけるとスピカは「大丈夫です。病気ではありませんから」と微笑んで答える。
「実はですね……家族以外には初めて伝えるのですが、この度懐妊しまして…」
スピカが微笑みつつも恥ずかしそうに言葉にする。普段よりも小さい声だが、きっちりと私の耳に聞こえていて
「そう、かいにんしたの…かいにん、懐妊!?」
少し遅れて意味を理解した私は、驚いて声を上げてしまった。
「ええ、少し前に気分が優れなくて医者に診てもらったのですが、新しい生命が宿っていると」
「おめでとう!」
「ええ、ありがとうございます」
アドリアスとスピカが結婚して数年、新しい生命の誕生に私まで嬉しく感じた。スピカもとても嬉しそうにしていて幸せそうな笑みを浮かべている。
「ん?だとしたら相談ってなにかしら?」
スピカは公爵夫人として王国軍の支えてもいるわけだが厳密には軍属でない。仕事に関しても基本的にはアドリアスの裁量でどうとでもできるはずで、私に相談をする必要はないだろう。
「相談内容はスピカの懐妊とも関係はあるのだがな……簡単に言うと護衛を用意したいのだ」
どうやらスピカの体調が落ち着いている時に、気分転換も兼ねてアドリアスと共に街へ出かけたところ奇襲を受けたらしい。幸いにもアドリアスとスピカは、怪我一つ負うことなく撃退できたそうだ。しかし敵に逃げられてしまったため、敵の目的も素性も分からないという。
「姿を消す何かを使っているようでな、咄嗟に斬ったんだが逃げられた。だから顔どころか姿すら分からない状態だ……けれど斬ったときに剣に付着した血を調べたところ、エスペルト王国の住民じゃないことが分かった」
住民登録では個人を識別に登録された魔力を利用している。血と言うのは体液の中でも魔力を多く含むため照合することが可能だ。
「……敵の正体を探るのは難しいでしょうね」
街の中で代々王国軍を率いてきた公爵家夫妻を襲う相手だ。街の出入りも審査に引っかからないように門は通っていないだろう。
「普段であれば警戒するだけだが時期が時期だからな。子が生まれるまでは念のためポートクリフ伯爵領に帰省してもらおうかと考えている」
ポートクリフ伯爵領は、北東の軍港も兼ね備えている国境都市だ。アルカディア王国との国境を守っているだけあって、王国軍も領軍も多く滞在している。公爵邸の警備も厳重ではあるが、襲撃を受けたことを考えると伯爵領のほうが強固だ。だが今のスピカが長距離を移動するのも問題がある。
「それはそうだけど…王都から伯爵領まで遠いわよ?それに妊娠中の転移は危険だわ」
お腹の中にいる子は母親の魔力の影響を大きく受ける。転移のように一瞬であっても、膨大な魔力に触れるのは何かしらの影響があるそうだ。
「分かっているさ。だから馬車による移動でポートクリフ伯爵領までと考えているんだ。少し遠回りになっても大きな街道を使えば負担は少ない。野営用のテントも空間拡張があれば快適に休めるはずだ」
アドリアスがスピカへ視線を向けるとスピカもまた頷いた。
「アドリアスとも相談しましたが、もう少しすれば安定期に入るはずです。そうすれば数日かけた移動も不可能ではないでしょう。あとは……」
「王都から伯爵領までの護衛が必要ってことね。それもスピカに魔力を使わせないようにした上で」
「そういうことになるな」
スピカが申し訳なさそうにしているが仕方のないことだろう。子どもに魔力が流れているなかで、下手に魔力を使えば魔力が足りなくなる。体内の魔力の流れが乱れても影響があるため無理はさせられない。
しかもアドリアスは元帥という立場上、いつもスピカの近くにいることができないのだから心配になる気持ちも分かるというものだ。
「近衛騎士を動かせなくもないけれど、あまり派手に動くとスピカが懐妊していることが他に漏れるわ。だから、わたくしが同行するってことでどう?」
貴族の場合、子どもが生まれるまでは妊娠していることを隠すことがほとんどだ。スピカの帰省のために護衛を集めるよりは、私がポートクリフ伯爵領を訪れるついでに親友でもあるスピカを随行する、としたほうが自然な形になるだろう。
私の提案にアドリアスとスピカは目を丸くしたあと「とても助かる。ありがとう」と感謝を口にする。
「それから敵の血がついた物を少し分けてもらってもいいかしら?こっちでも調べてみるわ」
「わかった。剣を拭いたときの布があるから後で持ってくる。一応住民登録のほかに王都の検問も見たが通行履歴にはなかった」
スピカの護衛の話がまとまると、久しぶりに雑談を交わした。最近では、この三人で集まることは少なかったため楽しい時間を過ごすことができた。
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