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第9章 ターニングポイント
13 積み重ねてきた反動
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スピカが部屋を出た後、私はゴルゴーンとの戦いを思い出していた。
太古に生き、怪物と呼ばれていた存在。現代において生存している者は、ヒュドラーのようにごく少数だと思われていた。少なくともエスペルト王国内の王都近くの森に眠っていたとは誰も思わなかっただろう。
太古に怪物とまで呼ばれた存在は、記録上では他にも居る。現代において絶滅していると考えられていたが、今回の件を考慮すると他にも出てくるかもしれない。
「1匹いたら100匹居るかもしれないって……嫌いなものが浮かんだわ…」
頭の中に黒光りする何かの大群が思い浮かんだ。その光景に気分が悪くなって慌てて思考を変えて、そのまま身体を倒して目を瞑る。
しばらくすると扉をノックする音が聞こえてスピカがやって来た。
「お待たせしました。タオルと着替えと水を持ってきましたよ」
「ありがとう。そこに置いといてもらえるかしら。すぐに準備するから下の応接間でアドリアスと待っていてもらえるかしら」
私に言葉にスピカが「え!?わたくしがやりますよ?」言葉にするが「だ、大丈夫だから!」と返して部屋から出て行ってもらった。
いくら同姓の友人と言っても、恥ずかしい気持ちはあるからだ。
私は水を少し飲んでベッドから降りる。長い間寝ていたせいか、或いは熱のせいか、ふらつく身体に力を入れて立ち上がった。濡れタオルを使って汗を拭き、簡単なドレスに着替えてから部屋を出る。
落ちないように壁を手で押さえながら階段を降りていると、想像以上の辛さに汗が落ちそうになる。
「はぁっ…これはまずいわ…副作用同士が掛け合わさるなんて…」
本来魔力回路への反動だけであれば魔力を使わなければ全身に痛みを感じる程度のはずだった。けれど生命力を大きく失っているせいで体内の魔力の制御が利かなくなっている。寝ているか座っているだけなら問題なさそうだが、身体を動かすと魔力が急に流れる事態が起きていた。
結果として壊れた回路に不安定な魔力が流れて全身にダメージが入り続ける。オーバーキルだ。
それでも対策はないため我慢するしかない。いつもよりも時間をかけて階段を降りて応接間の扉を開けた。応接間には、既にアドリアスとスピカが座っている。
「待たせたわね」
「…まだ寝ているほうが良いのではないか?話なら部屋でも問題ないと思うが…」
「この不調はどちらかと言うと反動だからしばらく続くわ。早く慣らしておかないと」
「はぁ…無理だけはするなよ」
「ラティアーナ様らしいと言えばそうですが…あなたを心配している人がいることを忘れないでくださいね」
アドリアスとスピカの少しの呆れと沢山の心配を含めた眼差しに、思わず目を逸らしてしまう。心配してくれているのも分かっているが無理をしないこと自体が難しい。
「最大限の努力はするわ。コホン…で、今ってどうなっているのかしら?」
対面に座り咳払いをして強引に話題を変えると二人の「あ、誤魔化したな」という心の声が聞こえた気がした。それを華麗にスルーして見つめていると観念したようにアドリアスが口を開いた。
「まずは現状報告だが、ゴルゴーン戦からは半日しか経っていない。そして戦いが終わった全員で学園まで戻ってきた形になる。ラティアーナの護衛の二人は重傷だったのもあって眠っているが他は全快しているな」
「そう…カレナとフレアはまだ目が覚めてないのね」
二人の身を案じていると「ゴルゴーンの魔力で全身を焼かれたに近いからな。むしろ、よく剣術だけで致命傷を避けたものだ」とアドリアスが感心していた。
二人は近衛騎士の中でも魔力が少ない分、武術に特化している。魔力を使わない純粋な剣術だけであれば私でも防戦一方になるくらいだ。
「二人は単純な剣技で魔力を斬れるのよ。わたくしが模倣できない剣技の一つね」
「ラティアーナ様が模倣できない技術ですか…」
「ええ…いずれは会得したいと思っているけどね。ともかく現状については分かったわ。問題はこれから先よね…」
今後同等の敵が出現した場合、相手を出来る人は限られる。最低でも王国内でも上位の実力者…アドリアスとまでは行かなくてもシリウスたち並みの実力者が二人以上が相手をする必要がある。
「正直なところ、国軍だけで対処するのは難しいな。ゴルゴーンの強さを考えると、軍の中でも部隊長以上の強さがなくてはならない。だが……単純に人数が足らない」
「各領地のなかでも騎士や魔術士の家系の上級貴族の力を借りるしかないのではありませんか?」
「それが無難ではあるのだけどね…」
スピカの考えを実行するのが一番手っ取り早いのは確かだ。だが領地に所属する貴族を直接動かすには王命を出すしかない。だが…
「無闇に王命を出せば領主から反感を買うか…」
アドリアスも「うーん」と微妙な表情になった。
基本的に魔物への対策は、その地を治める者が責を負うことになる。王都や直轄地の場合は担当する国軍の部隊が領地の場合は領軍と言った形だ。
もしも魔物が強大な場合は冒険者ギルドにも援軍を依頼しそれでも足りなければ他の領主や国軍を頼ることになる。しかしそれは他の領主や国に借りを作ることになるため最後の手段だ。
「しかも今回ばかりは冒険者に依頼を出すわけにもいかないわ。Aランク冒険者でも上位であれば戦いに参加はできるけど…」
「有効打を与えることができるとすればAランクの中でも最上位、もしくはSランクか…」
ギルドに所属している冒険者の情報は問い合わせれば知ることができる。エスペルト王国全域で見ても、Sランクは100人に満たない程度、Aランクも1000人くらいだった。
「もういっそのこと、スピカの案を採用しましょうか」
「…ですが王命は避けたいのでは?」
「もちろん王命は使わないわ」
スピカの案で問題になるのは、王命で強制させることで各領主からの反感を買うこと。であれば命令ではなく領主たちの同意を得て協力を約束させれば良い。
「アドリアス、ニコラウスと協力して領主会議を開く準備をお願いできるかしら」
「了解した…いつ開く?」
領主会議はエスペルト王国の全領主によって行われる会議だ。護国会議と同様に王城の一室で行われ領地が絡む話し合いや通達を行うことになる。
「そうね…10日後にしましょうか」
こうしてアドリアスやスピカと話をして領主会議への準備をしていく。半刻ほど経って、おおよその骨子が決まるとお開きにすることにした。
「そうだ、ローザリンデとリーファスってどこにいるかしら?」
二人には心配をかけたくないと思っている。だからこそ体調のことを黙ってもらうようにお願いしたわけだが……今日の内に顔くらいは見せておきたい。
「無事目が覚めたことを伝えたら修練場に行くと言っていましたね。呼んできましょうか?」
「修練場だったら……いえ、そうね。部屋で待っているからお願いできるかしら」
「ええ、少し待っていてください…ラティアーナ様、殿下たちに心配をかけたくないのは分かりますが頼られないと言うのも辛いものですよ」
スピカが二人を呼びにいくために外へと出て行った。私も続いて扉を抜けて部屋に戻ろうとする。その時にスピカが残した言葉が耳に残る。
「分かってはいるんだけどね…」
「少しずつ慣れていけば良いんじゃないか?こればっかりは、正解なんてないからな」
呟くほどの声だったがアドリアスにも聞こえていたみたいだ。扉を閉める直前に「善処するわ…」と口にするとアドリアスは笑みを浮かべた。
再びゆっくりと時間かけて部屋に戻る。そして部屋に入ると椅子に倒れこむように座って、上がってしまった息をどうにか落ち着けようとした。
ローザリンデとリーファスが部屋にやってくるまでの間、頭に浮かぶのはスピカとアドリアスの言葉だ。
私は家族との距離が分からない。お父様やお兄様たちの事も今は大切には思っている。それでも家族として大切か聞かれると首をかしげるだろう。幼い頃から見ているリーファスや初めて話した時から友好的であったローザリンデも私からすると庇護する相手の印象が強い。
頼っていないわけではないが……もう少し頼ろうとしても良いのかもしれない。
椅子に座ったまま、じっと考えていても思考は纏まらなかった。その内、ノックと共に「失礼します」と声が聞こえてくる。
「二人ともいらっしゃい」
「お姉様!お体は大丈夫ですか!?」
「ラティアーナ姉上…私にできることがあれば何でも言ってくださいね」
ローザリンデとリーファスが不安そうに見つめてくる。心配してくれることを嬉しく感じつつも、どうしても罪悪感も感じてなんとも言えない気持ちになった。
「ありがとう。気持ちだけで十分よ……でもそうね、辛い時にはお願いするわ」
今はまだ変えることは難しい。けれどもう少し弱みを見せても良いのかも知れないと、そう感じた。
ローザリンデやリーファスと少しだけ話をして、この日は解散となった。
太古に生き、怪物と呼ばれていた存在。現代において生存している者は、ヒュドラーのようにごく少数だと思われていた。少なくともエスペルト王国内の王都近くの森に眠っていたとは誰も思わなかっただろう。
太古に怪物とまで呼ばれた存在は、記録上では他にも居る。現代において絶滅していると考えられていたが、今回の件を考慮すると他にも出てくるかもしれない。
「1匹いたら100匹居るかもしれないって……嫌いなものが浮かんだわ…」
頭の中に黒光りする何かの大群が思い浮かんだ。その光景に気分が悪くなって慌てて思考を変えて、そのまま身体を倒して目を瞑る。
しばらくすると扉をノックする音が聞こえてスピカがやって来た。
「お待たせしました。タオルと着替えと水を持ってきましたよ」
「ありがとう。そこに置いといてもらえるかしら。すぐに準備するから下の応接間でアドリアスと待っていてもらえるかしら」
私に言葉にスピカが「え!?わたくしがやりますよ?」言葉にするが「だ、大丈夫だから!」と返して部屋から出て行ってもらった。
いくら同姓の友人と言っても、恥ずかしい気持ちはあるからだ。
私は水を少し飲んでベッドから降りる。長い間寝ていたせいか、或いは熱のせいか、ふらつく身体に力を入れて立ち上がった。濡れタオルを使って汗を拭き、簡単なドレスに着替えてから部屋を出る。
落ちないように壁を手で押さえながら階段を降りていると、想像以上の辛さに汗が落ちそうになる。
「はぁっ…これはまずいわ…副作用同士が掛け合わさるなんて…」
本来魔力回路への反動だけであれば魔力を使わなければ全身に痛みを感じる程度のはずだった。けれど生命力を大きく失っているせいで体内の魔力の制御が利かなくなっている。寝ているか座っているだけなら問題なさそうだが、身体を動かすと魔力が急に流れる事態が起きていた。
結果として壊れた回路に不安定な魔力が流れて全身にダメージが入り続ける。オーバーキルだ。
それでも対策はないため我慢するしかない。いつもよりも時間をかけて階段を降りて応接間の扉を開けた。応接間には、既にアドリアスとスピカが座っている。
「待たせたわね」
「…まだ寝ているほうが良いのではないか?話なら部屋でも問題ないと思うが…」
「この不調はどちらかと言うと反動だからしばらく続くわ。早く慣らしておかないと」
「はぁ…無理だけはするなよ」
「ラティアーナ様らしいと言えばそうですが…あなたを心配している人がいることを忘れないでくださいね」
アドリアスとスピカの少しの呆れと沢山の心配を含めた眼差しに、思わず目を逸らしてしまう。心配してくれているのも分かっているが無理をしないこと自体が難しい。
「最大限の努力はするわ。コホン…で、今ってどうなっているのかしら?」
対面に座り咳払いをして強引に話題を変えると二人の「あ、誤魔化したな」という心の声が聞こえた気がした。それを華麗にスルーして見つめていると観念したようにアドリアスが口を開いた。
「まずは現状報告だが、ゴルゴーン戦からは半日しか経っていない。そして戦いが終わった全員で学園まで戻ってきた形になる。ラティアーナの護衛の二人は重傷だったのもあって眠っているが他は全快しているな」
「そう…カレナとフレアはまだ目が覚めてないのね」
二人の身を案じていると「ゴルゴーンの魔力で全身を焼かれたに近いからな。むしろ、よく剣術だけで致命傷を避けたものだ」とアドリアスが感心していた。
二人は近衛騎士の中でも魔力が少ない分、武術に特化している。魔力を使わない純粋な剣術だけであれば私でも防戦一方になるくらいだ。
「二人は単純な剣技で魔力を斬れるのよ。わたくしが模倣できない剣技の一つね」
「ラティアーナ様が模倣できない技術ですか…」
「ええ…いずれは会得したいと思っているけどね。ともかく現状については分かったわ。問題はこれから先よね…」
今後同等の敵が出現した場合、相手を出来る人は限られる。最低でも王国内でも上位の実力者…アドリアスとまでは行かなくてもシリウスたち並みの実力者が二人以上が相手をする必要がある。
「正直なところ、国軍だけで対処するのは難しいな。ゴルゴーンの強さを考えると、軍の中でも部隊長以上の強さがなくてはならない。だが……単純に人数が足らない」
「各領地のなかでも騎士や魔術士の家系の上級貴族の力を借りるしかないのではありませんか?」
「それが無難ではあるのだけどね…」
スピカの考えを実行するのが一番手っ取り早いのは確かだ。だが領地に所属する貴族を直接動かすには王命を出すしかない。だが…
「無闇に王命を出せば領主から反感を買うか…」
アドリアスも「うーん」と微妙な表情になった。
基本的に魔物への対策は、その地を治める者が責を負うことになる。王都や直轄地の場合は担当する国軍の部隊が領地の場合は領軍と言った形だ。
もしも魔物が強大な場合は冒険者ギルドにも援軍を依頼しそれでも足りなければ他の領主や国軍を頼ることになる。しかしそれは他の領主や国に借りを作ることになるため最後の手段だ。
「しかも今回ばかりは冒険者に依頼を出すわけにもいかないわ。Aランク冒険者でも上位であれば戦いに参加はできるけど…」
「有効打を与えることができるとすればAランクの中でも最上位、もしくはSランクか…」
ギルドに所属している冒険者の情報は問い合わせれば知ることができる。エスペルト王国全域で見ても、Sランクは100人に満たない程度、Aランクも1000人くらいだった。
「もういっそのこと、スピカの案を採用しましょうか」
「…ですが王命は避けたいのでは?」
「もちろん王命は使わないわ」
スピカの案で問題になるのは、王命で強制させることで各領主からの反感を買うこと。であれば命令ではなく領主たちの同意を得て協力を約束させれば良い。
「アドリアス、ニコラウスと協力して領主会議を開く準備をお願いできるかしら」
「了解した…いつ開く?」
領主会議はエスペルト王国の全領主によって行われる会議だ。護国会議と同様に王城の一室で行われ領地が絡む話し合いや通達を行うことになる。
「そうね…10日後にしましょうか」
こうしてアドリアスやスピカと話をして領主会議への準備をしていく。半刻ほど経って、おおよその骨子が決まるとお開きにすることにした。
「そうだ、ローザリンデとリーファスってどこにいるかしら?」
二人には心配をかけたくないと思っている。だからこそ体調のことを黙ってもらうようにお願いしたわけだが……今日の内に顔くらいは見せておきたい。
「無事目が覚めたことを伝えたら修練場に行くと言っていましたね。呼んできましょうか?」
「修練場だったら……いえ、そうね。部屋で待っているからお願いできるかしら」
「ええ、少し待っていてください…ラティアーナ様、殿下たちに心配をかけたくないのは分かりますが頼られないと言うのも辛いものですよ」
スピカが二人を呼びにいくために外へと出て行った。私も続いて扉を抜けて部屋に戻ろうとする。その時にスピカが残した言葉が耳に残る。
「分かってはいるんだけどね…」
「少しずつ慣れていけば良いんじゃないか?こればっかりは、正解なんてないからな」
呟くほどの声だったがアドリアスにも聞こえていたみたいだ。扉を閉める直前に「善処するわ…」と口にするとアドリアスは笑みを浮かべた。
再びゆっくりと時間かけて部屋に戻る。そして部屋に入ると椅子に倒れこむように座って、上がってしまった息をどうにか落ち着けようとした。
ローザリンデとリーファスが部屋にやってくるまでの間、頭に浮かぶのはスピカとアドリアスの言葉だ。
私は家族との距離が分からない。お父様やお兄様たちの事も今は大切には思っている。それでも家族として大切か聞かれると首をかしげるだろう。幼い頃から見ているリーファスや初めて話した時から友好的であったローザリンデも私からすると庇護する相手の印象が強い。
頼っていないわけではないが……もう少し頼ろうとしても良いのかもしれない。
椅子に座ったまま、じっと考えていても思考は纏まらなかった。その内、ノックと共に「失礼します」と声が聞こえてくる。
「二人ともいらっしゃい」
「お姉様!お体は大丈夫ですか!?」
「ラティアーナ姉上…私にできることがあれば何でも言ってくださいね」
ローザリンデとリーファスが不安そうに見つめてくる。心配してくれることを嬉しく感じつつも、どうしても罪悪感も感じてなんとも言えない気持ちになった。
「ありがとう。気持ちだけで十分よ……でもそうね、辛い時にはお願いするわ」
今はまだ変えることは難しい。けれどもう少し弱みを見せても良いのかも知れないと、そう感じた。
ローザリンデやリーファスと少しだけ話をして、この日は解散となった。
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