王女の夢見た世界への旅路

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第9章 ターニングポイント

11 聖武具リーベル・サンクトゥス

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 聖武具リーベル・サンクトゥスは、初代国王が使ったとされる武器だ。全属性への高い適正がなければ扱うことができず魔力によって武具の形も能力も変化する武具となっている。その本質は魔力による創造とも言えるだろう。

 リーベル・サンクトゥスの通常時の形状は、剣の柄のような唯の棒みたいな物だ。それに魔力を込めることで質量を増やし形状を変化、分裂させて、浮遊する四本の刀として顕現させた。
 ゴルゴーンは口を開くと再び魔力を放射する。射線上の木々や地面を消し飛ばして迫り来る魔力の奔流を、解放した辰月で斬り裂いて左右に両断する。できた道を一直線に進んで距離を詰めた。

「その刀…黒龍の魔力霧散だね。だけど僕の身体には通じないよ」

 ゴルゴーンは腕や翼で傷ついた部分を守ると、無数の蛇を顕現させて迎撃しようとする。

 夜月が喰らった力を破壊へ変換するのに対し、辰月は魔力の霧散に特化している。丈夫ではあるものの今の私では、辰月で傷をつけることは難しいだろう。

 けれどリーベル・サンクトゥスは別だ。ゴルゴーンにも効果のある聖なる力を宿していて、王鍵から供給される膨大な魔力を支えにして突き刺すだけの威力は持っている。

「今のわたくしでは完全に扱えるわけじゃないけど……聖武具の力を思い知りなさい!」

 四本の刀は私の意思に沿って高速で撃ち出されて、ゴルゴーンの四肢に突き刺さる。刺さった刀身に内包されている魔力を使って聖属性を付与した雷撃を放つとゴルゴーンは煩わしそうに表情を歪めた。

 雷系等の攻撃の利点は、実体を持つ相手であれば硬い肉体を持つ相手であっても身体の内部へ通じるところにある。仮に雷への耐性が高かったとしても、他の属性を乗せることで体内へ攻撃を届けることが可能だ。

「刃が通ることは凄いけど小さすぎて効かないね。体内を迸る雷撃も不愉快だけど致命傷にはならないよ?」

 私は蛇による攻撃を避けながら三本の刀を細かくして無数の刃へと変質させて増殖させていく。無数の刃をゴルゴーンの周囲に散りばめた後、高速で回転させてゴルゴーンの身体を削るように斬り裂いた。

 更に地面に手を付けて地属性の魔術を行使した。30メートル四方の大地を2つほど削り取って浮かせるとゴルゴーンの前後から押しつぶす。

「だったら質量も追加してあげるわよ…ゴボッ…」

 瞬間的に膨大な魔力を行使した反動で傷口や口から血が零れる。満身創痍な私の身体も限界が近く大規模な魔術を行使できるのも後1、2回が限度に思えた。
 だからこそ私は覚悟を決める。この最後の攻撃に全てを賭けることにした。

「これで終わりよ!」

 私は短剣を二つ取り出すと魔術を込めて足下と後ろに投擲する。そして私の後ろにリーベル・サンクトゥスを私と等身大の巨大な槍に変化させて浮遊させた。同時に短剣に込めた術式に魔力を流して展開していく。

「空間移動の魔術…だけど、その場所じゃ意味ないよ?」

 術式を見ただけで魔術の系統がわかるのは、流石は太古の時代から生きるゴルゴーンだろう。しかし、この魔術は通常の転移ではない。

「だったら体験してみることね」

 私はそう口にすると術式を発動させた。
 すると私は後ろに転移し、リーベル・サンクトゥスの巨大な槍がゴルゴーンの胸を貫く。そして私から距離が離れたことで元の形状である柄となって私の手元に戻る。

 同時に私の中から力が抜けていく。王鍵との接続も切れて魔力が尽きた私は膝をついた。息を絶え絶えになりながらも、なんとか意識を保って顔を上げるとゴルゴーンが膝をついているのが見える。
 確実にダメージは与えた。けれどゴルゴーンはまだ健在で、その目から感じる威圧も辺りに放たれている殺気も魔力も衰えてはいなかった。

「まさか……これでも倒せないなんてね…」

「残念だけどね、僕には心臓が二つあるんだ。片方潰しただけでは致命傷にならないよ…けれど誇っていいよ。たったの一人の人間が、僕にここまでの傷を与えたことは初めてだからね。…最後の攻撃は一体なんなんだい?」

「…転移魔術は転移対象の運動ごと転移するのよ…だから片方の術式だけ改竄して転移対象の運動を調整したってところかしらね」

 転移魔術…実際は置換になるが、対になる術式で2地点の座標を指定して同じ大きさの空間ごと入れ替える仕組みになっている。そして空間内の運動エネルギーごと転移させることが基本となっていた。でないと生物の血流や臓器といった体内の運動が止まって大変なことになるからだ。
 また転移時に影響するものとして惑星の慣性がある。これらを考慮しないと、転移した直後に惑星の自転や公転によって予期しない方向へ飛ばされることになる。だから術式には自動で転移時点の運動を計算して調整する仕組みがあるわけだが、レーベル•サンクトゥスの転移先の調整を変更してゴルゴーンに向けたわけだ。

「なるほどね…人というのは面白いね。同じような術でも予期しない使い方をする。だけど残念だよ。君は今から僕が殺すんだからね」

 私は魔法袋から魔力回復薬や液状化魔力を取り出して一気飲みすると、震える身体に鞭打って立ち上がる。近くに落ちている夜月を拾って二刀を構え、ゴルゴーンに目を向けた。

 状況は絶体絶命。魔力もなく身体も傷だらけだ。けれど、ここで負けるわけにはいかなかった。だからこそ賭けに出る。少し時間はかかるが魔力を薬で回復させることができる。身体の傷も、致命傷を受けることで発動する胸元の魔術具であれば最低限の治癒を行える。

 ゴルゴーンは髪を蛇に変化させて私を貫こうとした。
 次に来る痛みに備えて、覚悟を決めようとしたその時……
 空が光るとゴルゴーンに光の斬撃が降り注ぐ。ゴルゴーンの右肩を斬り裂いて地面が爆散すると、衝撃と轟音が辺りを包んだ。同時に空から何かが落ちてきた音がする。

「すまない…待たせたな」

「お久しぶりですね、ラティアーナ様」

 私の目の前に立っていたのは聖剣グラディウスを掲げたアドリアスと杖を抱えているスピカだった。

「アドリアスにスピカも…どうして…?」

 王都から最速で走っても間に合う時間ではない。そして親友であるスピカまでもここにいて、思わず目に涙が溢れてきた。

「友として、元帥として助けに来るのは当然だろう」

「わたくしとも約束していたではありませんか。助けるのは当然のことです!…それにわたくしたちだけではありませんよ」

 スピカが微笑みながら言葉にすると後ろから「お姉様!」「姉上!」と呼ぶ声が聞こえた。振り返るとローザリンデとリーファスガいて、二人して私に治癒の魔術を施してくれる。更にはコーネリアやイルミナを始めとするAクラスの生徒全員と、アイリスを始めとする教師たちも全員揃っていた。

 予想外の状況に驚いているとアドリアスが笑いながら「緊急事態ゆえに全員に協力を仰いだ。皆の安全は俺が守るから安心して欲しい」と口にする。
 同時にアドリアスは聖槍ファスケストを取り出して「同調開始…共鳴!」と叫んだ。この場に居る私以外の皆の魔力が同調し共鳴しあうことで魔力が高まっていく。
 そしてリーファスは聖剣グラディウスでもってゴルゴーンを斬り裂き、少し後ろからスピカが赤い雷撃の槍を放っていく。

「助けが来るとは…面倒だね」

「面倒なことも全て終わらせてやろう…安心して倒されると良い」

 二人がゴルゴーンに攻撃を仕掛けていく。ゴルゴーンも攻撃を防ごうとするが聖剣の一撃は防ぎ切れないようだった。スピカの魔術も傷ついた身体に命中し少しずつダメージを与えている。

「私も前に出る。ラティアーナ姉上を頼む…」

 リーファスもアドリアスやスピカと共に戦うために前に出ようとする。

「…わかったわ。お姉様の治癒はわたくしに任せなさい」

「ではわたくしが防御に当たりましょう。今のゴルゴーンの攻撃であればわたくしでも対処可能です」

 ローザリンデやアイリスは少しだけ迷う素振りを見せて、この場に残ることを選んだ。単純な実力ではリーファスを超えていてもローザリンデでは回避力が、アイリスでは火力が足りないからだろう。
 ローザリンデが引き続き私に治癒を施してアイリスが守ってくれることになった。

「リーファス…これを使いなさい」

 私は前に出ようとするリーファスを呼び止めてリーベル•サンクトゥスを投げた。リーファスは反射的に投げられた物を受け取ると驚く表情を見せる。

「っ!?これは…王にしか扱えないのでは?」

「代々の王に引き継がれているけど…わたくしが託す分には大丈夫じゃないかしら?それに王太子なのだから問題ないわよ」

 魔力の少ない私では王鍵によるバックアップがあってようやく使えるが、聖人と呼べるほど魔力や適性が高いリーファスであれば私以上に扱えるかもしれない。

 リーファスは「ありがたく使わせていただきます」と言葉を残してゴルゴーンに向かって行った。
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