王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第9章 ターニングポイント

6 臨時教師(仮)による授業

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「今日から数日の間、Aクラスの授業を手伝ってもらう臨時の教師を紹介します」

 私が王立学園を訪れた翌日の朝。
 担任であるアイリスの紹介で私も前に出る。

「皆さん始めまして。臨時の教師をすることになったラナと申します。実習演習までの間、よろしくお願いしますね」

 昨日の話し合いで学園長たちに提案した臨時の教師とは変装した私のことだ。瞳の色を黒に変えウィッグで髪型を変える。変装用の魔術でも輪郭は変えられないが、眼鏡などの小物と化粧を合わせることで誤魔化すことはできる。最後に声の高さを少し変えれば完璧な変装の完成だ。

 Aクラスの生徒は私の時と同じ8人。その内7人は貴族のため面識があった。特にリーファスはもちろん、コーネリアとイリーナの妹であるイルミナとはそれなりに親しい関係でもある。

 何度も顔を合わせた3人でも分からないのだから私の変装は完璧なのだと自信が付いた。声を変える技術と変装技術を磨いて行けば女優にも諜報員にもなれるかも知れない。

「では今日の授業を始めます。最初は実技となるので外に行きましょうか」

 この時期は実戦演習のための準備を兼ねて実技の授業が多くなる。私たちは演習場へと向かった。



 全員で移動するとアイリスの簡単な説明してから授業が始まる。普段は個人の特訓を行った後、生徒同士の模擬戦や教師との模擬戦を行って総評を行うということがほとんどだった。今回は私がいることもあって魔術の特訓をアイリスが武術の特訓を私が行うことになった。

 今年の1学年のAクラスは魔術士志望が多いようで私の元に来たのはリーファスとコーネリア、イルミナの3人だけだった。

「では始めましょうか」

「「「よろしくお願いします」」」

 互いに挨拶をすると早速授業を開始する。と言ってもリーファスは定期的に特訓をつけているが他2人の今の実力を知らないと教えることは難しい。コーネリアも数年前に一緒に戦ったきりでイルミナともここ数年は社交の時に話すくらいだ。

「まずは、あなたたちの実力を知りたいですね……早速ですが模擬戦をしましょうか。武術はもちろん魔術の使用も認めます。3人同時で構いませんよ」

 私の言葉に3人の表情が変わる。言葉には出さないが期間限定のよく分からない教師に魔術ありの3対1は舐められていると感じたのかもしれない。3人は少しだけ面白くなさそうにしつつもそれぞれの武具を構えると真剣な顔へと変わる。

「では…行きます!」

 最初に仕掛けてきたのはリーファスだった。身体強化と魔装をあわせて斬撃を強化して連撃を繰り出してくる。対して私も同様に身体強化を行使し備品の剣に魔装を掛けて迎え撃った。剣と剣がぶつかり合う度に甲高い音が鳴り響いていく。

「一撃で決めるつもりでしたが…ここまで差があるなんて…」

 リーファスの剣は身体強化による重い一撃を最速で多数繰り出す攻めの剣。相手に隙を与えず一気呵成に攻めることで防御を崩すことを主体にしている。
 4歳差とはいえ身体を鍛えていて魔力も豊富なリーファスが相手では、力勝負になると私のほうが分が悪いだろう。けれど剣の軌道を読んでしまえば対処は簡単だ。

「速度を上げようとして攻撃が単調になっています。それでは当たりませんよ」

 私は単調になってきた剣を思いっきり弾いた。リーファスの姿勢が若干崩れたのを確認して全力で蹴り飛ばした。

「王族相手に容赦ないですわね……」

「闘技場では身を守る魔術障壁が作動しますから大怪我はしないでしょう。コーネリアさんとイルミナさんもかかってきなさい」

 コーネリアは蹴り飛ばした反動で数メートル吹き飛んだリーファスを見て苦笑いを浮かべていた。コーネリアとイルミナは共に杖を構えなおすと、同時に攻撃を仕掛けてきた。杖による近接攻撃は棒術に近く打撃と突きが主体となる。コーネリアとイルミナのどちらかが死角になるように杖を叩き付け突き出してきた。

「視野の外から攻撃をしているのに当たらないなんて!?」

「二人とも木曽は押さえていますね…けれど死角からの攻撃を避けるのは近接戦を得意とする者にとって常識ですよ」

 私は二人が繰り出す杖を可能な限り避け、残りを弾くことで凌いでいた。二人の杖と剣を打ち合っている間に「ためが大きいですね」や「狙いが丸見えです」と言って欠点を指摘する。ある程度指摘が終わると身体強化の強度を上げた。膂力に任せて剣を薙ぎ払うと、二人は悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
 すると剣を薙ぎ払い二人が離れたタイミングで後ろから巨大な雷撃が迫ってくる。

「は…!?」

「威力は高いですが分散しています。大量の魔力をこめていても密度が足りませんね」

 魔装した剣を振るうと巨大な雷撃が二分される。放たれた方向に視線を向けるとリーファスが呆然としていた。恐らく不意をついて放った上級クラスの魔術を斬られたことに驚いているのだろう。

「なるほど…臨時の教師となるだけあって、武術だけでなく魔力も含めた戦闘でも相当な実力者のようですわね。本当に魔術ありで全力を出して良いのですね?」

 イルミナは吹き飛ばされた杖を拾うと問いかけてきた。若干顔を顰めていて腕が震えているところを見ると、私の剣を受けた衝撃で腕が痺れているのだろう。近くにいるコーネリアも無言で杖を構えて私の隙を窺うようにしている。

「ええ、構いませんよ。私の仕事はあなたたちを強くすること。限られた時間の中で精一杯教えるためにも、あなたたちの全力が知りたいです……だから持てる全てを私にぶつけなさい」

 私がこうして学園で誰かを教えることは早々できない。だかこその折角の機会だ。存分に使わせてもらうつもりだった。
 それに三人の実力を見たいのもまた本音である。

 私の言葉に反応した三人は、それぞれの武器を構えると身体強化を掛けて向かってくる。まずはリーファスが剣に膨大な魔力を纏わせると、巨大な魔力の斬撃として薙ぎ払おうとした。

「強い一撃ですが、隙が大きいですよ」

 私は横に振るわれた巨大な魔力の斬撃を上に跳躍して避けた。跳躍した私を目掛けて雷撃や氷の針が迫るが全てを剣で叩き落していく。そして空中に魔術障壁を展開して一歩踏み出すと、その勢いのままリーファスに掌底打ちを行い魔術によって衝撃を加速させた。

 すると上空に膨大な魔力を感じるようになる。見上げると複数の術式が展開され、順番に雷撃が降り注ぐ。その全ての雷撃は、私の少し隣へと着弾した。

「嘘…!?わたくしの魔術が逸らされた!?」

「イルミナさんの魔術は正確に制御されてますから干渉することは難しいですよ…ですが正確とは、時に弱点にもなりえます」

 光系統の魔術を使うと光の位置を曲げることができる。レンズを通して見る実像がずれて見えるように目で見た位置が実際の位置とずれるように錯覚させることも可能だ。相手が狙う場所の認識がずれていて、そこに正確に魔術が飛来するのであれば避けるまでもないことになる。
 イルミナが私の位置を見失った瞬間に間合いに入り込むと剣の柄で杖ごと殴り飛ばした。

「へぇ…」

「先生が幻影を上手に扱えることはわかりましたわ。けれどこれだけの弾幕であれば、どこにいても当たりますの」

 コーネリアはイルミナとの攻防を見て考えたようで氷の弾丸による弾幕を張ることにしたようだ。一つ一つの弾丸は小さいが物量で面制圧をするのは、相手の位置がつかめない相手や高速で動く相手に有効な手となる。また雷撃のように軌道が複雑なものでなく氷の実態がある弾幕には、光系統の魔術によるごまかしを見つけやすい利点もあった。

「それだけの弾幕…打ち続ければコーネリアさんの魔力が尽きますよ?」

「わたくし一人だけでしたらそうですわね。けれど頼りになる二人がいますから…」

 私が吹き飛ばしたリーファスとイルミナも衝撃から回復したようで私を囲むようにして隙を窺っている。最初の頃のように交互に攻撃を仕掛けるだけでなく、牽制や攻撃など役割分担が徐々にできているようだった。

 私は思わず内心で笑みを浮かべると「かかってきなさい」と告げて三人とぶつかった。



 それから、私と三人の対決は半刻近く続いて終了する、
 徐々に連携が上達した三人が押し始めたことで、私は防戦一方になった。けれど先に力尽きたのは三人だ。全力攻撃による体力や魔力の消耗が激しく立ち上がることが困難になったことが原因だった。

「「「はぁ…はぁ…」」」

「そこまでのようですね。最初に比べて随分と上達したと思いますよ」

 コーネリアとイルミナは消耗が激しすぎて足腰が立たなくなったようだった。今も地面に倒れこむようにしている。比較的体力が多いはずのリーファスも立っているのは辛いようで膝を地面につけて息を整えていた。

 話せるくらいまで回復を待ってから一人一人に言葉を贈ることにした。

「三人とも力を使い果たしているでしょうから、そのままで構いませんよ。あなたたちへのアドバイスを伝えます。生かすも殺すもあなたたち次第です」

 正直なところ贔屓目に見なくても三人の個々の実力は高いほうになる。それこそ経験を積めば王国内でも上位に入れるだろう。魔力量が多く制御力も高いことで各種属性の最上級魔術くらいまでは扱えて発動速度も十分実戦に通用するレベルでもあると感じていた。
 基礎ができているのなら…どう活かしていくかの問題だ。

「まずリーファスさん。剣術も魔術も同年代の中はもちろん軍の中でも団長に近い実力です。ですが真っ直ぐすぎて読みやすい…対人戦に慣れて駆け引きを覚えた方がいいでしょう」

「駆け引きですか…時間が空いた時には近衛騎士に教えてもらいますが対人戦はしませんね。模擬戦をしてくれるのも姉上…いえ、陛下くらいです」

「本来の近衛の役割は主人を守ることで教えることではないですからね。学園以外では身を守る結界もないですし仕方のないことです。ですから学園にいる2年の間に経験を積みなさい」

 リーファスは悔しそうにしていたが私の言葉を聞くと目を少し閉じ「わかりました」と口にする。次にコーネリアへ視線を向けると体をビクッと揺らして背筋を伸ばした。

「コーネリアさんは連携を覚えるといいでしょう。貴族が前線に出て戦う場合、戦略的な局面にいるときが多いです。周りにも騎士や魔術士がいるはず…他の人の動きを見て最大の力を発揮できるように考え続けなさい」

「ええ…今まで共闘することはあまりありませんでした。ありがとう存じます」

 この中で一番経験があるのはコーネリアだろう。特にグライアス侯爵領の一件は、彼女の中でとても大きな出来事だったはずだ。命懸けの戦いというのは危険も大きいが生き延びた時の成長も大きい。

「最後にイルミナさん。あなたの魔術の戦闘は上手いと思います。実際に魔物のように本能で動く相手ならば十分でしょう。ですが人相手になると最速で最大の魔術を行使するだけでは届きません。自信と相手の動きを考えながら戦うと良いでしょう」

 マギルス公爵家では学園に入る前から両親と共に前線に立つことが多い。イリーナの頃はドラコロニアとの争いが勃発していたが、友好関係にある今では魔物との戦いしか発生しない。
 イルミナが魔物との戦いの経験が増えて対人経験が少ないのは仕方ないだろう。

 三人にアドバイスを贈った後、少しだけ体を休めると武術の訓練を始めていく。私が学園に滞在する限りある時間の中で実技の授業を行う時間はそれほど多くない。
 私は少しだけ楽しみつつAクラスの授業に臨んだのだった。



 そして私が学園都市を訪れてから初めての休日がやってきた。



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