220 / 430
第8章 女王の日常と南の国々
閑話 コーネリアの追憶と誓い
しおりを挟む
コーネリア・グライアスにとって、ここ数年の出来事はとても印象に残るものだった。
革命による国王の失脚から始まったエスペルト王国の内部分裂と王位簒奪。それを僅か14歳の王女が革命軍を打倒しエスペルト王国を纏め上げて王位を奪還した。
コーネリアにとっては4歳しか違わないラティアーナに憧れを抱く。グライアス領の次期領主としてラティアーナのようになりたいと。
けれど数月前。
ナイトメア戦線が始まった頃からグライアス領の様相が変わっていく。
元々グライアス領には東の海やマギルス領を経由する商隊が多くやってくる。それがドラコロニア王国とエインスレイス連邦との同盟をきっかけにして新しい商隊が入ってくることになった。
最初は新しい商会が増えて流通が活発になるという利点があったが、新しい人との繋がりは時に邪な考えを抱いている人を招いてしまう。
他の色に黒い絵の具を垂らしたように悪意が染まり、徐々に混ざり合って侵食していく。気づいた時にはグライアス侯爵は身動きが取れなくなっていた。
コーネリアも父の様子から何か良くない事が起きているのを察していた。娘の前では笑顔を絶やさない侯爵だが、仕事中や1人でいる時の表情が険しかったからだ。
お披露目を迎えているコーネリアは知っているつもりだった。
たとえ同年代でも他領の貴族に漬け込まれる可能性があることを。だからこそ下手に弱みを見せてはいけない。常に利用されないように気をつけなければいけない事を。
一見親しい人でも裏切る可能性があることを。
グライアス領で誘拐事件が発生し始めた頃。
「お嬢様。フィン殿から訓練場に来て欲しいとの話でしたがどうなさいますか?」
コーネリアが自室で寛いでいると侍女が部屋にやってきてフィンの伝言を伝える。
筆頭魔術士であってもフィンは平民。本来であれば領主の娘であり高位貴族のコーネリアを呼ぶことはありえないだろう。
だが昔から魔術を教わり親しくしていた間柄でもある。
「要件は聞いてないのよね?」
「はい…ただ来て欲しいとだけですね」
コーネリアは少し考えると「すぐ向かうわ」と答えた。
要件を言わないことは珍しいが今回の用に前触れもなく訓練場に呼ぶことは今までも多々あること。
コーネリアは特に疑問に感じることもなく訓練場へ赴いた。
「フィン?訓練場に呼び出してどうしたの?」
訓練場の中に入るとフィンが待っていた。要件を聞こうと声をかけるとフィンがコーネリアの方を向く。
「これはお嬢様。わざわざお越しいただきありがとうございます」
「別にいつもの事だから気にしてないわよ。そもそも悪いなんて思ってないでしょう」
コーネリアが仕方がないと言いたげに肩をすくめて言うとフィンは「今回ばかりは本当に申し訳なく思ってます」と呟く。
「今回はってどういう!?」
コーネリアが一歩踏み出して問いかけようとするが動きが止まる。いつのまにか地面に仕掛けられていた術式が発動し複数の魔力の鎖がコーネリアを縛ったからだった。
「声を上げても無駄です。私は風魔術を得意とする魔術士。風の結界で覆っているこの場所は、どんなに大きな音でも外には聞こえません」
「どうして…」
「こうすることが私の役目ですから」
フィンはそれだけ言葉にすると魔術を行使した。
コーネリアは息苦しく感じた後、途端に眠気に襲われて意識を手放した。
次にコーネリアが目が覚めると手足に枷が嵌められていた。手枷には魔封じの腕輪を使っているようで魔力を扱えそうにもない。
「ここは…」
「あ…目が覚めましたか?」
コーネリアが見た景色は窓のない薄暗い部屋だった。声のした方に顔を向けるとコーネリアよりも少し年上の少女だ「大丈夫ですか?」と尋ねる。
「ええ…少なくとも怪我はしてませんわ。あなたたちは、いえ、ここはどこですの?」
「落ち着いて聞いてください。場所は私もよく知りませんが…私たちは連れ去られたのだと思います」
コーネリアは少女からおおよその内容を聞く。
ここにいる者たちは連れ去られたのを認知している者や気付いたらここにいた者など多少の差異があるものの自身の意思ではないらしい。連れ去られたときも暴行はされていないらしく怪我を負っている人もいない。
食事は1日2回ほど配給される。この部屋からは出られないが何もされてもいないとの事だった。
コーネリアが目が覚めてから9回目の食事を取ってからしばらくたった頃。
今まで食事を運ぶためだけの小窓が開くだけだったが、初めて扉が開いた。
そこに現れたのは3人の内の1人が「あなたたちを助けに来ました。知っている限りで他に捕まっている人はいませんか?」と言葉にした。
ようやく助けが来た。
そう思ったコーネリアだったがたった3人で皆を逃がすことができるとは思えない。領主の娘として他の人たちだけでもと思って貴族であることを伝えるが、微笑みという予想外の返しに驚くことになる。そしてその後についても驚きの連続だった。
エスペルト王国の中で高貴な人物にしてコーネリアの憧れでもあるラティアーナ。
グライアス領の衛兵であるエデンと近衛騎士のアルキオネに守られて、ラティアーナと2人組との戦いを見ると全てにおいて別格だということが分かる。
「国王陛下はお強いですね。それに比べてわたくしは…」
コーネリアが思わず呟くとアルキオネが「これから強くなれば良いと思いますよ」と言った。
「わたくしも近衛として守らなければなりませんがラティアーナ様には力及びません。もっとも守られるだけの人ではありませんが…せめて共に戦うことができればと、そう思って特訓しています。コーネリア様も目指したい場所があるのならば、追いつけるように進んでいけば良いと思うのです」
その後アルキオネは慌てて防御に力を入れて皆を守る。
ほんの少しの時間でゴーレムを無力化し魔術士を倒すだけでなく、剣士相手にも正面から叩き潰したラティアーナを見たコーネリアは新しい誓いを立てる。
敵に回ったフィンの真意を必ず尋ねると。助けを待つのではなく助ける側へなれるように。
次期領主として強くなると心に刻んだ。
革命による国王の失脚から始まったエスペルト王国の内部分裂と王位簒奪。それを僅か14歳の王女が革命軍を打倒しエスペルト王国を纏め上げて王位を奪還した。
コーネリアにとっては4歳しか違わないラティアーナに憧れを抱く。グライアス領の次期領主としてラティアーナのようになりたいと。
けれど数月前。
ナイトメア戦線が始まった頃からグライアス領の様相が変わっていく。
元々グライアス領には東の海やマギルス領を経由する商隊が多くやってくる。それがドラコロニア王国とエインスレイス連邦との同盟をきっかけにして新しい商隊が入ってくることになった。
最初は新しい商会が増えて流通が活発になるという利点があったが、新しい人との繋がりは時に邪な考えを抱いている人を招いてしまう。
他の色に黒い絵の具を垂らしたように悪意が染まり、徐々に混ざり合って侵食していく。気づいた時にはグライアス侯爵は身動きが取れなくなっていた。
コーネリアも父の様子から何か良くない事が起きているのを察していた。娘の前では笑顔を絶やさない侯爵だが、仕事中や1人でいる時の表情が険しかったからだ。
お披露目を迎えているコーネリアは知っているつもりだった。
たとえ同年代でも他領の貴族に漬け込まれる可能性があることを。だからこそ下手に弱みを見せてはいけない。常に利用されないように気をつけなければいけない事を。
一見親しい人でも裏切る可能性があることを。
グライアス領で誘拐事件が発生し始めた頃。
「お嬢様。フィン殿から訓練場に来て欲しいとの話でしたがどうなさいますか?」
コーネリアが自室で寛いでいると侍女が部屋にやってきてフィンの伝言を伝える。
筆頭魔術士であってもフィンは平民。本来であれば領主の娘であり高位貴族のコーネリアを呼ぶことはありえないだろう。
だが昔から魔術を教わり親しくしていた間柄でもある。
「要件は聞いてないのよね?」
「はい…ただ来て欲しいとだけですね」
コーネリアは少し考えると「すぐ向かうわ」と答えた。
要件を言わないことは珍しいが今回の用に前触れもなく訓練場に呼ぶことは今までも多々あること。
コーネリアは特に疑問に感じることもなく訓練場へ赴いた。
「フィン?訓練場に呼び出してどうしたの?」
訓練場の中に入るとフィンが待っていた。要件を聞こうと声をかけるとフィンがコーネリアの方を向く。
「これはお嬢様。わざわざお越しいただきありがとうございます」
「別にいつもの事だから気にしてないわよ。そもそも悪いなんて思ってないでしょう」
コーネリアが仕方がないと言いたげに肩をすくめて言うとフィンは「今回ばかりは本当に申し訳なく思ってます」と呟く。
「今回はってどういう!?」
コーネリアが一歩踏み出して問いかけようとするが動きが止まる。いつのまにか地面に仕掛けられていた術式が発動し複数の魔力の鎖がコーネリアを縛ったからだった。
「声を上げても無駄です。私は風魔術を得意とする魔術士。風の結界で覆っているこの場所は、どんなに大きな音でも外には聞こえません」
「どうして…」
「こうすることが私の役目ですから」
フィンはそれだけ言葉にすると魔術を行使した。
コーネリアは息苦しく感じた後、途端に眠気に襲われて意識を手放した。
次にコーネリアが目が覚めると手足に枷が嵌められていた。手枷には魔封じの腕輪を使っているようで魔力を扱えそうにもない。
「ここは…」
「あ…目が覚めましたか?」
コーネリアが見た景色は窓のない薄暗い部屋だった。声のした方に顔を向けるとコーネリアよりも少し年上の少女だ「大丈夫ですか?」と尋ねる。
「ええ…少なくとも怪我はしてませんわ。あなたたちは、いえ、ここはどこですの?」
「落ち着いて聞いてください。場所は私もよく知りませんが…私たちは連れ去られたのだと思います」
コーネリアは少女からおおよその内容を聞く。
ここにいる者たちは連れ去られたのを認知している者や気付いたらここにいた者など多少の差異があるものの自身の意思ではないらしい。連れ去られたときも暴行はされていないらしく怪我を負っている人もいない。
食事は1日2回ほど配給される。この部屋からは出られないが何もされてもいないとの事だった。
コーネリアが目が覚めてから9回目の食事を取ってからしばらくたった頃。
今まで食事を運ぶためだけの小窓が開くだけだったが、初めて扉が開いた。
そこに現れたのは3人の内の1人が「あなたたちを助けに来ました。知っている限りで他に捕まっている人はいませんか?」と言葉にした。
ようやく助けが来た。
そう思ったコーネリアだったがたった3人で皆を逃がすことができるとは思えない。領主の娘として他の人たちだけでもと思って貴族であることを伝えるが、微笑みという予想外の返しに驚くことになる。そしてその後についても驚きの連続だった。
エスペルト王国の中で高貴な人物にしてコーネリアの憧れでもあるラティアーナ。
グライアス領の衛兵であるエデンと近衛騎士のアルキオネに守られて、ラティアーナと2人組との戦いを見ると全てにおいて別格だということが分かる。
「国王陛下はお強いですね。それに比べてわたくしは…」
コーネリアが思わず呟くとアルキオネが「これから強くなれば良いと思いますよ」と言った。
「わたくしも近衛として守らなければなりませんがラティアーナ様には力及びません。もっとも守られるだけの人ではありませんが…せめて共に戦うことができればと、そう思って特訓しています。コーネリア様も目指したい場所があるのならば、追いつけるように進んでいけば良いと思うのです」
その後アルキオネは慌てて防御に力を入れて皆を守る。
ほんの少しの時間でゴーレムを無力化し魔術士を倒すだけでなく、剣士相手にも正面から叩き潰したラティアーナを見たコーネリアは新しい誓いを立てる。
敵に回ったフィンの真意を必ず尋ねると。助けを待つのではなく助ける側へなれるように。
次期領主として強くなると心に刻んだ。
応援ありがとうございます!
5
お気に入りに追加
78
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる