王女の夢見た世界への旅路

ライ

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第8章 女王の日常と南の国々

40 投じた一手

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 兵舎に着いた私とアルキオネは、その中にある応接用の部屋に通された。

 先ほどの衛兵たち中で代表格だった人がやってくると、お茶を持ってきてくれて向かい合う。

「では改めて小隊長のエデンだ。先ほどは助かった…巡回を増やしているが中々現場を押さえることができなくてな。感謝する」

 エデンは頭を下げて礼をした。
 ここからどう話を進めるべきか考えているとアルキオネが「実は協力して欲しいのです」と言葉にする。

「協力…ですか?」

 エデンは首をかしげながら疑問を口にする。

「わたくしはアルキオネ・ルークス。近衛騎士団の副長を務めている者です」

 アルキオネは帽子を取って素顔を見せつつも名乗りを上げた。

「なるほど。近衛騎士団の副長で…はいっ!?」

 エデンはアルキオネの言葉を繰り返したあと驚きの声を上げる。目を見開いていて硬直していて微動だにしない。

「そして驚かずに聞いて欲しいのですが、隣にいるのはラティアーナ・エスペルト様です」

 エデンが口をパクパクさせながらも顔色が青くなっていく。
 人前で明かせなかったとはいえ、流石に申し訳なく感じた。

「はじめましてラティアーナです。一応変装しているような状態なので普通に接してくれて構いません。もちろん不敬にも問わないので安心してください」

 アルキオネに続いて私も帽子を取って自己紹介をする。なるべく怖がらせないように笑みを浮かべて伝えるとエデンは「申し訳ございませんでした!」と頭を地面に伏せるのだった。

「とりあえず頭を上げて椅子に座ってください。一度深呼吸して落ち着きましょう。ほら吸ってー吐いてー」

 エデンを椅子に座らせて深呼吸を促す。呼吸を整えて落ち着くのを少し待つ。

「取り乱して申し訳ございませんでした。国王陛下…とお呼びすればよろしいですか?」

「領城みたいに貴族がいる場であったり正式な場であればそうね。けれど今回みたいに国王として正式に動いていないときは何でも構わないわ」

 元々身分を明かした理由も協力してもらうための正当な理由付け、領主を通さず衛兵を動かす大義名分が欲しかっただけだ。
 むしろ不自然にならないうように言葉遣いも元に戻して欲しいと伝えると少し逡巡してから「わかりました…いや、わかった」と言葉にした。

 落ち着いたところで早速要件に入ることにする。

「あなたたちにお願いしたいことは誘拐された人たちの救助よ。ただ敵がどこに潜んでいるか分からないから、なるべく少数でね」

 グライアス侯爵が白だと感じた時、1つ気になることがった。
 街を見てより感じたが領主として街を発展し守ろうとしている彼が、今回の件に気付いていないとは考え辛いことだ。仮定に仮定を重ねることになるけれど、グライアス侯爵が動けない事情があるのではないかと睨んでいる。

「救助は構いませんが場所は掴んでいるのでしょう…いるのか?」

 エデンは言葉に詰まりながらも誘拐犯がどこにいるのか分からないと告げる。

 もっともな疑問だが既に手は打ってあった。

「ええ。先ほど遭遇した敵に打撃を打ち込んだ時、魔術を刻んだ魔石を忍ばせてあります。対となる術式を展開すれば、おおよその方向と距離が掴めるはずです」

 魔術による通信は、大気中の魔力を伝って伝達される。通信魔術であれば音や映像と言った情報を魔力に伝達できる形へ変換している仕組みだ。
 通信が繋がるということは2つの点が線で結ばれている状態に等しい。接続先を辿ることも可能だった。

「場所が分かっているのであれば助けることでき、るかも知れない。だが建物に侵入するには礼状が必要になるが…」

 領地によって異なるが衛兵は警察のような役割も兼ねていることがほとんどだ。領地ごとの法律によって定められている手順を踏まなくてはならないだろう。

 しかし領地の法律は平民にのみ有効なもの。貴族以上には適用されない。それにグライアス侯爵本人には、それとなく告げておくつもりでもあった。
 いざという場合は私の名前でどうにかすることも可能だ。

「私の名前を使えば問題ないでしょう。侯爵には私の方で伝えておきます」

「かしこまりました…いつ動き出しますか?」

「侯爵に話はしたいから…明日の昼過ぎに動きましょうか。ここで落ち合いましょう」

 上手くいくかは分からないが、不自然にならないようにグライアス侯爵と人払いをした状態で面会を試みるつもりだ。
 ニコラウスやシリアスとも連携が必要であるし、最短で動かしとすれば半日くらいは必要だろう。

 エデンの了解も取ったことで私たちは領城に戻った。

 ニコラウスとシリアスに今日あった事を告げてから眠りについた。



 そして翌日。
 いつものようにグライアス侯爵と朝食を共にすることになる。

「陛下、ニコラウス様お待たせいたしました。それでは参りましょうか」

「ええ。案内をよろしくね」

 グライアス侯爵に案内されて食堂へと歩いていく。

 その中で私は一つの手を打つことにした。

 誰が敵か分からない状況。人払いしていても聞かれていないか確証を得られない。
 だからこそ他人にバレないように話をする必要があった。

 私はグライアス侯爵の背に手を振れる。私が触れている事に気づいたグライアス侯爵が震えて顔色を悪くする中、1つの魔術を行使して手を離した。

「…聞こえるかしら。聞こえるなら心の中で返事をしなさい」

「き、聞こえています。これは…念話ですよね?急にいかがされましたか?」

 通常の通信魔術は、音などを魔力に変換して伝えているため周りにも聞かれてしまう。しかし闇属性魔術による精神干渉を応用することで対象に直接音声を伝える念話魔術である。
 難点は対象に直接触れた状態で魔術を行使する必要があること。そして発動からおよそ鐘2つくらいで効果が切れることだ。

「とりあえず周りにばれない様に普段どおりにしなさい…それで早速本題に入るけれど、この街で色々厄介な事件が起きているのではなくて?恐らくだけどグライアス侯爵も把握しているわよね?」

 私の言葉にグライアス侯爵が一瞬だけ反応したのが分かった。

「気付かれて…いえ不審に思ったからこそ、お越しになられたと言うべきなのでしょうね。詳しい話は朝食を取りながらでもよろしいでしょうか?陛下の疑問にも全て答えます。なので…力を貸していただきたい」

 念話は精神干渉を利用している分、言葉に感情が乗って伝わってくる。
 グライアス侯爵は表情こそ変えないものの、その言葉に切実な思いと焦り、怒りといった深い感情が乗せられていた。

 食堂に移動し向き合った私は、念話によって会話を続けた。

「まず私の周りに数人の敵が入り込んでいます。陛下が直接会われたのは執事くらいですが他にも数人、領城内や領兵に紛れています。一番厄介なのは領地の筆頭魔術士も敵だったことです。私への監視も厳しいため下手に動けない状況です。そして既に数人の民が連れ去られ人質にされています。中には私の娘のコーネリアもです」

 グライアス侯爵にはリーファスと同い年の娘が1人いる。
 お披露目や建国祭の場で何度も見かけているが、元気が良い活発な女の子だった。

 グライアス侯爵から詳しく聞いたところ、一月ほど前から誘拐事件が発生したらしい。
 領兵たちを使って秘密裏に調査、救助しようとしていたそうだが領城に潜入されコーネリアを連れ去られたそうだ。

「人質を取られた後、私に対して見張りがつくようになりました。連中は領地にノワール商会を無条件で通すように要求してきたのです」

「敵…つまりノワール商会はエスペルト王国への足がかりになる拠点が欲しかった。だから王都から近くて流通の要であるグライアス領を選んだ。ということかしら?」

「恐らくは…裏切った筆頭魔術士は風魔術の使い手。領城内の会話が筒抜けになっている可能性がありました。こちらから手を打つこともできず窮地に陥った時、陛下が尋ねてくれたのです。もっとも陛下の事も警戒しているようで面会の際は監視が厳しくなっているようですが、こうして周りを気にせず話すことができ、とても助かりました」

 グライアス侯爵の話を聞いて点と点がようやく繋がった。影などによる報告で上がった不審な情報、ノワール商会の存在、そして人質。
 ノワール商会自体が敵なのか表の世界に干渉するための仮の姿なのかは分からない。
 しかし敵の存在がはっきりしたと言えるだろう。

「なら話が早いわね。この件はわたくしがどうにかする。だから侯爵は信じて待っていて欲しいの。監視している敵に悟られずに逆に見張っておいて欲しいわ」

「かしこまりました。陛下の命に従います。民と娘をどうかよろしくお願いします」

「もちろんよ」

 グライアス侯爵に返事をして念話を終わりにした。もしも会話が聞かれていた場合、あまりにも長い間無言というのも不自然だろうからだ。
 残りの時間は朝食を口にしつつ地下鉄計画のように当たり障りのない話題を広げるのだった。
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