電光のエルフライド 

暗室経路

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月光のエルフライド 前編

第十五話 羽目の外し方

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 食後のティータイムを堪能した後、俺は本日二度目の歯磨きと、洗顔をした。
 一日数回は歯磨きをすることが俺のルーティンだ。

 ナスタディア留学の頃、白い歯に憧れて何度も歯科矯正とホワイトニングには通った。
 おかげで、バイト代をほとんど飛ばすことになったのは、良い思い出である。

 さて、朝からナスタディア式の結構な量の食事をしたから絶賛血糖値が爆上がり中だ。
 早起きしたのも災いして、猛烈な眠気が俺を襲ってきた。
 
 食事をとって直ぐに寝入るのはパイロットたちの手前、避けたいところだ。
 眠気を覚ますため、しばしの間ダイニングでパイロットたちに悪い遊びを教えることにした。

 「しきかんー何なんですか、それ?」

 トキヨは、ダイニングで埃を被っていたゲーム機をいじる俺に、疑問を投げかけてきた。
 見れば、他のパイロットたちも興味深げに俺へと横目を向けている。 

 「これはテレビゲームといってな。まあ、簡単に言えば、家の中でする遊びだ」

 「家の中で?」

 「ああ、まあ見てろ」

 俺はテレビの電源を入れ、ゲーム機にカセットを挿入する。
 最初は素人でも取っつきやすい、レーシングゲームに選定した。
 高速スティック操作でスタート画面を飛ばし、直ぐにゲーム選択メニューへと入る。 

 「これで自分の乗る車両を選択して、レースをする訳だ」

 「レース!」

 トキヨがレースという言葉に強く反応を示した。
 それも当然だろう、トキヨのエルフライドの機体には、〝スピード・スター〟の文字とともに俺がデザインしたシンボルマークが存在する。 

 その由来は、廃校で行った訓練〝理不尽レース〟が起因している。

 単純なスピード操作において、トキヨは電光で二番目に長けていた。
 一番はいわずもがな、全ステータスオールSSSのシトネだ。

 彼女はまあなんというか……規格外なので指標にはしていない。
 ともかく、理不尽シリーズで勝利を掴んだ栄光の記憶があるからか、トキヨはレースというものが好きなのだ。

 「ほら、レースが始まるぞ」
 
 画面上でカウントダウンと共に、唸りを上げる車両たちが映し出される。
 ふと周囲を見ると、キノトイとシトネ以外のパイロットたちが興味深げにテレビを見つめていた。
 シトネは床に伏してペラリと本をめくり、キノトイは何やら雑誌のようなモノを読んでいた。

 「スタートだ」
 
 俺は裏コマンド操作を駆使して、他の車両よりも先んじてスタートを決める裏技を使った。
 その様子を見て、パイロットたちは困惑したような表情を浮かべていた。
 
 「あの、指揮官……何故、カウントダウンが終わる前に出発したのですか?」

 「ああ、誓約書にサインしていないからな」 

 「はあ?」

 「勝手に出発したら駄目なんて言われていないからな」

 理不尽シリーズと同じ理屈に、パイロットたちは呆れたような表情を浮かべた。
 当然のように俺が一番でゴールを決めると、パイロットたちが「おおう」と歓声のようなものを上げる。

 「次、やりたい奴はいるか?」 
 
 そう問うと、トキヨがハイハイハイ! と手を上げた。
 コントローラーを渡し、軽く操作の説明をしてやってから俺はゲーム機の前を離れる。
 すぐにゲーム機の前はパイロットたちで人だかりができあがっていた。
 ふと視線を向けると、アマンダが感心したようにコーヒーカップ片手に俺を見ていた。

 「大尉はゲームなんかも得意なんですね?」
 
 なんかも、だと。
 内なるゲーマーの血がメラっとしたがなんとかこらえた。
 俺は自称、寛容な大人だからな。
 一々不用意な発言に反応するようなSNSプレイヤーでは無い。

 「まあな」

 「エンジニアから溶接も上手かったと報告を受けました。大尉は一体どこで色々な技術を習得したんですか?」

 まあ、合衆国留学時代のバイトとか、色々だが……。 
 それを言ったらややこしくなる。
 俺は軍ではミシマという三十五歳のおっさん設定を貫いているからな。 
 
 「秘密だ」

 「それは残念です」
 
 アマンダは言いながらコーヒーを手渡してくる。
 ああ、俺の為に用意していてくれたやつだったのか。
 ありがたく受け取って啜っていると、

 「そういえば、例のモノ納品されていましたよ。これが初期案です」

 アマンダはそう言って俺にタブレットを手渡してきた。
 画面に映し出されていたのは——。



 そう、これが何を隠そう、〝例のモノ〟だ。
 俺は電光部隊のシンボルとなるロゴマークを、ナスタディアのデザイナーをやってる友人に依頼していた。
 暫くまじまじと初期案を眺め、俺ははあと息を吐いた。 

 「やり直しだな」

 俺が言うと、アマンダが驚いた表情を浮かべた。
 
 「なんでですか? 充分、素晴らしいデザインだと思いますが」

 「チープさが足りない」

 俺の言葉に、アマンダはちょっと困ったような笑みを浮かべた。
 
 「チープさ、ですか?」

 「ワッペンとかで大量生産可能なチープさだ。このデザインじゃ、軍の部隊としてのリアリティが足らない」

 まあ、どういうことかと説明すると……。
 俺がイメージしていたのはナスタディア警察みたいな、スーパーシンプルかつ一目でインパクトのあるデザインだったのだ。
 それに、お堅い黒亜の軍が、こんなかっちょいいデザインのシンボルをつけるのは、いささかリアリティに欠ける。
 調べたが、黒亜では現状、どこの部隊のデザインもゴテゴテしたダサいデザインばっかりだった。

 なので、民衆がこのデザインを目の当たりにしたとき、「黒亜の部隊デザインっぽく無いので、如何にも突貫で作った嘘の部隊」と思われる可能性がある。

 未だに黒亜の人々は、黒亜の軍隊は一部しか実戦経験がなく、まともに戦える人材は乏しいと思っている人間が多い。
 そんな俺の考えを伝えると、アマンダは見事な苦笑を見せていた。

 「まあ、ミシマ大尉が気に食わないのでしたら、デザイナーに修正の旨、伝えておきます。それにしても——」

 「それにしても?」

 アマンダは打って変わって、俺を品定めするような目を浮かべながら続けた。
 
 「電光だけで無く、月光のシンボル・・・・・・・まで用意したのは何故です?」

 そう、画像を見てもらったら分かるが、電光のデザインの横に月光部隊のデザイン案まで存在するのだ。
 それを指示したのは誰あろう、俺だ。

 「電光と月光。軍が保有するこの二つの部隊……秘密部隊の位置づけだからか、シンボルマークの類いは存在していない」 

 「そうですね」

 「いずれ、両派閥間の闘争が終わりを告げ、大々的な発表に踏み切ったとき——この二つの部隊は衆目の目を浴びる時期が必ずくる。そのとき、シンボルマークを提示すれば、まあ分かりやすいだろう?」
 
 アマンダはそれを聞いて、呆れたように笑った。

 「そんな先の未来を予測して、デザイナーにロゴを発注したのですか?」

 「いや、俺はそんな先になるとは思っていない」

 俺が言うとアマンダは途端に鋭い視線を送ってきた。

 「どれくらい先を想定しているんです?」

 その言葉の意味するところ。
 それは即ち、いつこの派閥戦争が終わりを告げるか? の、問いだ。

 「半年以内だ」

 おそらく、穏健派と主流派の戦いは半年以内に決着がつく可能性が高い。
 それを聞いたアマンダは、またもや盛大な苦笑を見せていた。
 それも当然か、穏健派は現在、ナスタディアの協力の下、島を占領して実効支配生活を行っている。

 そんな現状を見れば、この黒亜軍部の派閥間闘争は、国境紛争のごとく長期に渡るのは目に見えている。
 ナスタディアもその可能性を念頭に、世界制覇に向けた長期戦略を組んでいるに違いない。
 それを、しかも、保護された大尉風情が「半年で決着がつく」というのだから、情報局員からしたらお笑いの類いだろう。

 しかし——俺には無視できない実績が存在する。
 宇宙人の侵略を阻止し、跳烏を一晩で解体した。
 この事はナスタディア情報局員にとって、無視できない事実だろう。
 実際、アマンダの表情がそれを物語っていた。
 
 「他の誰かが言った言葉なら笑い飛ばすのですがね……大尉の未来予測に、興味が沸いてきましたよ」 

 「この島にある、お前らの基地に連れて行ってもらった時、話してやるよ。資料つきでな」

 今は絶賛休暇中だ。
 陰気のくさい話は世間話程度でも持ち出したくない。
 アマンダはそこでニッと不適な笑みを見せた。

 「期待していますよ」 
 
 
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