電光のエルフライド 

暗室経路

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月光のエルフライド 前編

第五話 殺すな

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 電光中隊が例の宇宙船を陥落させてから五日。
 タガキ中佐救出任務や、事後処理等で慌ただしかった電光中隊もようやく落ち着きを取り戻していったころだった。

 エンジニア達が本国から帰還するように命令が下り、ナスタディアから迎えが来るまであと三日といったところだった。

 エンジニア組は電光中隊の為に尽力してくれて勝利へと貢献してくれた。

 別れる前にせめてもの感謝の印として、ナスタディア式のバーベキューパーティーを開くことにしたのだ。
 
 グラウンドを会場とし、中央にはやぐらを組んで、ここで処分しなければいけない書類やら物品やらを燃やすキャンプファイヤーまで用意した。
 並べられた大量の食材を前にセンザキ・トキヨは大喜びし、その他の者たちもキラキラとした目を浮かべていた。
 だが、その中でただ一人、浮かない顔を浮かべる者がいた。
 
 「ミア、今生の別れじゃないのよ? シャキッとしなさい」

 エンジニアの女性リーダーであるエマに嗜められ、ブスッとした表情を隠さなかったのは、エンジニア組と共に死力を尽くしてくれたユタ・ミアだった。
 ミアはエマの言葉を受けてなお、フイと顔を背けていた。

 「もう……しょうがない子ね。ほら、私が焼いてあげるわ。エンジニアはバーベキューの技術も高くなくてはならないのよ」

 俺でも初耳なことを言い出したエマはバーベキューで肉串を焼いた後、ミアの口元にそれを持っていく。

 「ほら、私のかわいい赤ちゃん、たんとお食べなさい」
  
 からかうようにエマに言われ、ミアはしぶしぶそれを受け取った。
 ミアは仏頂面のまま一口、また一口と肉を口に放り込む。
 そして——。

 「う、ぅうー………」

 ハムスター見たく膨らんだ頬のまま租借し、ポタポタとしずくを垂らして泣き出すミア。
 それを無表情で見つめていたエマは、

 「あ、アンタがそんなだとアタシ……」

 しまいにはエマまで泣き出し、ミアに縋りついた。
 
 「もう! 泣かないって決めてたのにぃー!」

 二人してうわーんと泣きだす始末だった。
 周囲はなんとも言えない表情でそれを眺めていた。
 
 「しぎかん……ミアを、つれてかえっていいですか」
 
 泣きながらそんなこと言い出すエマ。
 俺はコップに度数の高い酒を注ぎ、エマに差し出した。 

 「魔法の水だ、これを飲めばすべてが丸く収まる」

 エマはコップを受け取り、一気に飲み干した。

 「よし、ミア! 今日は飲むわよ!」 

 無言でコクリと頷くミア。
 
 「おい」

 ツッコミを入れるとエマは分かってますよ! と、逆ギレをした。
 二人はキャンプ椅子を持って、少し離れた位置で腰を下ろしていた。

 追随するようにライアンが近くに寄っていく。
 やれやれ——俺はパーティー会場と化したグラウンドを見渡していた。

 珍しく酒を飲んでいるシノザキがハブ・キョウコに頼まれて投げ飛ばしていたり、シミズ伍長はトキヨを担いで走り回っていたり、糧食係のフキタが嬉しそうに大量の肉を焼いていたり——皆思い思いの時間を過ごしていた。
 
 「本当に、エルフライドをウチがもってかえって良いんですか?」

 背後から酒の入ったコップを片手に持ったトビーに声をかけられた。

 「ああ、ウチでは暫く保管できないからな。信用できる連中が周りにいないんだ。どこかに隠していると思わせた方が敵も手出しできない。それまでアンタらに預けておくよ」

 この件は叔父にも伝えていない。
 伝えればほぼ百パーセント反対されるからな。
 だが、しょうがないのだ。
 現在穏健派は、重くて、運ぶのも一苦労なルフライドを管理できる体制にいない。
 運び出す重機を管理しているのが全部主流派なんだからな。
 そんな俺の言葉に、トビーは質問してきた。
 
 「敵とは、主流派ですか」

 「いや、ナスタディア以外の国家——つまりは世界だ」

 俺が言うと、トビーはくいッとコップの中身を飲み干した。

 「覚悟は充分、という訳ですか?」

 「必要なのは覚悟じゃない、プロセスだよ」
 
 トビーは暫く空になったコップを眺めていた。

 「いずれ、使いを寄越します」
 
 俺の補佐にナスタディアの局員を送るという事だろうか?
  
 「お前じゃないのか?」

 「ナスタディアでは、現地の局員は定期的に交換する手はずになっているんです」

 「ほう……情が移らないためにか?」

 俺が言ってやると、トビーは珍しく寂しげな表情を浮かべた。

 「その点、私は不適任という訳です」
 
 その言葉に、俺は少しうれしくなったのは言うまでもない。
 
 「またいずれ会えるさ」

 「ええ、世界が平和になった暁には、またこうやって——」

 自分が夢物語を話していることに気づいたようだ。
 自嘲するように笑ったトビーはエマ達が騒ぐ方へと歩みだしながら——。

 「待ってますよ、英雄殿」

 俺はその言葉にコップを掲げる。
 奴には見えていない、故に俺自身の儀式的な動作だ。
 中身を飲み干すと、大分酔いが回ってきたように思えた。

 酔いに任せて会場をうろつく。
 途中、嫌がるヒノ・セレカの頭を無理やり撫でたり、生意気になったキノトイとディベートをして涙目にしたりと、各所でちょっかいを出しながら歩き回る。

 そこでふと、とある人物の姿が見えないことに気が付いた。
 パーティーが始まる前には確かにいたハズなんだが……。
 俺はふと思いついて、廃校の方へと視線を寄せる。
 すると——三階の旧図書室のカーテンの隙間から、漏れ出る明かりがあることに気が付いた。
 やれやれ、あのお姫様は一体何をやってるのやら。
 
 俺はフキタから料理を取り分けてもらい、廃校の方へと足を踏み入れた。


 
 




 
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ



 図書室の扉を開くと、箒がパタリと倒れた。
 デジャブだな、この光景は。
 壁に映る影はボブカットの少女を表していた。
 前回は蠟燭だったが、今回は強力な白色蛍光の明かりだった。
 おそらく外出で購入したものだろう。

 ばれないように——しなくとも、気づかれはしない。
 何故なら、角を曲がってそこにいる少女は途轍もない集中力で本を読んでいるからだ。
 俺は大して気をつけもせず、本棚の角を曲がり、そこにいる人物を視界にとらえた。

 そこにいたのは——体を覆うように毛布を被り、恐らく体操座りの状態で床へと鎮座するシトネだった。
 目を瞑った状態でイヤホンをし、赤い顔を浮かべながらもぞもぞとしている。
 なんだ、体調でも悪いのだろうか?

 その時俺は、入った酒の影響もあってか、不用意に彼女へと近づいた。
 彼女は俺が近寄ってもまったくもって、気づくことは無かった。
 そして、俺は彼女の耳にしたイヤホンに興味を持ってしまったのだ。
 
 シトネはある時期から時折、イヤホンを耳にするようになったのだ。
 俺や周囲の人間が何を聞いているのか尋ねても、彼女は無表情で決して答えることは無かった。
 この際、酒の勢いでそれを確かめてやろうとしたのだ。

 俺は彼女に耳にしていた片方をとる。

 「——あ」

 彼女が俺を視界にいれ、驚愕に表情を曇らせた。
 
 『そのお姫様は、困難を乗り越え、王子様と幸せに暮らしましたとさ』   

 シトネが聞いていたのは、俺が合衆国語で読み聞かせをしていた内容の録音音声だった。
 
 「俺の声——?」

 「あ、あああっ」

 シトネは今までみせたことの無い表情で、顔をトマトのように赤くした。
 
  
 




 
 

ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 
 「こっからは船だ」

 俺は気づけば現実に引き戻されていた。
 潮騒が悪魔の叫びと錯覚するかのように、不快だった。
 人気の無い夕刻の漁港。
 見れば、船の立ち並ぶ船着き場へとたどり着いていた。
 
 漁船というには頼りないしょうもない小型ボートには既に一人の兵士が乗っており、こちらを視線で捉えていた。
 やれやれ、どこに連れていかれるのやら。
 
 俺が波によって揺れるボートに足を踏み入れようとした時、

 「おい、ミシマ」

 ミウラの命を奪った兵士に呼び止められていた。

 「もうおかにあがることは無い。別れを告げておけ」

 ニヤニヤと言いながらそんな言葉を吐く兵士。
 俺はため息を吐いた後、その場で跪いて地面へとキスをした。
 ぶっひゃひゃひゃと下衆な笑い声が漁港に響き渡る。
 
 「おい、陸はなんて言ってた?」

 「まだ離れたくないってよ」

 「へっ馬鹿野郎。早く乗れ」

 クソが、何だってんだよ。
 俺はボートへと足を踏み入れようと、一歩前に進もうとする。
 その時、俺の中でとある疑問が沸き出た。
 
 なんだ、これ?
 
 ボートの両側。
 波で揺らめく海面に、真っ黒い筒のようなモノを掲げた人影がゆっくりと、浮かび上がったのだ。
 キシュッキシュッキシュッキシュッ!
 何かの機械音が海面の筒から鳴り響く。
 
 それと同時に、俺の周囲にいた兵士たちがその場に倒れ伏した。 
 見ると、倒れた兵士たちからは真っ黒などす黒い血液が流れていた。

 「何!?」

 ボートに乗っていた兵士が海面に銃を向ける。
 しかし、次の瞬間には海面から伸びた黒い手によって兵士は海に引きずり込まれ、ゴボゴボという泡の立つ音共に姿を消した。

 「なんだ!?」

 「敵襲!?」
  
 後方の、車両で待機していた兵士たちが叫ぶように口々に何かを言っていた。
 しかし、遠方から聞こえたターンッ、ターンッという音と共に糸の切れた人形のように倒れていく。
 生き残った兵士たちは敵の位置を把握できず、周囲にライフルをぶっ放していた。

 「大尉、こちらへ」 

 海面から合衆国語で、低い声が聞こえた。
 俺は咄嗟に飛び交う銃弾から隠れるため、ボートに飛び込んでうつぶせに隠れる。
 必死に状況を確認しようと周囲に視線をやると、
 ザバッと海面から黒い何かが姿を現した。

 それは真っ黒なダイバースーツに身を包んだどこぞの特殊部隊員だった。
 水中使用可のライフルを振り、クリアリングをしていた。
 腕章を見て、俺は理解する。
 
 「ゴースト・リンクス……」

 ナスタディア合衆国が誇る最強の特殊部隊だった。
 俺がホットした息と共に脱力する。
 何故、彼らがここに?
 どうやってここを?
 そんなこと、最早どうでもよかった。
 ザバッと新たに海面からダイバースーツがボートに上がってきて、声をかけてきた。

 「ミシマ大尉ですね? 救出にきました」

 「ありがとう、キスしてやりたいがこんなザマでな」

 後ろ手の手錠を振ると、特殊部隊員は懐からペンチのようなモノをとりだし、鎖部分を切断して両手を自由にしてくれた。
  
 「どうやら終わったようです」
 
 そう言われ、気づけば周囲の銃声が止んでいることに気づいた。
 その言葉の意味は、あの水をくれた兵士も、この世を去ったということだ。
 俺はそれを聞いた辺りで、唐突な眠気によって微睡の中、わずかな抵抗も叶わず意識を消失していた。
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